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第九十六話『菌屍の群』

「おい! おい……! ……切れちまった」


(背後で物騒な機械音声が鳴っていた――イデアル(アイツ)は大丈夫なのか?詳細はポタモから追って伝えると言われたが……)

中途半端に途切れた交信を前に、俺は改めてさっき伝えられた内容を整理する。

 

(魔力母核(マザーコア)の破壊…閉じ込められた魔女(イデアル)の救出…あと最後の方でなんか言っていた気がするぞ。

"ジェネシス・陰キャカーニバル"……だったっけか?

あの直後にカウントダウンが聞こえて――はっ!!

も、もしやアイツ……!

この国の一大事の最中に、どっかの陰キャ限定お祭り会場で

ドンチャン騒ぎでも満喫してやがるのかッ!? )


そんな調子で浅はかな思考を巡らせていた時――

「ブバァアアァクションッ!!」

突如、橋全体に響き渡るほどの盛大なくしゃみが炸裂した。

 

「だ、誰だッ!」

反射的に俺は戦闘態勢をとる。

すると岩陰から、ゆらり……と一つの人影が姿を現した。


「ボ、ボインスキーッ!?じゃなかった、ボビンスキーッ!! お前、なんでここに!?」


「こんなはずでふぁ……ふぁ……ファブリィイィイィッシュッ!!!」

説明の途中でも遠慮なく巨大なくしゃみをぶちかますボビンスキー。

 

「大丈夫か、まだ本調子じゃないだろ?風邪でも引いたんじゃ…」


「ヘヤクシィッ!ヘガクシィッ!クセーデゴジャンシィッ!」

ボビンスキーは全身をのけぞらせながら、もはや芸術性すら感じる三連続の巨大なくしゃみをぶっ放した。

 

「お前のくしゃみ独特すぎるだろ……ふぁ、ふぁあ……ハークセェェエィイッ!!」

ボビンスキーのくしゃみが移ってしまったのか。

気づけば俺の鼻もむずむずし始め、一度、二度、三度……湯水の如く、くしゃみを噴き出す。


そして――その“異変”の理由を、俺はすぐに気がついた。

 

「おい見てくれ……さっきと空の様子がおかしくないか?」

よくよく目を凝らすと、先ほどまで茜色だった夕空はいつの間にか黄濁した(もや)に包まれ、フワフワとした綿毛のようなものが――無数に、雪のように舞っていた。

すぐさまボビンスキーの方へ視線を向けると、彼の白装束は既に綿毛でびっしりと埋め尽くされ、純白の装いは黄色く濁り始めている。

 

「ゆ、勇者サバダァァァクションッ!!」

ズルズルと鼻をすすりながら、ボビンスキーはこちらへ近付いてくる。


「て、撤退しばしょう!!間違いありまへん……こ、これは……“マタンゴ”の 胞子霧(ほうしぎり) ですッ!!

吸い込んではいけまへ――バッフォォォンッ!!!」


「なに、マダンゴだと?」

前方に目を凝らすと、夕日が落ちかかった地平の向こう側から、無数の影が二足歩行で、ゆらり……ゆらり……と、こちらへ近づいてくるのが見えた。

その数は一瞥しただけでは把握できない。

だが、ざっと見積もっても百近くはいるだろう。

最初は人影のようにも思えたが、ヤツらの"異様に肥大化した頭部のカサ"が、紛れもなく“魔物”であると証明していた。


◾︎ マタンゴ

分類:菌屍(きんし)種/魔茸類

危険度:C-

かつてはただの森林に群生するごく普通の菌類だったものが、悪しき魔力(マナ)を浴びる事によって変異した姿。

体表はどす黒い胞子膜に覆われ、存在しているだけで辺りに胞子霧を撒き散らす。


背面に生える小さな“寄生傘”こそが本体であり、敵影を感知すると触手のようにしなりながら胞子弾を射出する。

胞子を一定量吸い込んだ生物は、まずくしゃみや咳など軽微な症状が現れ、やがて呼吸器官の菌糸侵食によって、呼吸困難・行動不能へと追い込まれる。

単体の戦闘力は高くないものの、群生化した場合は非常に厄介。

討伐には強力な風魔法や炎魔法が有効とされている。


(くっ……!!会話に気を取られている間に、魔物共の接近に気づけなかったとは……ッ!ボビンスキー、一生の不覚……!!)


「……こうなったら、やるしかない!」


「勇者様っ!いけません――」

ボビンスキーの制止をよそに、俺は群れをなしたキノコ連中へと一目散に駆け出していく。

見たところ、体長はせいぜい一メートルほど。

ひょろひょろの腕と足、筋肉らしい筋肉もない。

"徒手格闘"ならこちらに分がある――そう判断した俺は、迷うことなく真正面から突っ込んだ。

 

(ボビンスキーが「胞子は吸うな」と言っていた。

なら一分、いや二分。息を止めている間にコイツらを仕留める)


キノコ連中は、俺が目前まで迫ってもまったく反応を示さず、虚空をぼんやり見つめながら、ゆらゆらと行進を続けていた。

戦う意思すらない相手に、手を上げるのは正直気が引ける。


だが、ここで悠長なことは言っていられない。

俺は脚にぐっと力を込め、一気に踏み込み――全力の蹴りを、あの巨大な“頭部のカサ”めがけて叩き込んだ。

 


グシャアァアァンッ――!!

鈍い破裂音を立てて、キノコの頭は拍子抜けするほどあっさり吹っ飛んだ。


(よし、まずは一体。この程度なら二分もあれば十分――!)

その勢いのまま、俺は群れの中心へと滑り込み、左右、前後へと、拳と蹴りを繰り出していく。

十、二十、三十――。

たちまち辺りには、転がるキノコの残骸が築かれていく。


その姿、まさに一騎当千の勇。

(さきがけ)‼︎断捨離人 Lv.52』にレベルアップしてからの初陣は、俺自身が驚くほどに明確な"成長"を実感していた。


「これで最後(ラスト)だ!」

時間内にどうにか全てを蹴散らした俺は、約二分ぶりに肺へ大きく空気を吸い込んだ。


だがその結果――

「――っ、ごほっ……ゲホッ、ゲホゲホッ……!

な、なんでだ……胞子の数が、全く減っていない……!?」

思わず顔を上げる。

黄濁した胞子の (もや) は、先ほどと変わらず漂っていた。

違う、さっきより"濃くなっている" ?

 


「ゲホッ……ゲホッ! ど、どういう事だ……っ」

呼吸が荒い。

たった一度、無意識に吸い込んでしまっただけで、ザラザラと砂をこすったような違和感が喉を焼くように通り抜けた。

視界が揺れる。

足に力が入らず、俺は思わずその場に膝をついた。


「ゆ、勇者様ッ!!」

ボビンスキーが慌てて駆け寄ってくる。


「ボ、ボビンスキー……キノコ共は全部倒したはずなのに……

胞子が、一向に消える気配がないんだ……」

喉を刺激しないよう、できる限り浅く、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「勇者様が、最後まで説明を聞かずに突っ込んでしまわれたからですよ……!ゲホッ、ゲホッ……!

“マタンゴ”は、背中に生えた “寄生傘”こそが本体 なんです」

ボビンスキーは荒い呼吸を押さえながら、必死に続ける。


「しかも……っ、本体を無理やり引き抜いたところで意味がありません……!"マグナ級"の炎属性の魔法、あるいは強力な風魔法 でなければ、この胞子を滅する事はできません」


「な、なんだって……それってつまり――」


「はい……物理攻撃は奴らに"一切通用しない"のです……!」


「そ、そんな、バカ……な」

理解した瞬間、視界がぐにゃりと歪む。

意識が急速に遠のいていく。

その言葉を最後に、二人はバタリと倒れ込んだ。


訪れる静寂。

黄濁した(もや)だけが、ただゆらゆらと揺れている。

そんな薄れゆく意識の中――ぼうっと膨らむ、巨大な影が俺たちの前に現れた気がした。

だが、その正体を確かめる前に、俺たちの意識は完全に闇へと沈んだ。

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