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第九十五話『救出クエストは突然に』

「う、うぅ……」

ステルはまさに恥も外聞も投げ捨てたように、大の大人――しかも"二十九歳"という立派なアラサーの肩書を背負ったまま、地面にへたり込み嗚咽を漏らしていた。


(な……さっきまで叫び声がしたから急いで駆けつけたが……な、泣いておられる……!?い、一体勇者様の身に何がッ!?)

岩陰からそっと様子をうかがうボビンスキー。

その眉は困惑と心配と「どうすればいいのか分からない」という三重苦に震えていた。


(こ、声をかけるべきか……?いや、しかし……!私の任務は陰から勇者様を護ること――ここで出ていくのは、当初の目的が破綻してしまうッ……!)

ボビンスキーはしばらくの間、眉間にしわを寄せて悩みふけっていたが――やがて、何かを悟ったように目を見開く。

 

(な、なにを悩んでいるボビンスキー!命の恩人である勇者様が悲しんでいるというのに、それを黙って見過ごすなど――そんな項目、ボビンスキーの辞書には存在しないッ!!)


そして、彼の中の"内心熱血モノローグ"はついに答えを出した。

意を決して、岩陰から飛び出そうとしたまさにその時。

ふと、どこからともなく、聞き覚えのある声が風に乗って響いた。


「――いつまで泣いてるつもりかしら。勇者としての使命を背負っている以上、こんな所で泣いているヒマなんてないわよ」


(こ、こ、この声は……!!!)

ボビンスキーの背筋に電流が走る。

慌ててキョロキョロと辺りを見回すが、声の主の姿はどこにも見当たらない。

一瞬、驚きのあまり声を上げそうになるのを、彼は歯を食いしばって堪えた。

片足一本、ギリギリのところで、再び岩陰の裏に身を沈める。


白鷺の魔女(イデアル)……無事だったんだな」


「ええ勿論。それより覚えていたのね」


「悪いが今はそっとしておいてくれ。MP(魔力)1《さっきの残像》がいつまでも視界から消えないんだ。

俺は……ダメ人間だ。自分の断捨離スキル(唯一のスキル)すらまともに使いこなせないなんて、"断捨離勇者"失格だッ!!」

ステルはそう叫ぶと、そのまま橋のど真ん中でふて寝を始めた。

ビュウウ……と吹き荒ぶ風の音が、どこまでも虚しく響く。


いつまでも情けないステルを前に、遂に痺れを切らしたのか、イデアルが声を張り上げた。

 

「………雷の環(ヴォルティカ)ッ!!!」


瞬間、空が裂ける。

白光が輪を描き、橋の上に神の裁きのような稲妻が落ちた。


ドゴォォォンッ!!

轟音とともに大地が震え、ステルの体を青白い電光が貫く。

びりびりびりびりびり……ッ!!


「っていきなり何すんだオマエェエッ!!」

ステルの頭はまるで実験に失敗した博士のようなボンバーヘッドへと変貌していた。

だが、不思議と体には傷も痛みもない。

下半身には、微かに原形を保った白ブリーフの残骸がへばりついている。

おっと危ない、あわやポロリ寸前だ。

放送コードギリギリ、否。

モザイク待ったなしである。

 

「いつまでもうだつの上がらないあなたに檄を飛ばして差し上げたのよ。感謝しなさい」


「加減を知らないのか、この魔女は……」

ステルは、ボンバーヘッドのまま恨めしげに空をにらむ。


「……コホン。とにかく直近の活躍には感謝するわ。

流石、ダラス王国を救った"断捨離勇者・ステル"」


「でも――」

その瞬間、イデアルの声色が変わった。

先ほどまでの軽口や皮肉は一切消え、真剣な口調で告げる。

 

「このままでは半月も経たないうちに――

我が国は"魔物の群勢によって滅ぼされる"でしょう」

淡々と告げられた事実。

ステルには、その言葉の意味が全く理解できなかった。


「どういう意味だ…?橋上の魔物達は、確実に数を減らしているように見えるが」


「ええ、それは偽りのない事実よ。

でも――それは我が国(こちら側)も同じこと」

イデアルの声は淡々としていたが、その底には少しの焦燥感が滲んでいた。

 

「こっちの人員は有限。けれど魔物達は、今この瞬間も生み出され続けている。私達が討伐するよりも"遥かに早い"速度(スピード)で、ね」


「くっ……理不尽すぎるだろ……」

今までの行動は、あくまで時間稼ぎに過ぎなかったという事実。

ステルの表情に、悔しさの色が滲む。

 

「諦めるのはまだ早いわ。その為に――私は単独で調査を進めていたのよ」

その一言に、ステルの表情が少しだけ明るくなる。


「そうだったな。どうだ、進展はあったか?」


「良い知らせと悪い知らせがあるわ」

イデアルは、そう一言前置きした上で続ける。


「まずは良い知らせの方から。

魔物達が生み出されている元凶――巨大な魔力母核(マザーコア)の居場所を突き止めたの」

 

魔力母核(マザーコア)……それは、普通の魔物の魔力核(コア)とは違うのか?」


「ええ、通常の魔力核(コア)とは規模(大きさ)も魔力量も桁違いよ。詳しくは私の著書、『グリモワール・ゼロ』第三集の二三八ページを参照して。発生原因から構成成分まで、しっかり網羅してあるから」


「なるほど分からんが分かった」

ステルは眉間にしわを寄せながらも、うんうんとうなずいてみせた。

 

「……コホン!と、とにかく。それさえ破壊、あるいは無力化する事が出来れば、これ以上魔物が増えることはないでしょう」


「おお、それはかなり良い情報だな!それはどこにあるんだ、早く教えてくれ!」

希望の一筋が見えたことで、ステルの表情がぱっと明るくなる。

 

「……落ち着きなさい。まだ悪い知らせの方を言っていないわ」


「なんだよ、野生のキノコでも食って腹壊したのか?」


「……閉じ込められたわ」


「……は?」


「閉じ込められた……のよ」


「何が」


「何がって…"私自身"よ」


「何で」


「それは――敵の罠に(ハマ)ってあげたというか…少し準備不足だったっていうか……」

イデアルの声には、いつもの気品高い響きがなく、どこか照れを含んだような恥じらいが混じっているように感じた。

 

「"七彩の魔女"ともあろう者が、何してんだよ…」

ステルがため息をついたその時、イデアルの声の向こうから、無機質な電子音が微かに聞こえた。

 

「――再起動完了。

第一深層エリアの再構築を開始します。

ジェネシス・インターバル――十、九、八、七……」


「――時間切れね。場所は追ってポタモから伝えるわ!

白鷺の魔女――イデアルの救出クエストの始まりよ!」


「っておい!自分で言うかそれっ!!」

ステルのツッコミが橋の上に虚しく響きわたる。

その一言を最後に、イデアルとの交信は――ブツリと途切れた。

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