第九十三話『ご褒美ディナーは"嵐"の前に』
それからミカの一日は、まさに"怒涛"そのものだった。
模擬戦会場から学院内へダッシュで戻るや否や、屋内施設での基礎体力強化訓練、魔法学の講義、そして今度はチームによる戦闘実習、そして簡素な携帯食料にかじりついた所ですぐにまた訓練がはじまり――気づけば日はすっかり沈み、ボロボロの身体をなんとか引きずりながら、ミカはようやく寮の扉をくぐるのだった。
「つ・か・れ・だ〜〜〜!!」
玄関をくぐるなり、ミカは歩きながら汚れた服を次々と脱ぎ捨てた。
ローブ、靴下、上着、スカート――そして気づけば、ほぼ下着姿。
「も、もう動けない……」
そのままベッドへ一直線にダイブ。
ふかふかの布団が衝撃を受け止め、ミカは枕を抱き枕のようにぎゅっと抱えこむ。
そのまま瞼を閉じると、ついつい意識がふわりと沈んでいく。
……三十秒後。
「……ムニャムニャ……はっ!いけないっ!
思わず寝ちゃうところだったわっ!」
ミカは飛び起き、髪をぼさぼさにしたまま目を輝かせる。
「今日の晩ご飯は――“オムライス”ってパコが言ってたんだった!!」
疲れているのか、それとも食欲が勝ったのか。
ミカはベッドから勢いよく飛び起きると、寝ぐせを振り乱したままキッチンへと駆けだした。
彼女にとって「食事」とは――何よりも優先すべき、第一優先。
中でも――“夕飯を抜く”なんてことは、あってはならない。
それはミカにとって、国家反逆級の大罪である。
「パコ〜ただいまっ!うわぁ〜いい香り〜っ!」
「お、起きていたのか。
丁度起こしに行こうと思っていたところだっ」
キッチンの奥では、台座を巧みに使いこなしながら、器用に盛り付けをしているパコの姿があった。
芳醇な香りと甘い香りがふわりと立ちのぼり、部屋中を幸福な香気で満たしている。
「たった今完成した所だ、ミカは席について待っててくれ」
「は〜い!」
ミカは上機嫌な様子で席につくと、ナイフとスプーンを両手に構え、今か今かと待ちきれない様子。
ほどなくして――タタタタッ、と軽やかな足音。
パコがエプロンの裾を軽く揺らしながら、湯気の立つ皿を慎重に運んでくる。
あっという間に食卓には、彩り豊かな料理の数々が並ぶ。
その光景にミカは思わずごくりと喉を鳴らす。
今にもよだれが垂れそうになるのを、気合いでぐっと堪えた。
「待たせたなっ。それじゃいただいてくれ」
「はーい、いっただっきまーす!」
ミカが真っ先に目を奪われたのは、やはり今晩のメインディッシュ―「星屑卵のオムライス」だった。
赤金色に輝く卵は、天翔鳥の新鮮な卵を使った普段はなかなか手が出ないちょっぴり贅沢品。
そっとナイフを入れた瞬間、表面がとろりと裂け、内側から星のようにきらめく蒸気が立ちのぼる。
半熟の卵が溶け出し、まるで金色の潮が皿の上に流れ広がるようだった。
これぞまさに、ふわトロの極致である。
中に広がるのは、フォルトゥーナ産の赤穀米と、香り高い芳醇茸のソテー。
極め付けはなんといっても旨身鳥の存在である。
“旨味の化身”と呼ばれるこの鳥は、一般的な食用鳥に比べて魔力が多く含まれており、加熱すると旨味が増すのだ。
ひと口サイズにカットされたモモ肉はプリプリと弾力に富み、焦がしバターと絡むことで、まるで音を立てるように味が弾ける。
噛むたびに溢れ出す肉汁が、赤穀米の甘みと混ざり合い――その瞬間、ミカの舌の上では小さな魔法が起こった。
「んん〜っ、幸せぇ……こんなに美味しいオムライス、人生で初めて!ステルにも食べさせてあげたいわ!」
「よかったよかった。それにしても、幸せそうな顔をして食べるなミカは」
パコは頬をかきながら、恥ずかしそうについ笑みをこぼす。
その優しい表情に、ミカも自然と笑い返した。
その味わいは、疲れ果てた身体に染み渡る――まるで「今日一日頑張ったご褒美」のように、二人の体へと染み渡っていった。
その後も、第三宮の庭園で育てられた六味草と金蓮菜の香草サラダに、月乳のクリームスープ。
その一粒一滴たりとも残さず綺麗にたいらげると、二人は両手を合わせ食事を終えた。
眠気が訪れる前に食器を素早く片づけると、ミカは「作ってくれたお礼に」と言って皿洗いを始める。
その間、パコはゴソゴソとカバンを漁りながら、紙に何やら書き留めている。
しばらくして二人が風呂から上がる頃には、すでに時刻は零時近く。
それぞれのベッドに潜り込むと、明かりを少し落とし、今日一日の出来事をミカの方から語り始めた。
「第四宮――学園一のスパルタ教育とは聞いていたがそれ程までとは……大丈夫か、やっていけそうかっ?」
「……確かに想像以上だったわ、バサラっていう先生も第一印象は最悪だったし……でも――」
「でも?」
パコは怪訝そうに眉を上げ、ミカの顔をのぞき込む。
ミカは少しだけ視線を落とし、手のひらを見つめた。
そこには一日中魔力訓練で擦れた、小さな赤みが残っている。
「皆それぞれが一流の魔術師を目指して頑張ってる。
間近で見てると私ももっと頑張らなきゃって力が湧いてくるの。
だから――後悔なんて一ミリも無い。
今は本気でココに来られて良かったって思ってるわ」
「そうか、なら安心だっ」
「それに――料理長・パコの絶品料理を毎日食べれるし?」
「っておいっ!夕飯は当番制だと決めただろうにっ!」
パコはガバッとベッドから跳ね起きると、そのままミカのベッドめがけてダイブ。
「ひゃっ!?」とミカが声を上げるより早く、布団の中に潜り込んだパコの両手が――ミカの弱点である脇腹へ容赦ない攻撃をお見舞いする。
「やっ、ちょっ……あははははっ! だ、だめっ、そこは反則っ!や、やめ――っ、ストップ! ストーップッ!!」
悲鳴と笑い声が入り混じった叫びを上げ、抵抗むなしくミカはあっという間に降伏した。
「うむっ、わかればよいっ」
パコは満足げに鼻をフンッと鳴らす。
(結局、先に帰宅した方が夕飯を作る、ということで合意した)
「それで、第三宮はどうだったの?」
ミカは、未だ自分のベッドに戻らず居座っているパコへ問いかけた。
「授業自体は面白いものだったぞ。第四宮と違って先生も随分と穏やかな人物だった」
「羨ましいわ、一日でいいから変わってほしいくらい」
ミカは枕を抱えたまま、ふてくされたように唇を尖らせる。
パコはそれをみて小さく笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。
「だが、何も良いことばかりではない。
ポタモから一つ――よからぬ噂を耳にしてな」
「え? それって……どんな噂?」
「一週間後に訪れる、七宮対抗魔法祭――その場で、“隻腕の復讐者”が血の雨を降らす、とな」
「……っ!!」
ドタバタした日常から一転。
隻腕の復讐者が口にされた瞬間、ミカとパコの表情から笑みが消え、空気がぴんと張り詰める。
一週間後に訪れる七宮対抗魔法祭。
その災厄を前にして、二人は“血の雨”を食い止めることができるのか。
新たな試練が、彼女達を待ち受ける。




