第九十話『芽生えた灯火』
突如として告げられた――模擬戦の開始。
第四宮の生徒たちは、バサラに引き連れられてぞろぞろと屋外へ向かっていた。
道中、ミカの頬を冷たい風が撫でる。
(う〜寒っ!入学早々模擬戦って…私の想像してた学園ハッピーライフと全然違うんですけどっ!!)
心の中でそんな事を思っていると――先頭を歩いていたバサラの足が、不意に止まった。
「――着いたぞ、ここが模擬戦会場だ」
バサラが立ち止まり振り返る。
その視線の先に広がっていたのは、一般的な学舎でいうところの“校庭”だった――少なくとも、呼び方だけはそうだ。
だが、そこにあった光景はどこからどう見ても“普通”ではない。
広大なグラウンドの各所に、鉄製の防壁や土嚢、見張り台のような高台が点在し、地面には魔法陣の焼け跡や爆裂痕が無数に刻まれている。
鼻をつく焦げ臭い匂いが風に混じり、まるでついさっきまで戦闘が行われていたかのようだった。
中央には、砕けた岩塊がいくつも積み上げられ、あえて現代風に言うなら――サバゲー会場。
……いや、それ以上に本格的な、“戦場跡地”そのものだ。
「……これが、本当に学校の敷地なの?」
ミカは思わずポツリと呟いた。
だが、バサラはそんな戸惑いなど一切気にも留めず、無造作に口を開く。
「始めるぞ、散蘭、お前が相手してやれ」
「はぁ〜全く。僕は新入生の登竜門じゃないんですよ…」
気怠そうにため息を吐きながら、一人の少年が前へと歩み出た。
彼の名は――散蘭。
白銀の髪に、澄んだ藍の瞳。
その小柄な体躯と中性的な顔立ちは、一見すれば病弱な美少年といった印象を受ける。
だが、その腰に携えた長刀は、彼の身長とほぼ同じ長さで、その華奢な体にまるで不釣り合いなほどの武装は、見た目以上に――“異様な”存在感を放っていた。
(あの刀……あれも魔道具の一種なのかしら?)
ミカの脳内に、そんな疑念が浮かぶ。
「ガタガタ抜かすな、さっさと準備しろ」
「へぃへぃ」
散蘭は気怠げに頭をかきながら、肩をすくめて答えた。
そのまま、のらりくらりとした足取りで模擬戦場の中央へと向かっていく。
「それとエシュミラ、お前もだ」
「ふぇ? わ、わたし……ですか……?」
唐突に名を呼ばれ、最後尾の隅で小さく立っていた少女が、情けない声を上げた。
どうやら、自分が呼ばれるとは夢にも思っていなかったらしい。
年頃はミカとは変わらないだろう。
長く伸びた前髪が片方の目元を覆い隠し、そこから覗く瞳はガーネットのような深紅の色彩を放っている。
背丈はミカとほぼ同じくらいだ。
おどおどとした仕草、震えた声、そして人の視線を避けるような立ち居振る舞い。
ひと目見ただけで――人付き合いが得意ではないことは想像できる。
「お前以外に誰がいる?」
バサラはエシュミラを上から見下ろすように、鋭い眼差しで睨みつけた。
「ふぇえ……す、す、すぐ準備 しますぅ……」
エシュミラは弱々しく肩をすくめると、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
そのままバタバタと慌てた足取りで、模擬戦場の方へ駆けていく。
彼女の腰には、大小さまざまな魔道具がぶら下がっていた。
瓶、巻物、金属片――その姿はまるで、歩く道具屋だ。
そして彼女が走るたびに、それらの魔道具たちがドサドサと地面に落ちていく。
まるで“自分の通った道を指し示す目印”のように。
「ま、待って! なんか色々落ちてる落ちてる!」
ミカが慌てて指摘するも、エシュミラ本人は気がつく様子もなく、そのまま走り去っていってしまった。
(純粋で良い子そうだけど、少しドジっ子さんね…)
ミカは苦笑しながら、ぽりぽりと頬をかいた。
「よし、あとはお前だミカ、準備しろ」
「えっ、あはいっ!……って、ちょ、ちょっと待ってください!私は一人ですか!?」
ミカは驚き思わずバサラへ詰め寄る。
「当たり前だ。お前の為の歓迎会だぞ?
他の誰かが協力してどうする」
バサラは表情変えることなく淡々と告げる。
「い、いくらなんでも……二対一なんて……!」
「スカーレット。――お前、実戦でもそんな泣き言を口にするつもりか?」
「い、いや…それは、その……」
「いいか、覚えとけ。いつでも親切ご丁寧に“タイマン勝負”をしてくれる敵なんざ、どこにもいねぇ、一対多数は日常茶飯事。
魔物は口を聞けねぇ奴らが殆どだからな」
「はい、でも私……そこまで自信がな――」
「うるせぇッ!弱音を吐くのはやってからだ!
"一流の魔術師"を目指すってのはデマカセか!?
胸章をつけた瞬間から――お前はもう、第四宮の一員だ。
やれねぇ臆病者のお嬢ちゃんなら、とっとと去れ」
バサラはそれだけ言うと、踵を返して模擬戦場の方へ歩き出す。
背中から放たれる気迫だけで、生徒たちの誰もが息を呑んだ。
残されたのは、ミカとその周囲に立ち尽くす生徒たち。
張り詰めた沈黙の中、冷たい風がグラウンドを吹き抜ける。
俯いたミカは、唇を噛みしめながら――確かに、杖を握る手に力を込めた。
……悔しい。
それはバサラに臆病者だとかそんな事を言われたからではない。
(実際の所、ほんの少しだけムカついたのも否めないが)
"ステル"や"パコ"、"ワルバッカ村"の人達を見て、私も皆を助けられるくらい立派になりたいと凄んでいたはずの自分。
それが、また以前のように泣き言を言いかけたことが、悔しかった。
私はゾディアークで、自分を変える為にきた。
次は私が仲間を助けられるくらい立派な"一流の魔術師"になる為にここに来たのだ。
ミカは決意を固めると、全速力で駆け出しバサラに追いつくと、正面に立って堂々と言い放った。
「や、やるわ! 絶炎の魔術師と恐れられた、この私の炎魔法を見せてあげる!
学院ごと吹っ飛ばしても――文句言わないでよね!!」
ミカは叫びながら、ピシッと指を突きつけた。
その瞳には、もう怯えた影はどこにもない。
「フッ…やっと素直表したな。
面白ぇじゃねぇか――やってみろ」
バサラは唇の端をつり上げニヒルな笑みを浮かべると、ゆっくりと高台の方へ再び歩き出した――。




