第九話 『バイオレンス・ナイト』
その時だった。
暗闇の中、不意にミカの体をステルの腕が覆い被さる様にガッチリと包み込んだ。
(ちょ…ちょちょちょー!、チョット待って!?いくらなんでもこの展開は急すぎない!?嘘…ヤダ私まだ心の準備が…)
ミカは赤面しながら心の中でそう呟いた。
心臓の音はドラムロールの様にバクバクと、今にも爆発してしまいそうな程に高鳴っている。
緊張から体が動かず、思わず固まってしまった。
「ス、ステル。まだこういうのは早い…」
ガシッ!
今度は、ステルの足がミカの腰辺りの部分にのっかりガッチリと押さえ込んだ。
ミカはあまりのことに、思わず「ヒャッ!」と変な声を漏らしてしまった。
(この勇者、いくら異世界だからって大胆すぎよッ!?)
高鳴る鼓動をなんとか抑え込みながら、ミカは意を決して、そっと隣のステルの顔を覗き込む。
……グーグー、スピー。
そこには、幸せそうに寝息を立てる勇者の顔があった。
(寝とんのかいっ!)
ミカは心の中でツッコミをいれた。
「ちょっと待って、というよりこの体勢…」
だが、気付いた頃には時すでに遅し。
ミカの腕はステルによってガッチリと極められていた。
「イダダダダダダダダダッ!!」
そう、これはまごうことなき“腕ひしぎ十字固め”。
主に格闘技で用いられる関節技の一種、所謂ガチなやつである。
勝手に抱きしめられたと勘違いしていたミカの妄想は、無慈悲にも砕け散った――。
一方のステルは、どこ吹く風。
寝息を立てながらも、完璧なロックを外さない。
その背景には、彼の“戦闘仕込みの寝相”があった。
幼き頃から、祖母――通称“サバイバ婆”にこう叩き込まれていたのだ。
「ステル、動物が一番無防備なのは眠っている時じゃ。だからこそ、寝てる時こそ戦場と思え。わかったな?」
祖母の教えは、今もステルの肉体に深く刻まれていたのだった。
そんなこんなで夜は明け――。
俺は窓から差す日光と共に目を覚ました。
「最高に気持ちのいい朝だ。しかしベッドというものがこんなに良いものだったとは。これは俺の"断捨リスト"から外しておこう」
満足げに俺はそう呟いた。
「ん…なんだ?」
ふと頭部の痛みに気がつき頭をさすると、そこには野球ボールぐらいの大きさの巨大なタンコブができていた。
「寝てる時に頭でも打ったのか…?まぁいいか」
俺は勝手に納得すると、そのまま一階へ降りていった。
「おはよう!昨日は二人共、よく眠れたか?」
俺は勢いよく挨拶をした。
「ステルッ〜、どうしてくれるの!?アンタがベッドを占領したせいで、結局私は一階のソファで寝たのよ!そのせいで朝から全身ガッチガチだわ!」
ミカは怒りの表情で俺を見つめている。
「俺は一緒でも構わんが。一昨日も(野宿の時)一緒に寝ただろう?」
すると、パコは俺達二人をジーッとしばらく見つめ、何かに気がついた様にすかさずこう言う。
「…ハッ!お二人さん、出会った頃からもしやとは思ったが…やっぱり、そういう"ムフフな関係"だったのだな…っ!?」
「ちが〜〜う!誰がこんな変態半ケツ男なんて好きになるのよっ!?」
顔を真っ赤にしたミカに向けて、パコは冗談冗談と言いながら笑っていた。
それからしばらくして――俺達三人は、スケルトンの根城へ向かう準備を整え、世話になったパコの隠れ家を後にした。
「それにしても、パコの料理は美味かった。また機会があればご馳走になりたいもんだ」
「任せてくれっ。スケルトンキングを倒した暁には、腕によりをかけてご馳走を振る舞ってやるからなっ」
パコは満面の笑顔でそう言った。
「それはそうと、勇者よ…お主、その格好で本当にいいのか? いや、その……気のせいか、昨日より“半ケツ感”が増しておるような……」
パコは顔を赤らめつつ、両手で目を覆いながらも、指の隙間からチラチラこちらをうかがっている。
「ああ、本当は今すぐにでも脱ぎ去りたいが。今は半ケツが妥協点だ」
「勘弁してよっ!これ以上は、憲兵団に突き出すからねっ!」
こうして俺たちは、現在地から反対方向に位置する、スコット村東部の"オステリオ山"へと向かった。
スケルトン城はその山で一番高い標高にあるそうで、魔物達が活発化する夜になる前に登り切る予定だ。
途中何度か下級魔物と遭遇したが、大きく苦戦することもなく順調に進んでいく。
その道中、俺はパコの弓さばきを目の当たりにし、思わず息を呑んだ。
その小柄な身体から放たれたとは思えぬほど、銀色の矢じりは鋭く、そして迷いなく魔物の急所を貫く。
――流石、何百年も生きてきただけのことはある。
猟銃の扱いに長けていた俺の祖母も相当なものだったが、それ以上にパコの技には、鍛錬と研鑽の深さが滲んでいた。
「ねぇ二人共、もう五時間近く歩きっぱなしよ?少し休まない?
私お腹空いたし喉も乾いた〜〜」
ミカは少し前を歩く俺たちに向かって、甘える様にそういう。
「よしっ一旦ここで休憩しよう。幸いここは魔物もあまりおらんようだしなっ」
パコはそういうと、背中に背負っていた大きなリュックから敷物を取り出すと、その場に広げた。
そしてなにやらリュックの中をゴソゴソとしている。
「今朝は少し早起きしたからな、簡素だが昼飯を作ってきた。
エルフ族秘伝の、カモミールティーもあるぞ」
そういってパコは、俺とミカに木製の弁当箱の様なものを渡してくれた。
中を開けると、香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。
俺は思わず生唾をゴクッと飲み込んだ。
中央には、木の実と香草でマリネされた森猪のロースト。
隣には、干し肉と山菜を混ぜた月光米のおにぎり。
さらに、昨日の残りを保存して作った炙り鹿のタタキもある。
締めは、真っ赤な木苺とナッツの蜜漬け。
なんだこのいかにもスタミナがつきそうな"ガッツリワイルド系"エルフ弁当は!
美味そうがすぎる!
ああ、待ちきれんっ、限界だっ!
俺は合掌し瞼を閉じると、口早に口上を読み上げようとした――その時だった。
ビュンッ!!
「ん……?」
黒い影が、俺の目の前を物凄いスピードで通り過ぎた気がした。
次の瞬間、俺の手元にあったはずの弁当は、一具も残さず消え去っていた……




