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第八十九話『ようこそ、第四宮へ』

「で――いつまでボーッと座ってやがる?」


悪魔のような顔の教師はミカを睨みつけるように言った。

その声に思わず背筋が跳ね上がる。


「は、はいぃっ!!」

椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がるミカ。

悪魔教師は腕を組み、まるで「何か話せ」とでも言うように顎をしゃくった。


(え、えっと……これは自己紹介しろってこと、よね……?)

頭の中はすでに真っ白、心臓ははち切れそうなほどにバクバク。

その間も突き刺さる様な視線が痛い。

焦りと緊張を押し殺し、ミカは息を呑んで口を開いた。

 

「わ、私は本日から正式に入学しました

"ミカ・イライザ・スカーレット"……です!

出身はダラス王国で、えっと……少し前までは王国の魔術教団に所属していました」


「ダラス……?知らねぇ国だな」

悪魔教師は眉をひそめて呟いた。

その声に、ミカの背筋が再びピシリと固まる。


「は、はいっ……!こ、ここから遠く離れた小さい国なので……と、とにかくまだまだ未熟者な私ですが――"一流の魔術師"を目指して、一緒に頑張りたいと思っています!

ふ、不束者(ふつつかもの)ですが皆さん、よろしくお願いしますっ!」

最後の方は緊張で声が少し裏返ってしまった。

それでも最後まで言い切った自分を、ミカは心の中で思いきり褒めてやりたい気分だ。


パンッ。

乾いた一拍が教室に響いた。

それからすぐしてパチ、パチパチ、パチパチと。

一人、また一人と続き――気づけば、教室全体が温かな歓迎の拍手に包まれていた。


(ハァ〜緊張したけど、周りの皆は優しそうで良かった…!)

ミカは安堵した様子で、そっと席に腰を下ろそうとした時。


ガタンッ――!

教室に大きな音が響いた。

見ると、教室の隅で一人の生徒が勢いよく立ち上がっている。

分厚いレンズの眼鏡に、小太りの体型。

制服の襟元は少し窮屈そうで、首のあたりがパツパツだ。

年齢は……どう見てもミカより上、いや、下手したら三十代かもしれない。


その男はうつむいたまま、プルプルと震えている。

体調でも悪いのか――そう思った、まさにその瞬間。


「ミ、ミミミ……ミミミミカちゅわぁぁぁぁああぁんッ!!!」

奇声とともに、男は体を左右に揺らしながらダッシュでミカの方へ突進してきた。

眼鏡がずれ脂汗を飛ばしながら、歯止めの効かない暴走機関車のように一直線に向かってくる。

 

「ちょっ、ちょっと!?な、なになに?

なんかよく分からないけどいやぁぁぁぁぁぁっ!!」


ミカが向かってくる男から逃げようと席を立ち上がったその時だった。


ビシィンッ!

乾いた音が教室に響き渡る。

次の瞬間、男の体が弾かれたように宙へと舞い上がった。


「ほおべらっ!!!」

奇声と共に鼻血を噴き出し、男は見事な放物線を描いて床を転がる。

それは一瞬の出来事だった。

 

珍牛(ちんぎゅう)ッ!!

この性欲ダダ漏れ怪物(モンスター)がぁ!!」

鞭を握った悪魔教師が珍牛(ちんぎゅう)の元へ詰め寄る。


「テメェはいっぺん――地獄に落ちる必要があるなぁ??」


「ヒッ、ヒヒィッ! ご、ご勘弁を――!」


「懲罰だッ! “鞭打ち十回”ッ!!勿論、生尻でなぁッ!!

歯ぁ食いしばりやがれぇぇッ!!!」


「ヒヒィイィンッ!!」


バシィッ! バシィンッ! バシィィィィッ!!!


「ヒィンッ! ヒヒィンッ! ヒヒヒヒィィィインッ!!」

乾いた音が連続して教室に響き渡る。

悪魔教師の容赦のない鞭打ちに、珍牛(ちんぎゅう)の尻は、みるみるうちに真っ赤に染まっていった。


(な、何この状況……!?時代錯誤ってレベルじゃないわよ!?

教師が生徒に体罰……っていうかあの珍牛(ちんぎゅう)って人…なんかちょっと喜んでない!?)


珍牛(ちんぎゅう)は一見すると激痛に耐えかねて泣き叫んでいるように見えた。

だがよく目を凝らすと、その顔は涙と汗と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、どこか恍惚とした笑みを浮かべている。


(か、完全に"ド変態"だわ……)

  

珍宮寺(ちんぐうじ) 牛憲(うしのり)三十五歳。

あだ名は珍牛(ちんぎゅう)

第四宮(ソル)所属にして、階級は六等星の魔術師。

生まれてこの方、女の子とは手すら繋いだ事がない――筋金入りの童貞(魔法使い)である。


「――これで十だ。二度と同じ真似ぁすんなよ」


「ハ、ハィ! バサルバサラ教官……!」

ヒリヒリと腫れ上がった尻をさすりながら、珍牛(ちんぎゅう)は情けない声をあげた。

その様子を一瞥した悪魔教師は、何事もなかったかのように鞭を肩に担ぎ上げ、壇上へとスタスタ歩いて戻っていく。


「――大分、時間を食っちまったな。

俺の自己紹介は手短に済ませる」

低く通る声が、静まり返った教室に響いた。


「俺の名は"バルサール・レオン・バサラ"。

長ったらしいからバサラでいい。

三年前から第四宮(ここ)の指導官を担当してる。

階級は二等星だ」


(二等星……? 確かタフォラスさんが四等星だから、見た目はアレなのに、実はめちゃくちゃ凄い人ってことっ!?)

ミカは思わず背筋を伸ばし、改めて壇上の悪魔教師(バサラ)を見つめた。


「――早速だが、テメェらには“気合”ってもんが足りねぇ。

第四宮(ソル)は、七宮の中で最も“戦闘に特化した”学科。

もしこの学院を狙う輩でもいようもんなら――真っ先に駆り出されるのは、俺たちだ」

バサラは壇上から教室を一望し、ひとりひとりの顔を見つめる。


「新入生も入った事だし丁度いい。

まずは互いの実力を知る機会としようじゃねぇか」

バサラは口の端を吊り上げ、ゆっくりと鞭を鳴らした。


模擬戦闘(もぎせんとう)を行う。

初日からポックリ逝かねぇように――気合い入れてけよ」


その言葉を合図に、教室の空気が一変する。

緊張と高揚が入り混じる中、ミカの喉がごくりと鳴った。

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