第八十八話『難易度:ベリーハード』
「第八深層エリアの殲滅を確認しました。
よって――第九深層エリアへのゲートを、解錠します」
カチリ。
無機質な音が響いた。
その後重厚な分厚い扉が開き、また次の階層が口を開ける。
「ハァ……」
見渡せばまた、同じ景色。
無機質な白い空間には、人間サイズの巨大な積み木が散らばっている。
そして血走った目をした魔物の群れが、扉の隙間を見た途端、狂ったように雪崩れ込んでくる。
「もうお腹いっぱいよ」
それを"彼女"は眉一つ動かさず、先程と同じ工程を繰り返す。
ただ――
ただ――
ただ――
何度も同じ工程をひたすらになぞるように。
だが、“終わり”の気配はどこにもない。
「第二十六深層エリアの殲滅を確認しました。
よって――第二十七深層エリアへのゲートを、解錠します」
まただ、また同じ声。
同じ展開。
同じ敵。
同じ手。
そして、同じ結末。
無機質なアナウンスの声が、頭痛の様に繰り返される。
進んでも進んでも、終わりは見えない。
「いったい、どこまで続いてるわけ……」
「第五十四深層エリアの殲滅を確認しました。
よって――第五十五深層エリアへのゲートを、解錠します」
「…いいかげんにしなさいよ……」
その嘆きに応える者はいない。
訪れるのは、幾度にも及ぶ既視感の連続。
もはや、彼女の中でそれを数えることは無くなった。
ただ突き進む。
いつか来るべき終わりに向かって。
ただひたむきに。
繰り返されるレーン作業のように、淡々と作業ていく。
「第九十九深層エリアの殲滅を確認しました」
「ハァ……これでやっと終わりかしら。
どれだけ臆病なの?これを作ったじんぶ……」
ブチッ。
その時、何かの電源が落ちたような音がした。
「――再起動完了。
第一深層エリアの再構築を開始します。
ジェネシス・インターバル――十、九、八、七……」
「って……嘘でしょ!?まさかそんなことって……」
まるで逆再生の映画でも見てるかのように、光が反転し、先程までの景色が巻き戻っていく。
崩れた瓦礫は積み上がり、朽ち果てた魔物の体がよろりと起き上がった。
「――いいわ、 “覚悟”しなさい。
こんなものを作ったこと――必ず、“後悔”させてあげる」
彼女は一瞬、絶望に飲み込まれそうになった。
いっそのこと、全てを投げ出してやろうかと。
だが、気づけば、手には再び杖が握られていた。
責任という名の鎖が、再び彼女を現実へ引き戻す。
ここは――無限演算の回廊。
入るは容易、出るは難関。
いまだかつて“踏破”した者はいない。
果てのない数式が、真っ白なキャンバスの壁を埋め尽くすように現れては消えを繰り返す?
まるでこの場所そのものが、生きているよう。
だが、もう迷わない。
彼女の瞳には、そんな揺るぎない決意が宿っていた。
この回廊を乗り越えて、"ある人物"に会うという目的の為。
「終わりのない演算なんて存在しないわ。
私が"終止符を打ってあげる」
彼女の演算は続く――。
そして場所は変わり、ここはゾディアーク星級魔法学院の一室。
「あぁあ〜〜〜いけないっ! 遅刻、遅刻〜〜〜っ!!」
そんな、どこかで聞いたような定番のセリフを叫びながら、赤髪を振り乱し、スカートのファスナーを上げようと格闘している少女――もとい、ミカである。
制服のシャツは半分出たまま、ネクタイをしめる余裕もないのか、胸元は大胆に開いている。
今日はパンをくわえる余裕すらないようだ。
「んもぉ〜〜〜っ!昨日パコと遅くまで"ホリーボッターと隠者の玉"なんていうヘンテコパロディ映画を観てたせいだわ!結局最後まで観たの私だけだしっ!」
そう文句を言いながらも、なんとか身支度を整えたミカは、最後に一番大事な愛用の魔法杖を手に取ると、勢いよく部屋を飛び出していった。
――ちなみに、パコの方はというと。
何度叫んでも、何度ベッドから引きずり出そうとしても、まったく起きる気配のないミカを見かねて、とうの昔に一人で第三宮へと向かっていた。
十分後。
ガラガラッ――と教室の扉が勢いよく開き、赤髪の少女が飛び込んできた。
肩で息をしながら、額の汗をぬぐう。
予期せぬ突然の来訪者に、教室内がざわざわとどよめいた。
「誰あの子……結構可愛くね?」
「でも、来る場所間違ってないか……?」
「遂に第四宮にも待望の……二人目の女子生徒が来るとは……ムフフフですぞぉっ///」
そんなざわめきが広がったその瞬間――
ドンッ!と教壇に立つ男が、勢いよく両手をついた。
重い音が響き、空気が一瞬で凍りつく。
金髪でほどよく伸びたツンツンの髪。
横は鋭く刈り上げられ、両耳にはいくつものピアスが光る。
吊り上がった目尻に、牙のような口元。
腕には何故か、黒く光り輝くムチのようなものが握られている。
「――初日から遅刻とは、いい度胸だなぁ……?」
ニヤリと微笑むその悪魔のような笑顔に、ミカは思わず「ヒィッ!」と情けない声をあげる。
ワルバッカ村にいればそれこそ違和感ないだろうが、こと学舎においてそのヴィジュアルはまさに異様だった。
「はひっ!? す、すみませんっ!!」
ミカは反射的に背筋を伸ばし、まるで処刑台に立つ囚人のように硬直する。
「ケッ!まぁいい――オマエの席はソコだ、早くつけ」
ミカは言われるがまま、一目散に席へと着席した。
ざっと周りを見渡すと、生徒は自分を入れて十人ほど。
一般的な学舎に比べればずいぶん少ない――ゾディアークに入る人間はそれだけ“一握りの選ばれた人材”ということなのか。
未だにバクバク鳴る心臓をなんとか落ち着かせようと、ミカは深呼吸をひとつ吐く。
(あの人が教師……なの? 見た目は完全に“魔物側”よ!?)
(周りの子たちもビクビクしてるし……うわぁ、これはヤバいの引いたかも……)
学院初日から、早くも暗雲が立ちこめる。
こうしてミカの思い描いていた理想?の学園生活は幕を開けるのだった――。




