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第八十四話『霧に沈む橋』

物語はステルへの視点へと移る――。

ボビンスキーと共に、ステルはすでに戦場へと足を踏み入れていた。

国境を跨ぐ大橋には濃い霧が立ちこめ、先の景色はまったく見えない。

だが、足を進めるごとに、霧の奥から怒号と悲鳴が混じり合うように響いてくる。


「ぞ、増援はまだか……!第三陣営(こっち)はストーンゴーレムの群勢で手一杯だ!」

「法陣展開ッ――!防御壁(プロターラ)・マキシマ!」

「ぐあぁああぁああ……!!」


視界の先では、無数の光と影がぶつかり合っていた。

巨大な橋のあちこちで、魔術師たちが陣形を組み、押し寄せる魔物の軍勢を必死に食い止めている。

 

「……こんな事になってたとは」

ステルは思わず息を呑む。

目の前に広がる光景は、まさしく“戦場”そのものだった。

 

「これが今のフォルトゥーナ(我が国)の現実です。

国民には知られぬよう、結界に遮音処理を施しておりますが、いつ結界が崩壊してもおかしくはありません」

ボビンスキーは冷静な口調で答える。


「なるほどな、でもこのままだと鎖国状態。

こっちの兵力と兵糧が尽きるのも、時間の問題ってわけか」


「はい、かたじけながら……」

ボビンスキーは申し訳なさそうに深く頭を下げた。


「気にするなよ。まずはどこへ向かえばいい?」


「……感謝いたします。それでは私と共に、第四陣営の援護に向かいましょう」


「ああ!」

ボビンスキーの合図に従い、ステルは霧の立ちこめる橋を駆け抜ける。

轟音と魔力の閃光が交錯し、空気が焦げるような熱気が肌を刺した。


やがて視界が開けるとそこには、ボビンスキー直属の白装束の部隊が、既に魔物の群勢と交戦していた。

 

「ハァハァ……遅くなってすまない、状況は?」

ボビンスキーは息を整えながら、最前線にいた仲間の一人へ声をかけた。

 

魔物(ヤツら)の勢いは日を追うごとに増しています。

特にあそこの"スケルトンライダー"が厄介で……」

部下が指さした先、霧の奥にぼんやりと浮かび上がる影。

そこには、骨馬に跨り錆びた剣や弓を携えた、亡霊の騎兵が群れをなしている。

彼らは整然と隊列を組み、橋の向こう側で不気味に静止していた。

知能が高いのか、一介のスケルトンのように無策でこちらへ突っ込んでくるような様子はない。


「……不気味な奴らだな。あれがスケルトンライダーか」


◾︎ スケルトンライダー

分類:屍霊種/骸骨騎兵

危険度:C

かつて騎士として戦場を駆け抜けた者の亡骸と怨念が融合し、死してなお“乗馬の記憶”を失わなかった個体がスケルトンライダーとして蘇る。

その身体は白骨のみで構成されているが、鎧や武具は生前のものを模した呪具化した装備をまとう。

中でも乗るスケルトンホースとの結びつきは強く、主と馬の魂は死後も一対の存在として地上を彷徨っている。


「はい、非常に冷徹で戦闘に長けた連中です。

勇者様といえど、くれぐれも油断は禁物――」

白装束の忠告が言い終わるより早く、ステルの姿はすでに前方へと走り出していた。


「あっ、ちょっと待ってください!無策で突っ走るのは――!」


「心配無用だ」

ステルは振り向きもせずに答える。

「――あいにく俺は、骸骨共との戦いには慣れてる」


その言葉と同時に、霧の向こうで金属音が鳴った。

スケルトンライダーたちは一斉にステルの接近に気づき、骨の顎を鳴らしてカラカラ……と嘲笑うような音を響かせる。


次の瞬間、前列の数体が骨の弓を高く掲げた。

ギィィン――!

乾いた音と共に、矢が空気を引き裂く。

それは警告などではなく、明確な“殺意”をもった一射だった。

 


だが、襲いかかる無数の矢に怯むことなく、ステルは真正面から突き進んでいた。

その無謀な姿に、後方で見守るボビンスキーが思わず叫ぶ。

 

「ぼ、防御魔法を!!早くっ!!」


「ま、間に合いませんっ!」

白装束の魔術師が慌てて詠唱を始めるが、既に手遅れ。


「くそうっ!!」

ボビンスキーの叫びも虚しく、弓撃が防護も無しのステルを貫いたかに思われた――。


「な……っ!あれは……!」

白装束達は、眼前の光景に思わず目を見開いた。


そこには――傷ひとつない姿で、つま先立ちのまま静止するステルの姿があった。


白蝶の湖(スワロウレイク)――さぁ、ダンスの時間だ」


その言葉と同時に、ステルは華麗なステップワークで次々と矢を躱していった。

右へ、左へ。

一歩一歩。

踏み出すたびに体を大きくそらし、その間を矢が風を切って空を裂く。

その蝶のように華麗でしなやかな舞踏は、世紀末武道会でメロンネの動きを模倣(トレース)し独自に編み出した特技である。


断捨離スキルを封じられていても、ワルバッカ村での経験を経た今のステルは、確実に“進化”していた。


「すごい…あの半ケツブリーフ――何者だ?」

「魔法すら使ってないぞ!?」

「ま、まさか……魔物じゃないわよね……?」


後方からそんなざわめきが上がるほどに、突如として現れたステルのブリーフ旋風は、戦場の注目を一瞬でかっさらっていった。

 

「はっ! せいっ! どっはっ!」


掛け声と共に、ステルは流れ作業のように次々と、スケルトンライダーを投げ飛ばす。

山育ちで鍛え上げられた動体視力と反射神経が、襲い来る弓矢も、振り下ろされる剣撃もことごとく見切っていく。

ひとたび間合いに入れば、骨馬(スケルトンホース)ごと持ち上げ、勢いよく橋の下の激流へ――ぶん投げた。


不死身のスケルトン達でも、こうなってはたまらない。

カラカラと乾いた音を立てながら、下流へと真っ逆様に落ちていく。

気がつけば――。

四、五十騎はいたであろうスケルトンライダーの群勢は、ただの一騎も残らず掃討されていた。

 

「ご無事で何よりです!」

ボビンスキーと白装束たちは、安堵の表情でステルのもとへ駆け寄る。

 

「なっ、心配無用だって言ったろ。

これくらいの敵は今まで何度も戦ってきた」


その言葉に、ボビンスキーは感嘆の息を漏らし、静かに頭を下げた。


「勇者様……貴方は本当に、この国の救世主やも知れません」


「そんな大袈裟な事言うなよ。――戦いはこれからだろ?」


ドチュン――。


「あ」


その時だった。

白装束の一人が、糸の切れた人形のように――バタリとその場に崩れ落ちる。

一瞬、この場にいる誰もが理解できなかった。

しかし、遅れて上がった誰かの叫びが、戦場の空気を一変させる。

 

「モ、"モルグリン"だッ――!! 奴が現れたぞっ!」


◾︎ モルグリン 別名:死嘲妖精

分類:堕天種/妖精族

危険度:A-

闇魔法によって、邪悪な感情と死の衝動を植え付けられた、妖精族の改造堕落種。

その名は Morgue(死体安置所)と Grin(笑み)を掛け合わせたもので、「死を嗤う妖精」という意味を持つ。

その背の羽はかつての透明な輝きを失い、毒々しい紫紺の(はね)となって、飛ぶたびに毒性を持つ鱗粉を撒き散らす。

瞳から放たれる死の線(デスイレイザ)をうけたが最後、対象者は永遠の眠りへと誘われる。


「お逃げくださいっ!勇者様――!!」


ボビンスキーのつんざくような叫びが、霧の中に響く。

そしてその叫びとほぼ同時に、ステルの心臓へ目掛け死の線(デスイレイザ)が放たれた――。

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