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第八十三話『暁と聖花』

その夜――ミカとパコは学院の学生寮へと案内された。

割り当てられた部屋は三階、305号室。


学院の生徒のほぼ半数がこの寮で生活しており、入学から一年間は原則として二人一組で部屋を共にする決まりらしい。

部屋の中には、机や寝具、簡易的な魔導灯など、生活に必要なものは一通り揃っていた。


扉を開けた瞬間、二人の肩から緊張がふっと抜ける。

長い一日を終えた安堵が押し寄せてきたのか、食事と入浴を手早く済ませ、学院指定の部屋着に着替えると、隣り合ったそれぞれのベッドへとすぐさま潜り込んだ。

 

「振り返ると……怒涛(どとう)の一日だったな」

パコは天井を見上げながら、ポツリと一言呟いた。

 

「そうね。まさかこんな大事に巻き込まれるなんて」

隣のベッドで同じく天井を見つめるミカも、まるで独り言のように返す。

 

「ここに来たこと、後悔しているか?」

パコがゆっくりと体を横に向け、ミカの顔を覗き込むようにして尋ねた。

ミカはその問いの意図をすぐに察したのだろう。

彼女も同じように横を向き、静かにパコと視線を合わせる。

その瞳には、一片の迷いもなかった。

 

「……ううん。私の思い描いてた入学の形とは違うけど、今はワクワクとドキドキで胸がいっぱい。それに――パコもいるし」

そう言って、ミカは満面の笑みを浮かべた。

その屈託のない笑顔に、パコは思わず視線を逸らす。

不思議と胸の奥がくすぐったくなり、慌てて体を反対側の壁の方へ向けた。

 

「そっそうだなっ!明日からは本格的な学院生活の始まりだっ。ミカは寝ぼすけなんだから、早く寝るんだぞ!」


「…………」

隣のベッドからは、すでに穏やかな寝息が聞こえていた。

言葉にはしなかったが、相当疲れていたのだろう。

 

「……まったくっ」

パコは小さく呟き、ミカの方へ体を向ける。


“隻腕の復讐者”――その強大な敵を前にして、胸の奥には確かな不安が渦巻いていた。

副学長のウォレスを仕留めるほどの相手を、自分たちだけで倒すことなどできるのか。

そんな疑問が、頭の片隅から離れない。


それでも、ここに来てからのミカは何度もパコを支え、励まし、立ち上がらせてくれた。

その強さとまっすぐな笑顔を見るたびに、パコは不思議と勇気を取り戻すのだった。


ミカも少しずつ成長している。

その様子が嬉しくて、どこか誇らしくて。

パコは胸の奥で小さく笑みを漏らした。

 

「おやすみ……」

そのままパコはゆっくりと瞼を閉じると、安心した様に眠りについた。

静かな夜が二人を包み込むように――。


そして翌朝。

寮の一室に、けたたましい声が響き渡った。

 

「あ〜〜〜っもう時間がないぞっ!いつまでやっとるっ!」

鏡の前で髪をいじるミカに、パコが半ば悲鳴のように叫ぶ。

 

「だっふぇ!ほほの寝癖が、ほうやっふぇもとれないんはふぉん〜!」

ミカは必死の形相で、寝癖でボサボサになった髪に櫛を通しながら、片手でトーストをむしゃむしゃと頬張っていた。

 

案の定――パコに何度も起こされていたにも関わらず、

「あと三分……」と何度も怠け寝くさった結果がコレである。


「むぅ〜〜貸せぇいっ!」

見かねたパコは、台座を掴んで駆け足でミカの元へ向かう。

櫛を手に取ると、台座の上にひょいと乗り、容赦なくミカの頭をわしゃわしゃととかし始めた。


「ちょ、ちょっとぉ!? 痛っ、いったぁいっ!」

そんな反応を完全に無視して、パコは素早く髪を整えいつものように――二つ結び(ツインテール)へと仕立て上げる。

 

「よし、完成だっ」

満足げに台座を降りると、パコは勢いよくミカの尻をペチンッ!と叩いた。

 

「ありがとっ……てなんで叩くのよっ!!」


「そこにプリケツがあったからじゃ。ビョービョッビョ!」

アクダインの真似をしながら、パコはニタニタと笑ってみせる。


「やめてぇ!トラウマが蘇るぅ〜〜っ!」


「カッカッカ!」

そんなふざけたやり取りも早々に、二人は急ぎ足で学院のエントランスへと駆け出した。


エントランスに到着すると、受付には眼鏡をかけた女性が一人立っていた。

二人の姿を見るなり、彼女はピシャリと言い放つ。


「三分遅刻。――初日から遅刻とは、いい度胸ね」


「ヒィッ!す、すみませんっ!身支度に思ったより時間がかかってしまって……!」

ミカは慌てて頭を下げる。


(ギクリ……っ見るからにカッチリしてて怖そうな人……)


身長はミカよりも高く、おそらく百七十センチほど。

華奢ながらも引き締まった体躯に、眼鏡越しのキリッとした瞳が印象的だった。

この学院では珍しくローブではなく身体のラインに沿ったスーツ姿で、肩にかかるかどうかのミディアムヘアが、知的な印象をさらに強調している。

二人は思わず肩をすくめながら、必死に謝るのだった。

 


「言い訳は結構」

女性は書類を片手に、冷ややかに言い放った。


「私は受付担当のノウマ・フィラ・リストレット。――呼び名は好きに呼びなさい」


「は、はぃっ! ノウマさん!」

ミカは慌てて姿勢を正し、声を裏返らせながら返事をする。


「……それじゃ、手短に入学手続きを行うわ。一人ずつ前へ来なさい」

ノウマが軽く手招きすると、ミカは小さく頷き、恐る恐る一歩前へ出た。


「ほら、もっと近づいて」


「は、はい……っ」

ミカは緊張で足をもつれさせながら、じりじりと距離を詰める。

ノウマの鋭い視線が近づくにつれ、空気がわずかに張りつめていく。

その距離が、手を伸ばせば届くほどまで縮まったとき――ノウマは静かに口を開いた。


「目を瞑って」


「え?あ、はい!」

ミカは一瞬ためらいながらも、言われた通りそっと目を閉じる。

次の瞬間、ノウマは右手をすっと伸ばし、指先でミカの額に優しく触れた。


ひやりとした感触とともに、空気がわずかに震える。

数秒間の沈黙――。

ノウマの表情は微動だにせず、ただ淡い魔力の光だけがその指先に灯っていた。

やがて、ノウマは手を離し短く言う。


「はい――これで完了。次」


「え……?手続きは、もう終わりですか?」

あまりにもあっけない展開に、ミカは思わず問いかけた。


「そうよ。あなたの経歴と、ここに来た経緯はすでに把握済み。

あとは――ここの規約書と同意書にサインしておいて」

ノウマは手元の書類をまとめながら、几帳面な手つきで数枚の紙とペンをミカに差し出す。

その動作には一切の無駄がなかった。

続け様に今度はパコへと視線を向ける。


「――はい、次」

パコもミカと同様に額へ手を当てられ、ものの数秒で手続きが完了する。

それから二人が署名を終え、肩を並べてノウマの前に立ち直る。

ノウマは書類を軽く確認すると、眼鏡の位置をクイッと上げ、静かに口を開いた。

 

「二人はここから正式に――ゾディアーク星級魔法学院の生徒として、入学を許可する」

その声は落ち着いていながらも、どこか重みを帯びていた。


「入学理由は少々特殊だけど、特別扱いはしないわ。

ここに来たからには、誠心誠意、"魔法と向き合い"なさい。

そして――魔術師として一流を目指すこと」

言い終えると、ノウマはカウンターの引き出しから二つの小箱を取り出し、ミカとパコそれぞれに一つずつ手渡した。

 

「それが、この学院の一員である証明よ。

胸章(ブローチ)は学院生としての象徴。再発行の手続きは複雑だから――くれぐれも失くさないこと」


「あ、ありがとうございますっ……!」

ミカは両手で受け取ると、手のひらの上で輝く胸章をうっとりと覗き込んだ。

その瞳は、まるで幼い頃から夢見ていた未来をようやく掴んだかのように、静かに輝いている。


赤と白に黄金を基調とした色合いで、放射状の太陽光をかたどった王冠の紋様を中心に、その下では剣と杖が交差するような精緻なデザインをしていた。

中央には、燦々と輝く紅玉ルビーの宝石が嵌め込まれている。


「あれ……パコとデザインが違う」

ミカは隣にいるパコの胸元へ目を向けた。

そこに輝いていた胸章(ブローチ)は、ミカのものとはまるで異なる意匠をしていた。

 

淡い緑とローズゴールドを基調とし、中央には花の王冠を囲むように妖精たちと花々が円を描く。

その中心には、深い森のような光を湛えた翡翠(ジェイド)の宝石が嵌め込まれていた。


「むぅ、本当だなっ」

パコもミカの胸章を覗き込み、二人は顔を見合わせながらお互いのブローチをじっくりと見比べる。


黄金の太陽と紅の宝石。

そして花と妖精、緑の翡翠。

それぞれの胸に光る紋章は、まるでこれから歩む二人の"道"を象徴しているかのようだった。

 

「――ミカ(こっち)暁冠(ぎょうかん)

パコ(こっち)聖花の輪(せいかのわ)

"お互いの所属する七宮が別々" なんだから――当然でしょう?」

ノウマは書類を整えながら、まるで当たり前のことを言うように淡々と告げた。

 

「あ、あぁ……そうですよね!

確かに当たり前……って――えぇええっ!!?」


こうして告げられた"予想外の事実"。

てっきり、これからもずっと二人で行動できると思っていたミカは、目を丸くしてパコを見た。


ここから先は、まさかの“別々の道”。

それが後に、どんな物語を紡ぐことになるのか。

この時の二人は、まだ知る由もなかった――。

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