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第八十二話『告白』

「“隻腕”のヤツ、この学院を一つずつ――ぶっ壊していくつもりなのね……!?そんなの、絶ッ対に許さないんだからっ!!」

ミカは悔しさを押し殺すように、下唇をぎゅっと噛み締めた。


「でも……ひとつだけ質問してもいいかしら――タフォラスさん」

ゆっくりと、ミカはタフォラスの正面に向き直った。

そして、真っ直ぐその瞳を見据え話を続ける。


「確かに、あの封筒を置いたのが“隻腕”の仕業だと考えるのは自然よ。でも、可能性はそれだけじゃない。

手下がいるかもしれないし――全く別の、それこそ第三者かもしれない。中身も見ずに決めつけるなんて、早計じゃない?」

言葉を重ねるたび、ミカは一歩、また一歩と距離を詰めていく。

 

「おいミカっ、何を考えて――」

パコが慌てて静止の声を上げる。

だが、その忠告はもう届かない。

ミカの脳内に浮かんだ“ひとつの可能性”は、瞬く間に確信へと変わっていた。


「ズバリ――タフォラス、アンタよッ!!

超、超、超〜怪しいわっ!この封筒を仕掛けたのも、ホントはぜ〜んぶアンタの自作自演なんでしょ!?」


「ブッフォッッ!!」

パコは、あまりの衝撃に思わず盛大に吹き出してしまった。


「ミ、ミカッ!それはあまりにも暴論だぞっ!」

パコの隣でポタモは、「やれやれ」というような呆れた表情で苦笑いを浮かべている。

 


「そんなことないわっ!」

ミカは、勢いよく言い返した。


「考えてみたら、おかしいことばっかりよ!

私たちがまだラズリンお婆さんの小屋にいた時から――アンタ、ずっと何もせず身を潜めてたってことでしょ?

妖精たちが襲われているあいだも、ジーッと黙って見てたっていうの!?そんなの、どう考えても変じゃない!」


「むぅ……」

パコは顎に手を当て、考え込むように唸った。

ミカの言い分は確かに暴論ではある。

だがそれはだんだんと、"あながち見当違いとも言い切れない"というように、徐々に信憑性を帯びていく。

 

タフォラスのこれまでの発言を振り返ると、ミカが指摘した疑問点は二つあった。

一つ目――封筒を置いた人物が“隻腕の復讐者”であるという、決定的な証拠が乏しいこと。

二つ目――ミカたちが到着するまでのあいだ、タフォラスがなぜ物陰に身を潜め、妖精たちを黙って見殺しにしたのか、という点だ。


その二つを明確にしてもらわない限り、こちらとしてもタフォラスを全面的に信用するわけにはいかなかった。


「――さぁ、言い訳があるなら言ってごらんなさい?」

ミカの問いかけに、タフォラスは俯いたまま何も答えない。

その沈黙が、更に場の空気を重くする。

再び訪れた静寂の中、次に発した言葉は意外なものだった。


「……申し訳、ありません……!!」

タフォラスの声は震えていた。

俯いたその瞳からは、ぽたぽたと大粒の雫が零れ落ちる。

それは汗でも演技でもない、正真正銘の涙である。

彼はそのまま力が抜けるように膝をつき、両腕で自らの肩を抱いた。

その姿は、まるで誰かに許しを請う子供のようだった。

 

「私は……情けない人間です!……ほんとうに、どうしようもない……人間なんです……ひぐっ……」

先ほどまでの毅然(きぜん)とした態度から一転、大粒の涙をこぼしながら崩れ落ちるその姿に、ミカは思わず動揺し急いで駆け寄る。


「ちょ、ちょっとアンタ! いきなりどうしちゃったのよ!?

その反応は予想外っていうか……なんか、私が悪いこと言ったみたいじゃない! あ〜もう!」

ミカは思わず頭を抱えながらも、泣き崩れるタフォラスの背中をそっとさすった。


「す、すみません……もう、大丈夫です……。ありがとうございます……ぅう……」

タフォラスは涙を拭いながら、ふらつく足取りでなんとか立ち上がる。

乱れた純白のローブを整え、小さな咳払いを一つすると、静かに口を開いた。

 

「ミカさんの仰っていることは……ごもっともです」

タフォラスは震える声で呟く。


「私は……皆さまに、大きな嘘をついていました。

許していただけるとは……思っておりません……っ」


「アタイタチに……大きな、嘘だと……?」

ポタモの低い声が静寂を裂く。

その瞳は、さっきまでの愛嬌ある丸さを完全に失っていた。

その眼光は――もはや小熊猫(レッサーパンダ)などではなく、獰猛(どうもう)樋熊グリズリーのよう。


「事と次第によっちゃあ……許サンゾッ!!」

叫びながら、ポタモは尻尾をプロペラの様にブンブンと振り回す。

それはポタモなりの臨戦体制の構えだった。

 

「――まぁまぁポタモ、まずは話を聞くのだっ」

パコはすかさずポタモの尻尾をつかみ、ぐいっと引き止めた。


「離せっ! んっ……んっ、このぉ!」

ポタモは全身で抵抗するが、パコの握力は想像以上に強い。

しばらくジタバタと暴れた末、やがて尻尾をダランと垂らして観念したようだ。

そして、静かになったポタモを横目にミカが再び問いかける。


「教えて、タフォラス。あなたが私たちについた嘘って、何?」


「……はい。皆さまには最初、妖精たちが襲われる光景を――陰から見ていたと、そう伝えました」

 

「……ええ」


「ですが、本当は違います……最初に襲われたのは私です」


「ええ!?」

ミカとパコの反応が同時に重なる。


「私はその時、日課の水やりをしていました。その時突如として現れたのが、"隻腕(ヤツ)"です」


そこからタフォラスは、少し前の出来事を静かに語り始めた。

いつものように庭園の花壇を手入れしていたとき――ふと、形容できない違和感を覚えた。


それは――妖精たちの囁きだった。

いつもは歌うように軽やかなその声が、今ははざわめきと喧騒に変わっている。

その音の源は、庭園の中央にある噴水の方角。

怪訝(けげん)に思いタフォラスは、手にしていた如雨露をそっと地に置く。

そして、噴水の前にたどり着いた彼の目に映ったのは――青白く光を放つ巨大な(ゲート)だった。


そしてその中心から、ぬるりと何かが現れた。

タフォラスはその人物に、一目で違和感を感じる。

全身が漆黒のローブに覆われており、所々がボロボロになっている、年季の入ったローブだった。

表情はフードで読み取れないが、第三宮(ここ)の人間でないことは確かだった。

 

「どなた……でしょうか」

そう問いかけた刹那、十メートルほど離れていたはずのその人物は――タフォラスの目の前に、瞬時に現れた。


「かっ……か……!?」

気がついた時には、すでに首を片手で掴まれ、宙に持ち上げられていた。

単なる絞首ではない、息が詰まる苦しさとはまるで違う。

ひやりと冷たいその手に触れられた瞬間、喉の奥がジリジリと焼けつくような痛みに襲われたのだ。

まるで氷と炎を同時に押し当てられたかのような――そんな異様な感覚だった。


タフォラスは声を上げることすらできず、必死に両手足をばたつかせる。

だがその抵抗は虚しく、相手の腕は微動だにしない。

やがて、謎の人物は一言も発することなく、タフォラスの脳内に直接、語りかけてきたという。

 

この封筒を奴らに渡せ。そうすればお前の事は見逃してやる――と。

なおもジリジリと焼け付く様な喉の痛み。

タフォラスは、死よりも辛いその苦痛に耐えきれず、ガタガタと痙攣しながら小さく頷いた。


すると、謎の人物はゆっくりと手を離し、無言のまま封筒を差し出した。

その瞬間、あれほど激しかった焼け付く痛みは、まるで嘘のように消え去った。

不思議なことに、痛みの痕跡もない。


そして謎の人物は、タフォラスの背後にいる妖精達の方へと向かっていく。

背を向けたまま聞こえてくるのは、妖精たちの悲鳴と羽の砕けちる音。

“隻腕”は、一人残らず――容赦なく、蹂躙していったのだ。

 

その間タフォラスは振り返ることはおろか、ただ一つ言葉を発することすらできなかった。

まるで魂を抜き取られた様な、抜け殻の様な状態。

そして全てが終わると、謎の人物は再び青白い門を開き、どこかへと消え去っていった。


「…私は恐怖に屈してしまいました。"隻腕"が、再びあの青白い門から現れることを想像しただけで……結果として皆様を裏切る形となり――本当に、申し訳ございません。処罰は、如何様でも受け入れる覚悟です」


タフォラスはそう言って深く俯いた。

しかし次の瞬間。


バシィンッ!

それはミカだった。

ミカが、(しお)れたタフォラスの背中を強く叩いたのだ。

その音はあまりにも大きく、ポタモが思わず肩をビクッとすくめる。

 

「処罰ぅ? 何言ってるのよ!」


「私たちに、アンタを裁く権限なんてないわ。

ただ――妖精たちを見殺しにした事実は消えない。

その謝罪は、私たちじゃなくて……妖精たちに向けるべきよ」

 

「はい。一生をかけて償っていく所存です」

タフォラスが言い終わると、ミカはパンと手を打った。


「それじゃあ――この話はこれで終わり!」

 

「え?」


「正直に話してくれた事は感謝する。信じるわ、アンタのこと」

 

「……感謝……します……っ」

その一言を絞り出すと同時に、全身の力が抜ける。

タフォラスはその場に膝から崩れ落ち、静かに頭を垂れた。

 

「ちょっと、もう分かったわよ!しゃんとしなさい!」

再びミカはタフォラスの背中を強く叩く。

相変わらず、一切の手加減容赦は無しである。


「そんだけ誠実なアンタがそうなるなんて、それほどまでに“隻腕”の力が強大だってことね。さ、次はどうする?ポタモ!」

 

ミカはポタモの方を振り向き指針を仰ぐと、ポタモはいつのまにか自由になった尻尾をフリフリと振りながら告げた。


「幸い、“隻腕”にはアタイタチの素性までは割れていない。

ここからが本当の――潜入活動の始まりだ」


その時、学院の中央にそびえ立つ塔の上から、巨大な鐘の音が鳴り響く。

それはまるで、新たなる幕開けを告げるように――。

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