第七十八話『甘く、ほろ苦い』
バタンッ!!
勢いよく扉をこじ開けるようにして、ポタモたちは転がり込んだ。
その先には、白衣をまとった二人の治療術師がいた。
予期せぬ突然の来訪に、二人は目を丸くする。
「ポタモ様!?その方々は……!」
「急患だっ!赤髪のねーちゃんが高熱で意識を失ってる!
すぐに診てくれ!」
「は、はい!すぐにこちらへ!」
治療術師は素早くミカを寝台に寝かせると、そのまま奥の治療室へと運び去った。
扉が閉まると同時に、あたりは静寂に包まれる。
ここから先は立ち入り禁止区域――パコとポタモは、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
「ミカっ……」
パコは両手を胸の前で組み、祈るように天を見上げる。
額には汗が滲み、唇がかすかに震えていた。
「……何か、悪い邪気にあてられたのではないだろうな……」
その横で、ポタモは落ち着かない様子で尻尾を揺らし続けていた。
突如として時間が止まったかのような、重たい沈黙が訪れる。
……だが、ものの五分も経たないうちに。
治療室の扉が、きぃと小さな音を立てて開く。
そして淡い光に包まれながら、治療術師の一人が静かに姿を現し告げた。
「治療は無事、成功しました。
今はあちらで、特製の"チーズケーキ"を召し上がっています」
その一言に、パコは胸を撫でおろしながら安堵のため息を漏らした。
「ふぅ……よかった……って、え? チーズケーキ?」
ふと、パコはそのワードに疑問が浮かぶ。
半信半疑のまま治療室の扉を開けると、そこには――山のように積まれたケーキの塔を前に、「おかわり!」と元気いっぱいにフォークを振るうミカの姿があった。
「……?!?」
ポタモとパコは一瞬顔を見合わせ、その後同時に叫んだ。
「パコ達の心配を返せぇえぇえぇえーー!!」
…治療術師たちの判断曰く、今回の原因は――単純な空腹だったという。
確かに言われてみれば、フォルトゥーナ帝国に着いてからというもの、勇者一行はまともに食事を取っていなかった。
とはいえ、空腹で発熱して気絶ってどういう体の構造だよ、と思うかもしれない。
だが実はこれ、“ミカ”のユニークスキル「暴飲暴食」が関係しているのだ。(第三十九話参照)
もっとも、その事実は今のところミカ本人すら知らないのだが。
とにもかくにも、自身の大好物である甘味物を
満足いくまで平らげたミカは、頬をゆるませながらこう言った。
「心配かけて本っ当〜〜にごめんなさいっ!
まさか空腹で気絶するなんて……生まれて初めての体験だったわ!」
その口の端には、しっかりとチーズケーキの欠片がこべりついている。
「まったくっ!そんなに腹が減ってるなら早く言えっ!
パコの携帯食料なら、いくらでも渡してやったのにっ」
普段は滅多に怒らないパコも、さすがに今回はプンプンだ。
しょうもない気絶の理由に、耳まで赤くなっている。
「ごめんてっ!フォルトゥーナに来てから、バタバタとウキウキの連続で、すっかり食事を忘れてたの!今度お返しするから〜!」
「当然だっ!新発売の超薬進草1カートン!それに "ムルルギ果実" と"黄金タイ"もセットだぞっ!」
パコはミカのほっぺたをぐいっと引っ張りながら、ぷんすか怒っている。
「ひえぇ〜っ!? ほれ、お返ひの範囲超えてるっふぇばぁ〜!」
ミカは涙目で必死に訴えるが、伸びきったほっぺたのせいで、もごもごと何を言ってるかよく分からない。
「オマエタチ、危機感なさすぎだろ……」
ポタモは呆れた眼差しで二人を見つめていた。
そんなくだらないやり取りをひとしきり終えると、三人は改めて庭園へと向かった。
「連絡から、もうだいぶ時間が経っちまったけどな……」
ポタモは小さく呟きながら、ふわりと浮遊して周囲を見渡す。
すると、花々で彩られたアーチの入り口――そこに、一人の男性がこちらへ向かって手招きをしているのが見えた。
「ポタモさん!待ってました、こちらです」
「おお!オマエが連絡してきた学院生で間違いないのか?」
ポタモは男の前まで近づくと、そう問いかけた。
「は、はい!自分はここ第三宮で薬学を専攻している、"タフォラス" と申します」
タフォラス、本名は"タフォラス・ピゲ・ムヒド"という。
黒髪のセンター分けが印象的な清潔感のある青年だった。
学院の制服の上から白いローブを羽織り、その立ち姿には落ち着いた雰囲気がある。
年の頃はミカより少し上、二十代前半といったところだろう。
胸元には、ゾディアーク学院の生徒であることを示す勲章が輝いていた。
「悪いが、タフォラス。早速だけど――現場へ案内してくれ」
ポタモは少し急いた様子でタフォラスへ促した。
「はい。こちらです、私についてきてください」
タフォラスは短く頷くと、ローブの裾を翻しながら歩き出す。
ミカたちはその背を追い、花々が咲き乱れる庭園の奥へと進んでいった。
「それにしても――緑豊かな庭園だなっ。パコの故郷を思い出すぞっ」
木漏れ日が差し込む小道、風にそよぐ草木の香り―庭園を歩きながら、パコはふと遠い記憶を思い出していた。
「エルフ族の方に仰って頂けるとは光栄です。第三宮は創設当初から自然との調和を信条としておりまして。
私は一応、この庭園の草花と妖精のお世話を任されているんです」
「なるほどなっ。それにしても落ち着く空間だ、あとで詳しく案内してくれ」
「はいっ!勿論です」
それから少しして、先頭を歩いていたタフォラスが、ふと足を止めた。
「……こちらです」
振り返った彼の表情は、先ほどまでとは違い神妙な面持ちだ。
「ここから先は……少しショッキングな光景になります。
心の準備を、しておいてください」
タフォラスの声は冷静だったが、どこか張りつめたような空気を醸し出していた。
「こんな綺麗な場所で、一体何があったというの……?」
その表情を見て、ミカたちの背筋にわずかな緊張が走る。
「それでは」
タフォラスは短く告げると、アーチの終点へと足を踏み入れた。
花々のアーチを抜けた先。
そこには、中央に大きな噴水広場が広がっている。
だが、ミカたちの注目はすぐに別の方へと向けられた。
「なによ、これ……」
その噴水の前に広がっていたのは――あまりにも凄惨な光景。
飛ぶ羽を奪われ、力なく地に横たわる妖精たちの群れ。
彼らの透き通る羽根は、まるでガラスのように砕け散っていた。
「――“隻腕の復讐者”です。
奴が……現れました」




