第七十七話『七天宮』
その頃ミカとパコは――。
ポタモに連れられて、"ゾディアーク星級魔法学院" 内にある研究エリアの一つ、第三宮:ヴィーナス(Venus Wing)へと向かっていた。
「ゼェ、ハァハァ……!ポ、ポタモ!ちょっと休け……」
ミカは日頃の運動不足がたたり、全力疾走の反動で横腹を押さえながら懇願した。
「ダメだっ!今は一刻を争うんだよ!」
ポタモはミカを制する様にそう言う。
「んも〜!なんで転移魔法使わないのよ〜!」
「アタイは第三宮の転移権限をもってないんだ!
若いんだからこれくらい我慢しろっ!」
「うえ〜んっ」
半べそをかきながら必死に後ろをついてくるミカをよそに、
パコはポタモの隣をぴたりと並走していた。
さすがは自然と共に生きるエルフの子。
長年の狩猟で鍛えた脚力は伊達ではない。
「してポタモよっ、今パコ達が向かっているのは第三宮だったか。この他にもエリアがあると考えてよいのか?」
「おうよっ!せっかくだからここで説明しておくぞ。
一度しか言わないから、耳かっぽじってよく聞いとけ〜!」
ポタモはそう叫びながらも、まったくスピードを緩めない。
全力疾走のまま、得意げに説明を始めた――。
〜ゾディアーク星級魔法学院の「七天宮」について〜
この学院には、星々の力を象徴する七つの研究エリアがあるという。
それぞれが「七つの天宮」に対応しており、適正試験の結果を基に、それぞれの学科へと配属されるのだとか。
以下が簡単な概要である。
◆ 第一宮:ルナ(Luna Wing)
対応星:月/象徴:幻・感情・はじまり
魔力の“始まり・目覚め”を探求するエリア。
幻術や夢を通して、心と魔力の繋がりを研究する。
夜でも灯りが消えることはなく、研究に没頭する学生たちの姿が絶えない。
その熱意ゆえに、徹夜で課題に追われるのも日常茶飯事だとか。
◆ 第二宮:メルクリウス(Mercurius Wing)
対応星:水星/象徴:知・言葉・変化
ここは「知る力」を育てる頭脳派エリア。
魔法陣や呪文構文を解析し、魔術を“理屈”で理解する研究者タイプの学生が多い。
実験中によく人や物が消えるため、学院内で騒ぎになることもしばしば。
◆ 第三宮:ヴィーナス(Venus Wing)
対応星:金星/象徴:愛・調和・癒し
草花に囲まれた癒しのエリア。
自然や精霊と語らい、生命を司る魔法を学ぶ――はずの場所…なのだが。
中庭にある巨大な噴水は、学生たちのあいだで“出会いの泉”と呼ばれており、夜になると「魔法研究会(仮)」と称した合コンがしれっと開かれているらしい。
もちろん、教授陣には極秘である。
◆ 第四宮:ソル(Sol Wing)
対応星:太陽/象徴:意志・力・威厳
学院のちょうど中心に位置する魔法戦闘に特化したエリア。
名物は、学院一のスパルタ訓練。
「挫折してからが本番」という教訓らしく、新入生の多くが初日で人生を見つめ直すという。
(中退生が最も多いのも第四宮)
◆ 第五宮:マルス(Mars Wing)
対応星:火星/象徴:勇気・創造・研鑽
錬金術や魔道具の開発を行うエリア。
今日もどこかで「ドカン!」という音が響き渡る。
学院で一番うるさいが、作られる魔道具はどれも生活に役立つものばかり。
つまり、爆発音の分だけ世界が便利になっている……だそうだ。
◆ 第六宮:ユピテル(Jupiter Wing)
対応星:木星/象徴:秩序・守護・正義
主に学院の守護を担う誇り高きエリア。
「七星結界」を管理する責任感の塊たちが集う場所である。
副学長の「ウォレス」も元はここの出身。
そのせいか、誰もが真面目すぎて笑顔の使い方を忘れがち。
学院では“笑うと結界が弱まる説”まで出ているとかいないとか…
◆ 第七宮:サトゥルヌス(Saturnus Wing)
対応星:土星/象徴:時・未知・悟り
学院の最奥にある静寂のエリア。
時間や空間、魂の因果といった「未知の領域」を研究している。
常に薄暗い雰囲気で、生徒達もミステリアスな人物が多い。
以上が七天宮の簡単な概要である。
「ふぅむなるほど……七つの天宮エリア――どうりでとてつもなく広いわけだ」
パコは納得した様子で呟いた。
「だろだろ〜?しかもそれぞれのエリア毎にルールや規則が全然違うんだ。同じゾディアークの学生にしたって、まるっきり別!それがこの学院なんだよっ!」
そうこう話している内に、三人は目的地へと辿り着いたのだった。
「――よし着いたぞ。ここが第三宮だ。
今扉を開けるから待ってろよ…」
ポタモが扉の前で慌ただしく動いていた、その時。
「ゼェ……ハァ……ゼェハァ……っ」
後ろから、荒い息遣いが聞こえたかと思うと、その直後――ミカは力が抜けたようにバタリと倒れ込んだ。
「ミカッ!」
パコはすぐに駆け寄りミカの体を支えると、その額に手を当てた。
「ひどい熱だ……これでは立っているだけでも相当辛いはず」
「だ、大丈夫よ…気に、しないで…足手まといには……なりたく、ないから……」
ミカはかすれた声でそう言うが、息は荒く、目の焦点も合っていない。
胸元の隙間から、じわりと汗が吹き出しているのが分かる。
「ポタモっ!近くに医療棟はないのかっ?このまま放っておいたら危険だ!」
パコは必死の形相で叫んだ。
「だーちょい、わかってるって!今開けるから待ってろ!」
ポタモが装置に顔をかざしながら叫ぶ。
「幸いここは第三宮だ、治癒と回復魔法については任せとけっ!」
――認証成功、登録精霊種:ポタモ であることを確認。
開錠します。
グゥイーーーン……。
「よし、開いたぞ!」
扉がゆっくりと左右にスライドし、淡い光があふれ出す。
現れたのは、緑豊かな庭園のような空間だった。
学生たちの姿はない――おそらく講義中なのだろう。
その光を背に、ポタモとパコはミカを抱きかかえ、急いで治療場へと走っていく。
その時だった。
意識が薄れかけているミカだけが、ふと気づく。
(あそこに…いる…人……こっちを見てる、気がする……怪我をしてる……の……?)
心の中で呟きながら、ミカの意識はゆっくりと失っていった。
かすむ視界の中、庭園の奥にぼんやりと見えた“何か”。
だがその違和感に気づいたのは、三人のうちミカだけだった――。




