第七十六話『空白の役目』
「え……ええええええええぇぇぇぇぇっ!?」
「な、なぬぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
それは、不合格を突きつけられた当人である俺ではなく。
背後から同時に響き渡った。
ミカとパコは顔を見合わせ、信じられないといった表情を浮かべる。
「まさか…ってことは……ステルは、学院に入学できない…の…?」
「だわだわよ」
ラズリン婆やは至極当然といった様子で、さらりと答えた。
「も、もう一回やってみてはダメかしら!? もしかしたら……何かの間違いって可能性もあるし!」
ミカはあたふたして、思わず円卓へ身を乗り出しラズリン婆やへとにじり寄る。
しかしそんなことは意にも介さず、淡々と現実を突きつけた。
「それはない。何度やっても結果は同じだわよ。
勇者ステルには魔術師としての素養が一欠片も無かった。
ただそれだけだわさ」
「そ、そんな……」
ミカはパタリと、膝を崩してその場にヘナヘナと倒れこんだ。
突きつけられた不合格――。
それは同時に、「魔術師としての才能がない」という烙印を押されたも同然だった。
俺は、真っ白なカードをただ見つめる。
そこには文字も、光も、何も映ってはいない。
静寂――そんな気まずい空気が流れ始めていたその時だった。
バタンッ!!
突如として、小屋の扉が勢いよく開かれる。
ラズリン婆やは驚きのあまり、喉の奥から声をしゃくりあげる。
「だれだわさ!今日は定休日だって書いてお……」
俺たちは来訪者の確認をする為に、勢いよくカーテンをめくった。
「ハァハァハァ……オマエタチ、早く学院にきてくれっ!
た、大変な事になったんだ!」
扉の前にいたのは、汗だく(?)になって息も絶え絶えの様子の小動物だった。
(ん…? どこかで見覚えがあるような…)
俺は眉をひそめて呟いた。
「お前は確か……イデアルのペット――"ボタモチ"!」
「だっ違ーーう!何もかも絶妙に違ーーーう!
アタイは小熊猫の"ポタモ"!
それとペットじゃなくて従者なっ!フンッ!まったく失礼なヤツ……」
ポタモはプンプンと鼻を鳴らしながら、両手を腰に当てステルを睨みつけていた。
だが、ふりふりと揺れる尻尾と、ぱっちりとした愛くるしい瞳のせいで、怒っているようにはどうしても見えない。
「……何しにきだわよ」
ラズリン婆やは深いため息と共に呟く。
「突然悪いな、説明してる暇はないんだ。今は一刻を争う事態!ほら、オマエタチ!」
ポタモはそう言うなり、焦りを隠せぬ様子で尻尾をブンブンと振った。
その瞬間、俺たち三人の足元に淡い光が走り、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。
「これは……以前、黒鷲の魔女との戦いで、白鷺の魔女が使っていた転移魔法と同じっ!」
パコは誰よりも早く、その魔法陣の意味を理解した。
「あ、ちょっと待ってッ!まだ聞きたい事が沢山あるのに!」
「それはまたの機会だ――ぽんっ!」
「ああっ!」
こうして、ポタモの転移魔法により――勇者一行はゾディアーク魔法学院へと転移した、はずだった。
「……って、俺は?」
そう、俺一人を除いて。
静まり返った小屋の中で、俺とラズリン婆やだけがぽつりと残される。
「そりゃそうだわよ」
ラズリン婆やはあっけらかんと答えた。
「おまんは不合格。あの学院の結界は、入る資格のある人間しか通さない。それは転移魔法も同じだわよ」
「言われてみれば確かにそうか。
ポタモも今頃驚いてるだろうな」
その頃――ポタモたちは。
「よし、着いたぞ!ここが学院のエントランスだ!」
ポタモは胸を張り、尻尾をフリフリと揺らした。
「細かい手続きはあとだ!とりあえず現場に――って……肝心の勇者はぁぁぁ!?!?」
辺りをキョロキョロと見回すが、ステルの姿はどこにもない。
焦ったポタモが耳をぴんと立てて叫ぶ。
その様子を見て、ミカは少し気まずそうに頬をかきながら言った。
「その……ステルは……不合格、だったのよ……」
「・・・」
「な、なぁんだってぇ〜〜〜〜〜っ!!!」
ポタモの絶叫が学院中にこだました。
その声は塔のカラスを飛び立たせ、学生たちを一斉に飛び上がらせたという……。
とまあ、その辺の被害報告は置いといて。
物語は再び、ラズリンの小屋へと戻る。
「俺はこれからどうしたものか…」
予想外の結果に、完全に予定が狂ってしまった。
今までも仲間と別行動になることはあった。
一人で動くこと自体は、特に問題じゃない。むしろ慣れっこだ。
だが――今回はまるで違う。
目的の為の第一歩が“ゾディアークへの入学”だった以上、入学できなかった俺は完全に蚊帳の外。
役なし勇者もいいところだ。
ミカやパコが“隻腕の復讐者”の正体を追っている間、俺は一体、何をしていればいいのだろうか……
そんな路頭に迷った俺を見かねたのか、ラズリン婆やはゆっくりと近づいてきて、ぽつりと言葉を落とした。
「なぁに。魔術師としての素養がないからなんだってんだわよ。
誰もが魔術師になる必要なんてないだわさ。
おまんはおまんの道を突き進む、それでいいんだわよ」
「婆さん……」
その言葉に、目頭がほんの少しだけ熱くなる。
そして次の瞬間、ハッと気づいた。
「俺は俺の道を進む……そうだ、思い出した!」
ポタモが言っていた――この国を脅かす「二つの問題」その、もう一つの方を……!
「ありがとな婆さん、おかげでスッキリしたよ」
「なんじゃい、もうやるべきことは見つかったのか」
「ああ」
俺は力強く頷いた。
「なら、こんな所で油を売ってる暇はないだわさ。
ワシも忙しいんだ、ほれシッシッ!」
ラズリン婆やは手をひらひらと振りながら、まるで小動物でも追い払うように俺を促した。
「助かった、婆さん。また来るよ」
短くそう告げて、俺は駆け足で小屋を後にした。
「二つの問題」のもう一つ――国境を越えて迫る魔物たちの軍勢を討伐すること。
それは、この国を守るためだけでなく、俺の“断捨離”スキルを取り戻すためにも欠かせない戦い。
これが――魔術の使えない今の俺にできる、一番の“やるべきこと”だ。
「まったく……せっかちなヤツだわよ」
ラズリン婆やは、去っていくステルの背中を横目に見ながら、
何も描かれていない白紙のカードを取り出し、ぽつりと呟いた。
「それにしても――“空白”とは、実に面白いヤツだわね。……グワッグワッ」




