第七十五話『適正試験 後編』
卓上には、再び一枚のカードが裏向きで置かれている。
「それじゃ始めるだわよ。おまんの本名を教えてちょうだい」
「ミカ・イライザ・スカーレットです。よ、よろしくお願いします!」
「ほう、真紅……それじゃ手をかざすんだわよ」
ラズリン婆やの指示に従い、ミカはパコの真似をしてゆっくりと手をかざした。
すると次の瞬間、カードが眩い光を炸裂させ、室内をまばゆく染め上げた。
「お、なんか凄そうだぞ!」
キィイイイィイイイィイイン――!!
「な、なにこれ……熱い……ホントにこれで合ってるの…!?」
混乱しながらも、ミカは必死にカードに手をかざし続けた。
そして次の瞬間――ボフンッ!!
「キャアァアッ!!」
ミカは驚きの叫び声をあげ、思わず手を離す。
大きな破裂音と共に、カードが勢いよく天井へ吹き飛んだ。
先ほどカードがあった場所には、酷く焼け焦げた跡が残っている。
まるで小さな爆弾でも爆発したかのように、円卓の表面は黒くくすんでいた。
そしてなんと、爆発に巻き込まれたにも関わらず、カードは傷一つない状態で、ヒラヒラと円卓に落ちてきた。
そこに描かれていたのは、炎に照らされ、穏やかな微笑みを浮かべる女性の姿。
右上には、黒字で『9』の数字が刻まれている。
「炎女神・ヘスティアのヌエーベ――これが出たのは初めてだわよ……!」
ラズリン婆やは今までにないほど興奮した様子で、そのカードを食い入るような目で凝視していた。
「よっぽど珍しいものなのか?」
「だわだわよ」
ラズリン婆やはコクコクと何度も頷きながらそう言う。
「突然爆発してびっくりしたわ……それで――ラズリンさん、結果の方は……」
「合格だわよ。そのカードはおまんが大切にもっておきんさい」
その一言で、ミカの緊張の糸はスッと解けた。
「やったわ!正直、心臓が飛び出そうなくらい緊張してたけど、これでやっと、憧れのゾディアーク学院生デビュー……!キャッホーーウッ!!」
ミカは飛び跳ねて喜びを表現すると、カードをポーチにしまいクルクルと回りながらこちらへ戻ってくる。
「おいおい、そんなに回ったら危ないぞ」
少々はしゃぎすぎなミカを諭すように言ってはみたものの、ミカにとってこれは目標にしていた事が一つ叶ったということ。
これ以上は野暮だ。
今はその喜びを一心に味わってもらうのが一番良い。
そう考え、俺はミカに声をかけた。
「これでまた、一流の魔術師に近づいたな」
「うん!さ、ステルも早く早く!」
「ああ」
これで残るは、俺ただ一人となった。
自信は……あまりない。
だが、もしかしたら、うまくいくかもしれない。
曲がりなりにも、俺は一応勇者だ。
今後、魔法なしでは倒せない魔物が現れることもあるだろう。
最低限の魔法の素養くらいは、きっと俺に備わっている――そう信じたい。
「ふぅ……それじゃあよろしく頼む、婆さん」
「ほいじゃ始めるだわよ。おまん、名をなんという」
俺は大きく息を吸い、腹から声を出してハッキリと大声で名乗った。
「俺の名前は立町 静照!!
年齢は二十九だ!!この世界では勇者をやっ……」
「そこまでは聞いとらーんッ!おまん、自己紹介がてんぷれえと化しとるだわよッ!あとそのキメ顔もやめぇええい!」
「キメ顔をしてるつもりはないんだが…」
「だぁーーもういいから、早くカードに手をかざすんだわよっ!!」
ラズリン婆やは投げやり気味に叫び、手振り混じりで俺を急かす。
俺は、ミカやパコがやったように、恐る恐る掌をカードにかざした。
果たして――俺はこの適正試験を乗り越える事ができるのか。
・・・・・・・・・。
「…………ん……?」
恐る恐る手をかざす――いや、確かに今もかざしているはずだ。
しかし、カードは微動だにせず、まったく変化が起きない。
「どういうことだ……」
俺は一度手を離し、もう一度手をかざしてみる。
だが結果は変わらず、うんともすんとも反応しない。
「……おかしいぞ。何かトリガーがあるのか……?」
俺はおもむろに手をブリーフの中に一度突っ込み、手元の感覚を確かめるように温めると、再びカードへと手を伸ばした。
「ブワァッカモンッ!!」
バコンッ!!
その瞬間、頭部へ鈍い衝撃が走る。
原因は単純、婆さんの強烈な頭突きだった。
「ぶっふぇ!!いきなり何すんだよ婆さん……」
「ナニはおまんの方だっちゃ!!適正試験は終わりだわよ!!」
ラズリン婆やは強い口調でそう言う。
「そうか!ど、どうだった!?俺のカードは!」
俺は興奮した感情を抑えられず、勢いよくカードを表にひっくり返した。
ペラリ――。
「なんだ これ」
だが、そこには鹿も女神も、ましてや何も描かれていなかったのだ。
真っ白――純白そのもの。
どこぞの誰かが「同じ白でも白には二百色以上ある」的な事を言っていた気がする。
だが、この白はその中でも、比類なきこれ以上ない白だった。
「なにも、描かれていない……」
そして、その残酷な現実を突きつけるかのように、ラズリン婆やは静かに口を開いた。
「不合格――おまんに魔術師の資格は毛程もない。
限りなく、いや完全に"ゼロ"だわよ」




