第七十四話『適正試験 前編』
「ラズリン婆や……どこかで聞いたことがあるような……」
ミカが思い出そうとする間にも、謎の粘体はさらにミカの身体に絡みついていく。
「キャーーーッ!!そこは駄目ッ!この変態スライムーッ!」
「グワッグワッ!粘体生物はピチピチの女子には目がないのだわよ」
ラズリン婆やは高らかに笑い声を響かせた。
「いや笑い事じゃなくて、どうにかして下さいよ〜ッ!!」
「……しょうがないの。ほれ――お楽しみタイムは終わりだわよ。」
ラズリン婆やはそう言うと、人差し指をくるりと回した。
「シュルシュルシュルシュル〜〜〜」
すると、ミカの身体に張り付いていた粘体生物は、名残惜しそうに鳴き声をあげながら、近くに置かれた空瓶にスルスルと吸い込まれていく。
キュポンッ!
「はぁ……助かった……」
ミカは粘体からようやく解放され、そっと胸を撫で下ろした。
「これでよしと。それでチンチクリン共、何しにきたのだわよ。
今日はワシの定休日。事と次第によっちゃあ――ただじゃ置かないだわよ」
ラズリン婆やは、鋭く目を細めて俺たちを睨みつけた。
その威圧感に圧倒されたパコは、思わずゴクリと唾を飲む。
「俺たちは、イデアルに頼まれてこの学院の問題を解決しに来たんだ」
ステルは一切動揺せず、落ち着いた声でそう答えた。
「ほう、ならばよい。こっちに来るのだわよ」
ラズリン婆やはそれ以上追求することなく、あっさりと受け入れたように呟く。
そしてピョンピョンと跳ねるように、部屋中の家具を伝って中央の厚手のカーテンで覆われた場所へと誘った。
俺たちは、あまりにもあっさり進む状況に戸惑いながらも、ラズリン婆やの後を追って中へ入っていった。
「うわ〜このカード綺麗!占星術に使うのかしら!」
ミカはキラキラと目を輝かせ、円卓の上に散らばったカードを見つめていた。
「ほれ、ワシも忙しいんだわよ。ちゃっちゃと適正試験を始めるから、そこで大人しく座っとれ」
遂に始まるのか、適性試験。
一体どんなことをやらされるのだろう。
ミカはまだしも、俺は魔法の「ま」の字も知らない一般人だ。
そんな不安を抱えたまま、ラズリン婆やは円卓の端に立ち、ふたたび人差し指をくるりと回す。
すると、散らばっていたカードが宙に舞い上がり、束ねられたかと思った――が、瞬く間にパラパラと塵のように崩れ、空中で消え去った。
「おい、これを使うんじゃないのか?」
ステルは思わず問いかける。
「バカ者、これは既に"使用済み"だわよ」
ラズリン婆やが指をパチンと鳴らすと、円卓の上に裏向きのカードがひとりでに現れた。
背面は真っ黒でごくシンプル。
特に変わったデザインではない。
「……準備完了だわよ。さ、まずはそこのちいちゃいエルフ。名をなんという」
ラズリン婆やはパコをじっと見据え、したたかに告げた。
パコは突然の指名に一瞬動揺するも、すぐに堂々とした表情に戻り、名を答えた。
「……パコラ・ルス・プロメリア。皆にはパコと呼ばれておる」
「ほう、中々いい名前だわよ。それじゃ、そこのカードに手を置くんだわよ」
「こ、こうか……?」
ラズリン婆やに促され、パコは小さな掌をかざした。
すると、カードが突然強烈な光を放ち輝き始める。
その光景にパコは思わず声を上げた。
「な、なんだ!?パコは何もしてないぞっ?」
「いいから少し待たれい――ほれ終わっだわよ。カードを表向きにひっくり返してみい」
よくみると、先ほどまで真っ黒だった背面には、パコのフルネームが刻まれていた。
一体いつの間に――?これも魔法の力なのか。
そしてパコは言われた通り、かざしていた手で恐る恐るカードをめくった。
そこに描かれていたのは、神々しい二対の角を持つ鹿のような絵柄。
右上には黒字で『4』の数字がはっきりと刻まれている。
「幻獣・ケリュネイア――数値はクアドラ。ふむふむ……」
カードをじっくり見つめながら、ラズリン婆やは小声でブツブツと独り言を呟いた。
(こ、これは良いのか、悪いのかどっちなんだ?)
(私にもサッパリ分からないわよ…!)
俺とミカは顔を見合わせ、小声でそんな会話をする
「ど、どうだっ?それで次は何をすれば――」
「合格」
「え?」
「魔術師として十分な素質あり。適正試験合格だわよ」
パコが最後まで言い終わる前に、ラズリン婆やはアッサリとそう告げた。
「本当に?これだけなのか?」
「そうだわよ。ほれ、次!そこのピッチピチギャル!」
ラズリン婆やはミカを指さし、そう告げた。
そのあまりにもあっけない試験内容に、パコは口をぽかんと開け、思わず固まってしまった。
「でも良かったじゃない!これで無事、ゾディアークに入学出来るわよ!」
見かねたミカが、パコの肩にそっと手を置き声をかける。
「そ、そうだなっ。未だに状況は掴めてないが、合格は合格だものなっ!」
パコは自分を納得させるようにそう言うと、安心したようにニコリと笑い、満足そうに俺の隣にくっついてきた。
だいぶ緊張していたのだろう。
近くで見ると、汗をびっしょりかいているのが分かった。
カードは記念に持ち帰っても良いとのことだったので、パコはリュックをゴソゴソと探り、慎重に、大事そうにしまい込んだ。
「次は、私ね…」
ミカは緊張をほぐすため、一度深呼吸をすると、ゆっくりと円卓の前に座った。




