第六十九話『二つの問題 前編』
「な、なんですって!?」
ミカは思わず大声で叫び声を上げた。
「副学長ってあの有名な――金剛石の魔術師と呼ばれる天才魔術師の…ウォレス様のこと?」
ポタモは無言のまま、ゆっくりコクリと頷く。
その答えに、ミカは愕然とした。
「"ウォレス"ってのは、そんなに有名なのか?」
「ゆ、有名もなにも、魔術界で知らない人はいないわっ!
特に防御魔法に関しては、現代魔術業界でも一線を走り続けているお方よ!あの方が殺されたなんて、今でも信じられない…」
その声には、驚愕と恐怖が混ざり合い、震えが滲んでいるり
ミカがこんな表情を浮かべるのを、俺は初めて見た。
金剛石の魔術師――"ウォレス"という魔術師は、それほどまでの存在だったのか。
「む〜っ。これは一筋縄ではいかなさそうだな。
パコもその、ウォレスという魔術師は耳にしたことがあるぞ」
パコは眉間に皺を寄せながら、悩ましい様子で呟いた。
「しかも――この話には続きがあるのよ」
ポタモの声音が一段と重みを増す。
「あれからウォレスの死因を詳しく調査したんだけど――交戦や抵抗した様子が全く見られなかったんだ。まるで――自ら望んで、敵の刃を受け入れたかのように、ね」
「それは、どういうこと……?」
ミカは未だに、ポタモの言っている事が理解できなかった。
三人の疑念は幾重にも重なり、胸の奥で渦を巻いていく。
「敵が背後から、もしくは寝込みを襲ったとかじゃないのか?」
俺の問いかけに、ポタモは間を置くことなく、首を横に振った。
「寝込みを襲った線はない。"ウォレス"が殺された時刻は午後の三時頃だ。その日、ウォレスは教壇に立つ予定があったから、講義の準備真っ最中で起きた出来事なんだよ。それに背後から奇襲を仕掛けられた可能性も低い」
「それはなぜだ?」
「金剛石の鏡――ウォレスが使う固有魔法。発動した瞬間から、あらゆる物理・魔法攻撃を自動で防ぎ、しかも反射までしてくれる、とんでもなく便利な鏡さ。しかもその鏡は本人以外には見えない。
だからアタイにも分からないんだ――どうしてウォレスが、白昼堂々と襲われ、殺されるなんてことになったのかが、ね」
「…………」
ポタモの話を聞けば聞くほど、ウォレスを襲った犯人の正体は愚か手口すら、さっぱり見えてこなかった。
なにより、交戦の痕跡も抵抗の跡も一切ないというのが、あまりに不自然だ。
仮に”隻腕の復讐者”がウォレスを上回る実力者だったとしても、一方的に屠られるなど、あり得るのだろうか。
その疑問が頭を離れず、俺たちは話の糸口を掴めないまま、重苦しい沈黙の中で時間だけを失っていった。
「もしかして……"隻腕の復讐者"は、元からウォレス様の知り合いだったとか…?」
ふと、ミカがポツリと呟いた。
「なるほど、赤髪のねーちゃん、鋭いな。
アタイもイデアルも、その可能性はありえると思ってる。
もっと言うならこの、"ゾディアーク星級魔法学院の生徒"なんじゃないかってな」
「そ、そんなことがありえるのか?そのウォレスってのは物凄い大魔術師なんだろ?ただの生徒が殺害、ましてや動機が分からない。いくら何でも話が飛躍しすぎだろ」
反射的に反発の声を上げたが、ポタモの表情を見れば、冗談を言っている様子など微塵もなかった。
その真剣な瞳が、事の異常さを一層際立たせる――。
「あくまで“可能性”の話さ。でもな――少なくとも、この学院に何らかの形で関わっているのは間違いない」
ポタモは身振りを交えて説明を続ける。
「元々、この国にはイデアルが魔導障壁――魔物を近寄らせないバリアみたいなもんが張られてる。
さらにはこの学院自体にも、関係者以外入れないようにウォレスが別の魔導障壁を施していたんだ。
だから、一度も入ったことのない奴が侵入するなんて、ほぼ不可能ってわけ」
「相当な厳重体制…流石は三大都市国家だなっ」
「おいおい、褒めてもなんも出ねーぞ?出るのは腹の音だけだっ!そ〜れ!」
ポタモは間接的に自国を褒められたからか、上機嫌に片手をお腹に当て、勢いよく前に突き出した。
ポンッ!
小気味いい音が響く。
まさに腹楽器とはこのことを言うのだろう。
「と、とにかくだ!今はそのウォレスがいないから、代わりにイデアルがその魔導障壁を二つとも管理してる。だから最近、イデアルは疲れてるんだよ。
なんてったって、この魔導障壁は二十四時間、ずっと発動しっぱなしだからな」
「そうだったんだな」
……流石は七彩の魔女といったところか。
魔法の使えない俺でも、その凄さは何となく伝わってきた。
「これが一つ目の問題の概要だ。まだもう一つあるからな」
「ってそうだった!もう十分腹一杯なんだが!?」
ポタモに言われて、ようやく思い出した。
この国には二つの問題があるということを。
一つ目の問題があまりにもデカすぎたからか、俺は二つ目の存在をすっかり忘れていたのだ。
俺たちは息を整えると、ポタモの言う「もう一つの問題」に、改めて耳を傾けた――。




