第六十八話『黒い封筒』
「どうする?二人とも。危険があるとは言ってたけど…私達なら、大丈夫よね?」
ミカは二人の顔をじっと見つめながら、思案を促すように問いかけた。
「“二つの問題”……その内容次第だな」
「うむっ。七彩の魔女すら手をこまねいているのだ。これは、一筋縄ではいかないぞ」
「大丈夫よ〜! 今までだって乗り越えてきたでしょう?
私たちが三人いれば、怖いものなんてないわっ」
ステルとパコの心配はよそに、ミカはまったく気にしていない様子だった。
ニコニコしながら杖をひらひらと振り、まるで既に入学が決まったかのように浮かれている。
「ミカはもう、やる気満々のようだな……」
パコはその様子を見て、頭を抱えているようだ。
……よし、ここは俺がしっかりしないといけない場面だ。
「それで――"二つの問題"について、もう少し詳しく教えてくれないか」
イデアルへ問いを投げかけた、その時だった。
「――いけない。悪いけど、急用が出来たわ」
イデアルは唐突にそう呟く。
「っておい、待ってくれよ!話はまだ途中……」
「安心して、私の代わりに続きはカノジョが説明してくれる。
カノジョは私の分身みたいなモノだから、カノジョの言葉は私の言葉だと思ってくれて構わないわ。
続きは今度、直接会って話しましょう、それじゃあま――ブツッ」
「あっ……切れちまった」
イデアルは畳み掛ける様に一方的に告げると、言葉の途中で声は途切れた。
残された静寂の中で、ステルたちは互いに顔を見合わせる。
何か急ぎの、それこそ退っ引きならぬ事情でもあるのだろうか――イデアルの声には、そう思わせるほどの切迫した焦燥感を感じさせた。
「カノジョって一体誰のことだ。そんなのどこにも見当たらないが……」
辺りを見回していた俺たちの前に、白装束の一人が前に出る。
小さいな。
身長はパコと同じくらいだろうか。
顔はフードで覆われており、その表情は読み取れない。
やがて白装束の小柄な影は、ゆっくりとフードに手をかける。
そして高らかに叫んだ。
「ここからは――アタイの出番だっ!」
バサアッ――!
そこに現れたのは、小柄な少女だった。
肩にかからぬほどの茶髪のショートヘアが揺れ、口元には悪戯を企むような笑みを浮かべている。
年頃は一見すると十代に見えるが、この異世界において見た目年齢ほど、あてにならないものはない。
服装は、魔術師にしては驚くほど軽装だった。
簡素なマントに、動きやすさを優先した革のブーツやベルト――その姿は魔術師というよりかは、荒野を駆ける狩人のように見える。
そんな俺の第一印象は置いておいて、パコはいち早くその少女の違和感を察した。
「クンクン……獣の匂いがほのかにするぞっ」
パコが鼻をひくつかせると、少女はぱっと顔を輝かせた。
「おっ、そこのエルフ、鼻がいいな!
この姿、正直肩がこるんだよね〜。だから――おしまい!」
そう言うや否や、彼女は腰に手を当てて大仰にポーズを取り、いたずらっ子の笑みを浮かべた。
「さぁて、いつもの姿に――ぽんぽこり〜んっ!」
ボフンッ!
その音と同時に、辺り一面に白煙が立ちのぼる。
次の瞬間、そこにいたのは――奇妙な生き物だった。
ふさふさとした長い尾に、黒と赤茶のまだら模様。
丸い顔立ちはどこか愛嬌を帯びているが、その眼光には小動物らしからぬ狡猾さが光っている。
「どうだい?アタイの本当の姿――カワイイだろ?」
まるで自慢げに、かつての少女は尻尾をぶんっと振ってみせた。
「た、狸だったのかお前っ!?」
ステルは思わず声を大にして叫んだ。
「ちゃうわいっ!アタイは小熊猫の"ポタモ"だっ!イデアルの良き友であり従者だ覚えておけっ!
まったくぅ、あんな野蛮なヤツらと一緒にするな、プンッ」
小熊猫。
俺は実物を見るのは初めてだが、それにしても見た目と喋り方のギャップありすぎだろ。
「良き友であり従者って、完全に矛盾してるぞお前」
ポタモと自らをそう呼ぶ狸――否、小熊猫の少女。
その姿は先ほどまでとはまるで異なり、両手に収まるほどの小さな動物の姿に変身していた。
ふさふさの尻尾には、白と黄色の花飾りがついたリボンが結ばれており、ポタモの喋る声に合わせてフリフリと揺れている。
「――と・に・か・く!一度しか言わないからな。
よ〜く聞くんだぞっ!一つ目の問題についてだっ!」
ポタモはそう言うと、懐から一枚の黒い封筒を取り出した。
「まずはこれを見てくれ」
黒封筒の中には小さな手紙が入っていた。
それを手にすると、ポタモは事のあらましを語り始める。
――三日前。
ゾディアーク星級魔法学院宛に、一つの奇妙な手紙が届いた。
それはこの学舎の長――イデアルに宛てられた、"脅迫文"である。
内容は以下の通り。
―――――――――――――――――――――
聞け、偽りの正義を掲げる者たちよ。
お前たちの思想は既に腐敗している。
この学院はもはや、かつてのように自由と想像力を育む箱庭ではない。
私は、その変貌に深く失望した。
だからこそ、この場所を根こそぎ"まっさら"にしてやる。
手始めに、悪しき思想を抱いた一人の魔術師に制裁を下した。
これは始まりにすぎない。
次に誰が犠牲となるかは、お前たちの行いが決めるだろう――選ぶのは私ではない、罪を犯した者自身である。
復讐。
すべてが真っさらにされたその日、お前たちは自らの所業を悔み、泣き叫ぶ。
その歪んだ顔を、私は見届ける。
恐れよ、だが同時に覚悟せよ。
清算の鐘は既に鳴り始めている。
隻腕の復讐者より
―――――――――――――――――――――
赤文字で記された脅迫文は、そこで終わっていた。
「……なんだかものすごく物騒だな」
「うむっ。言うなれば、これは犯人の犯行声明だっ。
この学院に並々ならぬ恨みを抱いている人物であることは間違いない」
三人は手紙をじっくりと読み、思考を巡らせる。
しばらくの沈黙が続いた後、ミカは小さい声でポツリと呟いた。
「"隻腕の復讐者"――初めて聞く名前だわ。
それに制裁は下したって誰のことを言ってるのかしら」
その問いの答えを、ポタモは静かに口にした。
「この"学院の副学長"だよ。死体は学院内の禁止区域で見つかったんだ――」




