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第六十七話『入学条件』

イデアルの登場と共に、張り詰めていた場の空気は一瞬で塗り替えられた。

白装束の魔術師たちは即座に臨戦態勢を解き、これまでの非礼を深々と詫びる。

そして彼らに導かれ俺たちは地上へと降り――フォルトゥーナ帝国の城門前へと辿り着いた。

 

「改めまして、イデアル様のお知り合いの方々でしたとはつゆ知らず、突然のご無礼をお許しください」

白装束の代表者と思しき男がそう告げると、他の白装束たちも一斉に俺たちへ膝をつき、頭を深々と下げる。


「そ、そんなに謝らないでくださいっ!ほら、突然アポ無しで来たのは私たちだから、お互い様ってことで」

ミカは慌てた様子で、彼らに顔を上げるよう促すと、先頭の男はゆっくりと頭を上げ、静かに息を整え自らの名を名乗った。


「失礼いたしました。私の名前は"ヴァディム・イワノ・ボビンスキー"と申します、どうぞ気軽にボビンスキーとお呼びください。

今はこの地にて、外敵からの守護を任じられております」

ボビンスキーはフードを取ると、丁寧な口調でそう告げた。

年齢は四十代半ばほどだろうか。豊かに蓄えられた顔髭はきちんと手入れされ、その物腰や鋭い眼差しには、誠実さと威厳が滲んでいた。

続いて俺たちも簡単に自己紹介を済ませ、お互いの立場を認識しあったところで、俺は空へ向けて一言叫んだ。


「おい、白鷺(しろさぎ)の魔女。俺はお前に直接文句を言いたい。隠れてないでここに出てこいっ!」


「ちょ、ちょっとステル、突然イデアル様に失礼でしょっ!?

せっかくいい雰囲気だったのにぃ!」

ミカは言いながら無神経なステルの頭を後ろから軽く叩いた。

その様子をまるで遠くから見ている様に、イデアルは僅かに笑みが(こぼ)れる。


「フフフ…いいわよミカ、気にしてないわ」

イデアルは柔らかな声でそう告げた。


「……けれど、ごめんなさい。――ステル(アナタ)と直接会うことは、まだできない。今は色々と立て込んでいて……今度、必ずゆっくりお話をしましょう」

 

「分かった」

ステルは特に抵抗することもなく、あっさりと頷いた。

 

「聞き分けだけは異常にいいのなっ!」

パコは思わず身を乗り出してツッコミをいれる。


「それで――勇者一行《アナタ達》がこの国に来た理由を教えて」

イデアルがそう切り出すと、ミカは意を決した様に前に出てこう告げる。


「わ、私達は、"ゾディアーク星級魔法学院"に入りたいんです!子供の時からずっと憧れていました。いつか私も、イデアル様のような偉大な魔術師になりたいって。正直二人には私の我儘に付き添って貰ってる部分はありますが、私の魔法で二人をもっと助けられる様になりたいんです――」

ミカの思いは言葉となって、その後も熱を帯びたまま次々と溢れ出していった。

イデアルはそんな彼女を遮ることなく、時折穏やかな相槌を返しながら、最後まで聞き入っていた。

 

「アナタの思いは伝わったわ。その志と信念、私は好きよ。

アナタはきっと、素晴らしい魔法使いになる」

その言葉にミカの顔は自然とほころび、思わず笑みが溢れた。

 

「じゃ、じゃあ――!」


「ええ、勿論三人とも大歓迎よ。だけど……"入学費用"の方は大丈夫かしら?」


「やったーーっ!」と叫びかけたミカの動きが、“入学費用”という言葉に反応してピタリと止まる。

その顔には、一瞬にして戸惑いと焦りが混ざった複雑な表情が浮かぶ。


「にゅ、にゅう……がく……ひよ、う……」

その言葉を、ブツブツとまじないの様に繰り返す。

案の定、ミカは入学費用がかかる事を、すっかり失念していたようだ。

 

「ええ――私個人としては無償にしてあげたいけど、それだと他の生徒達に示しがつかないでしょう?」


「それってちなみに……どのくらいでしょうか……?」

ミカはおそるおそる尋ねる。


「一人当たり、"金貨千枚"よ」


「キ、キ、金貨千枚ーーーーーッ!!??」

その言葉を聞いた瞬間、あまりの衝撃にミカはその場に膝を折れ、ぐったりと卒倒してしまった。

ステルとパコは慌てて駆け寄り、なんとかミカの体を支えながら支柱のように抱え込む。

 

「大丈夫かミカ!しっかりしろっ」

パコの何度かの呼びかけに応え、ミカはなんとか意識を取り戻した。

そしてすぐに、脳内で計算式を組み立てるかのように、ぶつぶつと独り言を呟き始める。

 

「せ、世紀末武道会の優勝賞金が金貨三百枚……私のコツコツ貯めた貯金が百枚とちょっと……って、これじゃあ全然足りないっ!一人分にも届かないわぁ〜!!」

ミカは子供の様な半泣き顔になりながら嘆いた。


「落ち着けミカ、まだ入れないと決まったわけじゃ…」

ステルとパコは、必死にミカを(なだ)めようと声をかける。

だが、その言葉はミカにはほとんど届かなかった。


憧れの夢が、あと一歩のところまで迫っているのに――立ちはだかるのは、資金という残酷な現実だった。


(もっとちゃんと貯めておけばよかった……)

心の中でそう呟く。

ダラス王国直属の魔術教団に所属していたミカの給料は、決して低くはない。

それなのに、目の前の誘惑に心を奪われ、最新のコスメや魔術書、そして美味しい食事にまで手を伸ばしてしまった自分を、深く反省し、悔やんだのだ。

(ミカは暴飲暴食スキルを自らが持っている事を知らない)


それはミカを自暴自棄に追い込むには、十分だった。


「落ち着いて。入学費用が無かったとしても、他に方法はまだあるわ」

イデアルが優しい口調でそう告げた。

その言葉に、ミカの表情がわずかに明るさを取り戻す。

 

「ほ、本当ですか……?」


「ええ、本当よ。だからもう、泣くのはやめなさい」


「はいッ!もう泣いてませんッ!」

ミカは勢いよく返事をすると、涙をぬぐい、背筋を伸ばしてピシッと姿勢を正す。

そして、真剣な眼差しでイデアルの言葉に耳を傾けた。

 

「この国は今、"重要な二つの問題"を抱えている。

その問題のせいで、私はこの国から一歩も動けない。

でも、アナタ達が協力してくれるなら、特別に無償で入学を許可するわ」


「二つの問題……」


「ただ、勿論これは強制ではないわ。

場合によっては、アナタ達にまで危険が及ぶ可能性がある」

その言葉が放たれた瞬間、空気が一瞬静まり返る。

白装束達も下を俯き、何とも言えぬ表情を浮かべていた。

それほどまでに先ほどとは違い、イデアルの声には真剣さと深刻さが宿っていた。


三人の胸には期待と同時に、まだ見ぬ困難の影がゆっくりと忍び寄っていた――。

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