第六十六話『予期せぬ歓迎』
上空遥か一万メートルの地点。
眼下には雲海が広がり、吹きすさぶ風が全身を駆け抜けていく。
蒼竜・グランアズールとの再会を果たした俺たちは、その巨大な背に身を委ね、目的地――フォルトゥーナ帝国へと向かっていた。
「すっかり忘れていたぞっ。
勇者が竜使いだったとはな」
パコはグランの背中に跨りながら呟いた。
小さな体のパコは、グランの鱗と鱗の隙間にちょうどすっぽり収まっており、まるで遊園地のアトラクションに乗っている子供のよう。
「ああ、俺もすっかり失念していた。
モデスに言われてようやく思い出したよ。悪かったなグラン」
グランに向けて語りかけると、グランは小さく唸りをあげた。
その咆哮の意味は、竜使いである俺にしか分からないのだが、「些細なこと、気にしておらん」だそうだ。
「フォルトゥーナまで後少し。楽しみだなミカ」
すぐ後ろにいるミカに声をかける――が、反応がない。
「ミカ――!?」
胸がざわつき、思わず後ろを振り返った。
「う、うぷっ……なに、どうした、の……」
そこには、今にも吐き出してしまいそうなほどの、青ざめた顔色のミカがいた。
「顔色悪いぞ……酷い竜酔いだな」
「し、し、しょうがない、でしょ…うぷっ…前よりはゆっくり飛んでくれてるけど、中々慣れないわ。うぅ…しかも高いしぃ……」
いつもの威勢はどこへやら。
乗り物酔いに弱いことに加え、高所恐怖症のミカにとって、今の状況はまさにサイアクだった。
「は、はやく……地上に足をつけて……私が地球人である事を噛み締めたい……わ……うっぷ」
「何変な事言ってるんだよ。後もう少しだ、頑張れ」
ひとまずミカの無事を確認すると、俺は改めて正面に目を向けた。
気がつくと、先ほどの雲海は上空に見えており、グランが着陸に向けてゆっくりと高度を下げている事に気がつく。
「二人とも、見えてきたぞっ。恐らくあれがフォルトゥーナだ」
パコの指がさす方向――そこには確かに、広大な都市の光景がうっすらと姿を現し始めていた。
「"フォルトゥーナ帝国"……あれを白鷺の魔女が創設ったのか」
その光景に思わず俺は目を見開いた。
これまで俺はこの異世界にきて、幾つかの土地を巡ってきた。
ダラス王国の首都・ダンクラッドやパコの住んでたスコット村。そして辺境の土地ワルバッカ村と点々としてきたが、目の前に広がる景色の規模は、今までとは段違いだった。
さすが、ユーディリア大陸の三大都市国家に数えられるだけはある。
そう、一人で感心しきっていたその時だった。
「伏せろ!――敵襲だっ!」
パコの叫びとほぼ同時に、箒に跨った複数の人影が視界に飛び込んできた。
全員が同じ白い正装に身を包み、統率された佇まいを見せている。
あいつらは、一体?だが、そんな事を考える間もなく。
「マグナ・レイーバ!」
轟く掛け声と共に、閃光が炸裂し視界を完全に白く染め上げた。
「フレイマーラ・マグナァッ!!」
背後のミカがそう叫ぶと、白装束達の攻撃は炎魔法によって見事打ち消された。
「た、助かった!ナイスだミカ」
「うっ……任せな、さ…ぷっ…魔法さえ使えれば、こんなもの朝飯っ……うっぷ」
「おい、あまり無理するな。今にもリバース寸前じゃねぇか」
相変わらずフラフラで朦朧とした様子のミカ。
この状況でミカに負担をかけるわけにはいかない。
「グラン!お前の力を見せてくれっ!」
俺がグランに呼びかけると、蒼竜はゆっくりと姿勢を起こした。
そして空中で堂々と立ち上がるかのように体を伸ばし、喉を震わせ始める。
その震えが伝わるたび、大気そのものがざわめき、周囲の空気が震えだす。
グゥオオオォオォオォオオン――!!
大気を揺るがす咆哮と共に、熱線が放たれた。
それは、かつてZarkが放った熱線の威力にも匹敵――いや、恐らくそれ以上の質量とエネルギーを秘めている。
「おい、いくらなんでもやりすぎ……!」
突然襲いかかってきたとはいえ、まだ完全に敵と決まったわけではない。
俺はやってしまったと頭を抱える。
だが――結果としてその熱線は、白装束たちの頭上すれすれをかすめるように通り過ぎていった。
「ふぅ、よかった」
俺は思わず胸をほっと撫で下ろす。
グランにとっては、あくまで威嚇攻撃だったみたいだ。
なにより、それは相手にとっても大きく効果的だったらしい。
白装束の集団は構えていた杖を下ろすと、指揮をとっている立場の様な男が、一歩前に出てこう告げた。
「貴様達、この国の者ではないな……名と目的を告げよ。
ここはフォルトゥーナ帝国の領空圏である!
許可なく侵入する者は、即刻退去してもらおう」
その揺るぎない毅然とした態度に、俺は思わず一瞬たじろいだ。
「お、俺の名はステル。ゆ、勇者をやってる者だ。
そ、それから仲間のミカとパコ、俺たち三人は、“ゾディアーク星級魔法学院”に入学したくて来たんだ」
「フン……くだらん嘘をつくな!後ろの女と子供はまだしも――露出狂がァ!そんなほぼ真っ裸の勇者がいてたまるかッ!」
まずい、どうやら完全に怪しまれているようだ。
ぐっ……まさかここにきてブリーフ一丁の装いが裏目に出るとは。
「し、信じてくれ!俺はダラス王から、直接勇者の剣と鎧も預かっている!城を出てすぐ断捨離したけど…」
最後の一言は、思わずボソッと漏れ出てしまった。
「…………なるほど。ますます怪しい露出狂だな。
そんな戯言を信じるとでも思ったか!」
くっ…完全に逆効果なようだ。
「ステル……!まずいわよ、このままじゃ!」
背後からミカが小声で耳打ちする。
「私たち、完全に不法入国者だと思われてるわ。このままじゃ入学どころか、入国すらできないわよ…」
冷や汗が背中をタラリと伝う。
どうする。
この状況を切り抜ける方法を必死に考えていた、その時だった。
「どこかで見たと思ったら――アナタ達だったのね」
この声……どこかで聞いたことある気がするな。
だが、声の主の姿はどこにも見あたらない。
俺がキョロキョロと辺りを見回していると、ミカが驚きに溢れた表情で、その名を口にした。
「あ、あなたは、白鷺の魔女――"イデアル"様……?」
「フフ――アナタはミカね、覚えているわ。
ようこそ、"フォルトゥーナ帝国"へ。歓迎するわ、"勇者さん達"」




