第六十五話『再出発』
「これだけ離れればきっと……」
ワルバッカ村を出てから一時間あまり。
勇者一行は、果てのない地平線を只々突き進んでいた。
「よし――フレイマッ!!」
ミカは杖を構え、すぐそばに現れたスライムへと振り下ろす。
ボフンッ――シュウゥゥゥゥゥ……。
「やった!私の魔法が、使えるようになってるわ〜!」
ミカはピョンピョンと飛び跳ね、喜びを全身で表していた。
「おお、よかったな!」
「うむっ。ワルバッカ村、本当に不思議なところだっ。
魔法が一切使えない土地など、今まで聞いたこともない――もぐもぐむしゃむしゃ」
パコは口いっぱいにポルム草を詰め込みながら、もごもごと語った。
奴隷生活の間も、食事には事欠かなかったらしい。
だが与えられたのは味の濃い加工食品ばかりで、彼女の本当の好物とは程遠いものだった。
「うむっ……やぱりこっちの方が断然うまいな」
今度はリュックの奥から干し肉を取り出すと、パコは満足げに頬張り、幸せそうに目を細めた。
それはまるで愛くるしい小動物のようで。
久々の再会ということもあり、不覚にも俺はそれが愛おしく思えた……というのはさておいて。
ミカに魔法が使えたのなら、俺にも試すべき事がある。
(モデス……モデス聞こえるか……モデス……やっぱりダメか……)
諦めかけたその時だった。
(勇者様が……無事で、本当に……よかったですぅ〜っ!!
通信が途切れたとき、何かあったんじゃないかって……心配で心配で……夜も眠れませんでしたぁ〜っ!!)
っておいおい、まさか泣いてるのか?
普段の冷静な口調とはかけ離れた声が、俺の脳内へ響き渡る。
(悪かった。でもなんとか無事で乗り越えたから心配するな。
ミカもパコも元気でやってる)
(それはなにより、安心しました!勇者様はやはり頼りになりますね!)
それから短い間ではあったが、モデスに一通りの経緯を伝えた。
七彩の魔女との戦いから、ワルバッカ村で生じた出来事のすべてを、順を追って説明した。
(それはそれは本当に、色々あったのですね……ご立派です)
(ああ、それでな。ひとまず次の目的地が決まったんだが……一つ問題があるんだ)
(目的……地……?ええ、ちなみにどちらでしょうか?)
("フォルトゥーナ帝国" だ。知ってるか?)
(フォ、フォルトゥーナ帝国!?
ええ、もちろん存じておりますとも!でもそこは……あまりにも遠過ぎますよっ!?)
思わず裏返ったような声でモデスが叫ぶ。
(ああ。ミカに言われるままとりあえず承諾したんだが……よく考えたら俺たち、馬車どころかロバ一頭すら持ってなかったんだよな)
(それはあまりにも楽観的すぎますッ!そもそも現在地から6,000km近く離れていますよ!?南と北、完全に真反対ですッ!)
(すまん……それでモデスの知識を借りようと思ったんだ)
(勇者様……それはまた難題を持ってきてくださいましたね……)
モデスは恨めしそうにそう呟く。
(でも――それを叶えてこそ、代々勇者様のナビゲーターを務めるモデスの役目!いい案が一つだけありますっ!
よく聞いてくださいねっ!ゴニョゴニョゴニョ……)
そうして、俺はモデスの名案に耳を傾けた。
勿論頭の中で起きている出来事だから、耳を傾けるもクソも無いんだが、それは一旦置いておいて。
(なるほどな!やっぱりお前は天才だ!)
(ええ、確証はありませんが――言い伝え通りなら可能なはずです!)
(ありがとなモデス、やってみるよ!)
(はい!勇者様の旅路に、どうかご武運がありますよう祈っております――)
そうして、モデスとの通信は途切れた。
「で……どうだったの?」
ミカが覗き込むようにこちらを見つめる。
「ああ。モデスからとりあえず策は得られた。
成功するかは分からんが、とりあえず――やってみる」
そう言って、ステルは両手を天高く掲げると、空へ向かってこう叫んだ。
「それはーえっと、脈々と受け継がれる〜蒼き鼓動。
その咆哮は天を揺らし……なんだっけ――」
ステルはぶつぶつと独り言を呟いたかと思えば、突然手を上下に振り回したり、くるくると回り始めたりした。
その光景はまさに"奇怪"。
はたから見ると、完全に"ヤバいヤツ"そのものである。
「パコっ、どうしよう!?ステルの頭がおかしくなっちゃったわっ!」
ミカは不安げな表情で呟く。
「うむっ――モグモグ。
あれだと完全に、何かの怪しい儀式にしかみえんなっ――モグモグ」
パコは干し肉を歯でギィーッと引っ張りながら、呆れたようにこちらを見ていた。
それからしばらくたった頃――。
ステルは疲弊し切っていた。
「ダーッ!! 全ッ然ダメだ、完全に忘れちまった!
そもそも口上って何だ……!? こんなの、一々覚えないといけないのか!?
もう、なんでもいいから出てきてくれ、グラ――」
グゥオオオォオォオォオオン――!!
諦めかけたその時だった。
ふと、遠くの方で何かの咆哮が響き渡る。
そしてみるみるうちに、その咆哮と影が、こちらに向かって迫ってくる。
「ちょちょちょっとステル!?アンタ、一体何したのよッ!
まさか、魔界の大悪魔でも召喚したんじゃないでしょうね!?」
ミカは恐怖に慄きアタフタとその場でたじろぐ。
「まずいぞ……なんだあの巨大な生物はッ……!?こっちに来てるぞっ!」
パコとミカは即座に俺の元へ駆け寄り、逃げなければと両腕をしっかりと掴む。
だがこの広大な土地に建物などない。
すなわち逃げ場などどこにもなかった。
「心配するな。二人とも忘れたのか?」
「忘れたって……なにを……?」
そしてその巨大な生物は、俺たちの前で一層大きく翼をはためかせ、目の前にゆっくりと佇む。
「俺は――竜使いだ」
グゥオオオォオォオォオオン――!!
それはまるで主の呼びかけに呼応するように。
全身を覆う蒼い宝石のような鱗は、光を反射しまるで空そのものを纏っているかのように輝く。
蒼白の瞳には、気高くも揺るがぬ強い意志が宿っていた。
「――久しぶりだな、グラン」
蒼竜・グランアズール。
先代の勇者と共に歩んだ伝説の竜が今――再びその呼びかけに応え、姿を現したのだ。




