第六十四話『再会』
カランカラン――。
「これは……」
上空から、何かが落下する音。
それは、赤鬼が鬼の姿へと変貌する時に、被っていた面であった。
蒼鬼は足を引き摺りながらも、”ソレ”を拾い上げる。
「この面……怒った時の兄鬼の顔に……ぐっ、そっくりだなあ……っ」
あの大爆発を経てもなお、面は壊れることなく原型を保っていた。
「うぅ……う……ひぐぅ……………ア、兄鬼ィ……」
蒼鬼は静かに目を閉じ、赤鬼の面を胸に抱きしめた。
「うわぁああぁああぁああぁんっ!!」
押さえつけていた筈の感情が、堰を切ったように一気に溢れ出す。
ぼろぼろと、止めどなく溢れ出す大粒の涙が頬を伝った。
この面は蒼鬼にとって、兄の遺した唯一の証であり、誇りでもある。
生まれた時から常に競い合い、鬼族の当主を争っていた兄妹。
振り返ってみれば兄妹らしい事なんて、ろくに出来ていなかったと思う。
それでも――蒼鬼にとって赤鬼は、かけがえのないたった一人の家族だったのだ。
「こ、こんなァ、こんな終わりありかよぅ…!報われねえよ……うううう……」
バッセイは嗚咽混じりに呟いた。
その手に握るのは、マイクではない。
涙と鼻水でぐっしょり濡れた、一枚のハンカチだった。
「今はただ……見守ろうぞ」
道玄は両手を重ね合わせると、噛み締めるように一言告げた。
その言葉に呼応するかのように、村人たちもまた、静かに祈りを捧げた。
村の窮地を救った一人の鬼――その存在に、深い敬意と追悼の意を捧げながら――。
あれから一週間が経過した。
アクダイン、もといZarkがもたらした被害は甚大で、開催場所でもある中心地――"ゴクアックストリート"の周辺や住宅地では、村人達が一丸となり、修復作業の真っ只中だ。
かくいう俺はというと……。
「よし。そろそろ行くか」
「最初の頃は、こんな野蛮な町サイアクッ!って思ったけど……いざ出ていくとなると、ちょっぴり寂しいわね」
「ああ――本当に色々あったからな。今度白鷺の魔女に会ったら、一発ガツンと言ってやる」
「でも良かったじゃない!優勝賞金の他に、村人達からこれでもかってほどおもてなししてもらったし?」
「まあ、それもそうだな――」
そんなささやかな会話のあと、俺たちはここに来てからずっと、この村でお世話になった宿屋の主に感謝を伝え、そっと宿を後にした。
ギィ――バタン。
外に出ると、太陽の日差しが燦々と降り注いでいた。
まさに文句なしの快晴――冒険を再開するには、これ以上ないほどの天気だ。
「うわ〜日焼け止め忘れちゃったサイアク〜ッ!」
ミカがそんな事をぼやいていたその時――
「むぅ〜〜遅いぞお前達っ!待ちくたびれて干からびる寸前だっ」
「悪いパコ、世話になったおばちゃんと話し込んじまって。
お詫びに後でおんぶしてやる」
「なっ……子供扱いするなっ!これでもパコは百五歳だぞっ」
そこには、ほっぺたをぷくりと膨らませ、こちらを睨む小柄なエルフの姿があった。
そう、俺たちの大切な仲間――パコが帰ってきたんだ。
と、サラリと言ってみたは良いものの――疑問に思うところもあるだろう。
「パコはいつから帰ってきたんだ!」
「大事なところをすっ飛ばすなおィイイ!」と。
そのツッコミは全くもってその通りである。
コホン……ひとまずここ一週間で起きた出来事を、簡単に説明するとこうだ。
アクダインと赤鬼の戦いが終わった後、俺が次に目を覚ましたのはいつもの宿屋――ベッドの上だった。
そこからミカにあらましを聞き、事の顛末をようやく知る。
そして次に俺の脳裏をよぎったのは――パコの存在。
「まずい……!ミカ、あれから何日経った!?」
「何日って……丸々三日くらい?」
その言葉に俺は愕然とする。
となると、最低でも丸三日――パコは飲まず食わずの状態……だと!?
エルフの身体構造に詳しくはないが、危険な状態である事は確かだ。
一瞬最悪の光景が脳裏によぎり、俺はすぐさまベッドを飛び起きる。
バサッ!
「ぅぐぎ……ッ!!」
その刹那、突如として腰のあたりに未曾有の激痛が襲う。
「馬鹿者っ!無理に体を動かすでない。もうじき薬草の効き目がきれる頃だ。安静にしておくんだぞっ」
「でも、パコを助けに行かねば……って、え? その声は――」
どこか聞き覚えのある声に、俺は思わず辺りを見回す。
すると、ベッドからミカとは反対の方向――椅子にちょっこりと座って、薬草を臼で擦っているパコの姿があった。
「なにを言っておる。パコはここだっ」
その時、俺の中で何かが弾けた音がした。
そのほんの一瞬の間、まるで魔法にかけられたように。
俺の頭から痛みという概念は彼方へと葬り去られた。
次にやってくるのは――安堵。
ここからは、正直あまり覚えていない。
「…………う……う……ぷぱぁ〜〜ごぉ〜〜〜ッ!!!」
そのまま気がつくと、俺はパコの元へスタスタと歩み寄ると、後ろから思い切り抱きついていたらしい。
「むっ!?ゆ、勇者よ! いきなり何のつもりだっ!?
や、やめい!わかったわかったっ、もうメソメソ泣くな〜〜っ!」
そう、側から見ればその光景は完全にアウトだ。
ロリっ子エルフに、ほぼ裸の男が後ろから抱きついているのだから。
完全に現行犯――獄中行き確定演出である。
結局のところ、アクダインのスパイとして側近を装っていた男――ドゥルバリが、パコや他の奴隷たちが幽閉されている地下室の場所を知らせたことで、全員がその日中に無事、解放されたらしい。
幸いパコは奴隷の中でも貴重なエルフということで、待遇も良く食事には困らなかったそうだ。
そして次の日からは復興の手伝いが始まり、アクダインの支配から解放されたことを祝うお祝い事で、村は毎日のようにお祭り騒ぎだった。
ざっとこんな感じで端折らせてはもらったが、話は現在へと戻る。
「それで勇者よ。他の連中に、挨拶はもうよいのか?」
「ああ。別れの挨拶は苦手だ。それにメロンネや爺さん、蒼鬼――あいつらとは、またどこかで会う気がする」
「よーーしっ、それじゃあ次の目的地へ向かうわよっ!
ステル、パコ、準備はいい?」
そう言って、ミカは右手を前に差し出した。
「うむっ。長い監禁から解放されてウズウズしておる。準備万端だっ」
パコは大きく頷くと、自分の手をミカの手に重ねる。
「ああ、勿論だ」
こうして三人の手が重なり合い、俺たちは互いの意志が一つになっていくのを感じる。
そしてミカが次の目的地を高らかに告げた。
「次の目的地は、"フォルトゥーナ帝国"よ!
それじゃあせーの……レッツラフォーーーーッ!!」
「絶妙にダサい掛け声だな……」
「勇者に同感だっ……」
"フォルトゥーナ帝国"。
それは、ユーディリア大陸に君臨する"三大都市国家"のひとつ。
七彩の魔女の一人――"白鷺の魔女"が建国した魔法特化都市。
この国では、ほぼ全ての国民が魔法を使えるらしい。(ミカ調べ)
中でも今回の目的は、大陸一と称される魔法の叡智を結集した――"ゾディアーク星級魔法学院"への入学。
というかこれは完全にミカの独断で、俺は魔法に興味なんてないんだが……(いち早く断捨離スキルを取り戻したい)
それでも、ミカの圧倒的な熱量に押されて今に至る。
まあ、次の目的地がないよりはいいだろう。
それに、“白鷺の魔女”には一言、物申したい気持ちもあるのだ。
こうして、俺たちの冒険は新たな岐路を迎える――。




