第六十一話『決着』
俺は遂に、様々な人達の協力のおかげで、Zarkの中枢へ繋がる入り口を開いた。
崩壊した扉を蹴破り進むと、その奥にもう一つ扉が現れる。
先ほどの重厚な扉とは違い、普通の大きさで強度も高くはなさそうだ。
俺は助走をつけると、扉に勢いよく体当たりをかます。
ドガァンッ!!
鈍い衝撃音とともに扉が大きくひしゃげ、蝶番ごと吹き飛んだ。
「ここまでだ、アクダインッ!!」
そして中へ踏み込むと、真っ先に俺の目に飛び込んできたのは――ミカの姿だった。
四肢を拘束され口を塞がれたまま、乱暴に床へと転がされている。
幸い大きな怪我は無さそうだ。
辺りを一通り見渡すが、他に人の姿は見当たらない。
そして俺に気づいたミカは、必死に声を上げていた。
「ん゛む゛ん〜〜〜ッ!!」
「ミカ!無事でよかった……今助ける!」
俺は素早く駆け寄ると、真っ先に口を覆っていたものを力いっぱい引き剥がした。
「プハァ……ッ!ハァ、ハァ……ステル、助かったわ、ありがと――」
ミカはそう言いかけて、ふと俺の全身をまじまじと見つめる。
そして瞳を大きく見開き、慌てふためいた声を上げた。
「ちょ、ちょっと……アンタ、その体……! 全身傷だらけじゃない! 今すぐ手当てしないと、本当に危ないわよ!」
「ん、そうか?」
言われてみれば――赤鬼との死闘で、俺の体はとうに限界寸前のはずだった。
無我夢中のまま突き進んできたから痛みを忘れていたが、安堵の瞬間に、ズキズキと節々が悲鳴を上げ始める。
「ああ……大丈夫だ……あとちょっとだから無問題……」
「だ、大丈夫じゃないわよッ!?どう見ても汗ダラダラだし、ガタガタ震えてるじゃないの!?」
ミカの言葉は、痛いほど図星だった。
本当なら、今すぐ大の字で倒れ込みたい――だが、そうはいってられない。
今この瞬間も、みんなが村や愛する者を守るため命懸けで戦っているんだ。
俺だけが膝をつくわけにはいかない。
「俺は大丈夫だ。とりあえず、拘束を解いて――」
その時だった。
「ステルッ!後ろっ!」
ミカの叫び声が耳をつんざく。
咄嗟に振り返ると――そこにはいつから居たのか、太った大柄の男が立ちふさがっていた。
荒い鼻息を立てながら眉間に皺を寄せ、じっとこちらを見据えるその拳には、ギラギラと光を反射する宝石付きの拳鉄が握られている。
「死ねェイッ!!!」
男は容赦なくステルへ目掛けてその拳鉄を振り下ろす。
「くそッ……!」
すぐ後ろには、身動きできないミカがいる。
避けるわけにはいかない。
俺は――咄嗟に体を前へと踏み出し、拳鉄の直撃を受け止めにいった。
「ぐぅか……!!」
間一髪、両手で拳を叩き返すように受け止める。
ミシミシミシ……腕の骨や関節が軋む音が響く。
(こいつ……馬鹿力かよ……っ!)
「いつまでも……往生際の悪い虫ケラメェ〜〜〜ッ!!!
ワガハイが直々に、ぶち殺してやるわァァアッ〜〜〜!!」
再び振り下ろされる鉄の拳。
攻撃を受け止めている最中、両腕を塞がれたステルの脇腹に、容赦ない一撃が叩き込まれた。
「ぐがらっ……!?」
拳鉄にはめ込まれた宝石が、ステルの脇腹を容赦なく抉る。
骨が軋む音を上げながら、ステルの体は吹き飛ばされ壁へと叩きつけられた。
「ステルッ!!」
一瞬、意識が飛びかけたが、ミカの声に引かれるように、俺はなんとか意識を取り戻した。
(クソ……我ながらフラッフラだ。立ったはいいけど、今でも両脚がケラケラと笑ってやがる。脇も痛ぇ……肋骨の何本かは確実に逝っちまってるな)
心の中で呟きながら、俺はできるだけ悟られまいと、必死に笑顔を作った。
「くっ……!こ、このくらい赤鬼の一撃に比べたら屁でもない――いっその事、無味無臭だ」
「そんな訳……っ!これ以上戦ったらアンタ本当に死んじゃうわっ!」
ミカは涙交じりの声でそう叫ぶ。
「アクダイン……認めるわ、私達の負けよっ!
お願いだからもうやめて!!私のことは好きにしていい。
でも、ステルとこの村の人達――そして優勝景品にされていたパコだけは、解放してあげて!」
やはりこの太った男がアクダインだったのか。
後少しなのに、クソッ!動け、俺の脚っ!!
「ビョッビョッ、私のことは好きにしていい、となぁ……?」
アクダインはニタリと笑い、一瞬考え込むような仕草を見せた。
そしてミカの体を片腕でひょいと持ち上げ、こう叫ぶ。
「そんなもの、当たり前だああぁ〜ッ……!
オマエに限らず、元々この村はワガハイの所有物。
傭兵として死ぬまでコキ使われようがぁ……?
慰み者として死ぬまで過ごそうがぁ……?
全ては……ワガハイが決めるコト……ビョッ……!
当然、反逆者達は……ミ・ナ・ゴ・ロ・シだがなぁ〜〜?ビョーッビョビョッ!」
アクダインは嘲り笑う。
その顔は、もはや普通の人間ではなかった。
己の欲望に支配され、暴虐の限りを尽くす。
同情の余地など一片もない、それが"アクダイン"という男だ。
「くう……っ最低ッ!アンタは本当に、最低のクズ野郎よっ!」
「ビュビュッ!その強情な態度……よいぞォ〜〜!
強気な女ほど、屈服のさせ甲斐があるというモノ……グヒヒ、グビビビビビビ……!」
アクダインの注意がミカに向いているその隙を、俺は見逃さなかった。
気付かれないうちに、アクダインの背後へそっと回り込むと、そ〜っと自らの下着に手をかける。
そして一張羅の白ブリーフを構え、跳躍した。
「喋りすぎだ、お前」
三メートルはある巨漢のアクダインの頭部めがけて、勢いよく白ブリーフを被せたのだ。
「オケラァッ!?」
思いがけない不意打ちに、アクダインは思わずミカを手から離し、あたふたと慌てふためく。
その隙に正面へと潜り込むと、怒りに身を任せ、渾身の一撃をアクダインのどでっ腹に叩き込んだ。
「ドラァッ!!」
「パッパァッーーッ!!」
アクダインの体は大きく弧を描き、Zarkの操作モニターへと突っ込んだ。
ガシャァンッ!!
モニターは粉々に砕け、破片が四方に飛び散る。
操作画面に映っていた映像は乱れ狂い、プスプスと煙を上げながら点滅を繰り返していた。
「ビョ……ビョ……ビ…………ビョ……」
頭にブリーフを被せられたままの状態で、アクダインはプルプルと小刻みに痙攣していた。
よくよく見ると、ブリーフの隙間から泡を吹いているのがはっきりと見える。
「え、嘘……?」
ミカはその光景を呆然と見つめている。
状況がまだ完全に飲み込めていないようだ。
「や、やった……のか……?」
あまりにも呆気ない幕切れ。
あんなに大口を叩いていたのに、実際の戦闘力は並以下。
世紀末武道会に出場するどの参加者よりも劣っていた。
何度か頬をペシペシと平手打ちして確認するが、反応はない。
完全に、気を失っているようだ。
「た、倒し……た……アクダインを倒したぞー!!!」
Zarkのスピーカー越しから、勝鬨の一声が響き渡る。
その声は地上にいる全員の耳へと轟いた。
「や、やりおったか……坊主……!」
「さすがは勇者チャン♡こっちもこれで――オシマイよッ!」
同じ時、メロンネはミニアークの最後となる一体に、強烈な蹴撃をお見舞いした。
ミニアークの動力部である心臓部のコアは貫かれ、ガガガガッという機械的な音と共に、ゆっくりと崩れ落ちる。
ガシャン――ッ。
その音を最後に、周囲へ一瞬の静寂が訪れる。
天井からぶら下がっていた数多の装飾は引き裂かれ、散乱した破片が床一面を覆っている。
なにより――無数のミニアーク達の残骸が、戦いの凄まじさを物語っていた。
そして崩れかけた壇上の上に、一人の男がゆっくりと登壇する。
「――ッ試合終了ォオーーーーーッ!!
アクダインは、勇者ステルによって討たれたァアアリ――!!
か、か勝ったのは、俺達だァアアアアッ〜〜〜〜ッ!!」
バッセイの咆哮が響くや否や、会場はたちまち歓喜の渦に包まれた。
「これで自由だぞっ!」
「ステルーーー!お前ならやってくれるって信じてたぜェ!!」
「俺たちは、やったんだあーー!!」
それぞれが声を張り上げ、手を叩き身をよじらせながら勝利を喜ぶ。
その光景は正に、それぞれが掴みとった喜びを体現しているようだった。
だが――その歓喜の陰には、決して喜ばしいものだけではない現実がある。
Zarkやミニアークによって、命を失った者たちが大勢いるのだ。
戦いの傷は完全に癒えることはない。
それでも、その尊い犠牲を胸に刻み、俺達は今ここに立っている。
「やった……やったんだ、俺……」
「信じてた……ステルなら絶対やってくれるって!」
俺はフラフラとした足取りでミカの方へ向かうと、朦朧とする意識の中、なんとかその拘束を解いた。
そして全ての力を使い果たしたかのように、その場でふらりと倒れ込む。
「ステル……ッ!」
ミカはステルを間一髪で受け止めると、慎重に身体を支えながら、自分の膝に頭を預けさせた。
「心配すんな……けど、ちょっと……休憩……」
痛みと共に、意識がサーっと遠のいていく。
けど、不思議なことに悪い気はしない。
俺たちは、やり遂げたんだ――。




