第六十話『連鎖する漢気』
「びょびびびびびびび…!!動けッ!動けッ!このポンコツロボットめぇ!」
アクダインの叫びも虚しく、Zarkの機体は依然として空中で沈黙を保っていた。
正確には――四肢をわずかに痙攣させ、動こうと足掻いている。だが、関節は軋むだけで思うように作動しない。
まるで見えぬ鎖に絡め取られ、囚われているかのごとく。
何はともあれ、ステル達にとっては僥倖。
これ以上ない機会である事は確かだった。
そうこうしているうちに、ステルはZarkの脚部へとしがみつき、上へ上へとよじ登っていく。
「みんなーッ!今が好機だ!登れるヤツから頭部を目指してくれ、恐らく操縦室はそこにある!
時間がない、コイツが動き出す前に――って……なんだ、これ?」
その時、ステルはのZark機体表面にまとわりつくざらりとした違和感を感じとる。
よくよく目を凝らすと、ジアークの巨体を覆う装甲の表面に、無数の“糸”のようなものが絡みついているではないか。
下から見上げている時は気が付かなかったのに。
近くで見て初めて理解できるそれは、蜘蛛の巣を幾重にも重ねたかのように細く、だが異様なほどに強靭な糸だった。
クンクン……。
(しかも……なんだこれ。ほのかに良い匂いがするぞ!?)
鼻腔の奥をくすぐる、芳醇でまろやかな香り。
これは――バター……?いや、そんなはずは。
「不思議な糸だな……いったい誰がこんなものを――」
「糸ではない。……パスタだ」
「うおぉっ!?!?」
耳元へ直接囁かれた声に、俺は思わず身を仰け反らせる。
危うくそのまま落下してしまう所だった。
さっきまで誰もいなかったはずなのに、いつの間に。
「って……お前は確か三ツ星レストランのシェフ!モンゴリアーノ!」
「ジョンゴリアーノだ」
低く渋い声で、俺の間違いは即訂正される。
「すまんジャンゴリアーノ、というかパスタって…もしかしてお前がコレ…作ったのか?」
「エザットゥ!フフフ……見惚れるだろう?
一本一本に、俺の汗と魂と、誇りを染み込ませてあるからな」
「いや、サラッと言ったけど汗は駄目だろ」
ジョンゴリアーノは俺の反応など気にせずに続ける。
「強度、伸縮性――そして美しさ!料理人としての全てを捧げた芸術……それがこの“拘束パスタ”だッ!!」
ジョンゴリアーノはまるで溺愛する我が子のように、その拘束パスタとやらを自信満々に紹介し始めた。
一般的なパスタの原材料は――小麦粉。
だが、このパスタは違った。
原料は、超高分子量ポリエチレン。
幾重にも重ねられた特殊合成繊維で構成されたそれは、分子鎖が異様に長く密に並んでおり、常識外れの結合力と耐久性を誇る。
さらに仕上げとして、気持ち程度の“自家製バター”を練り込むことで完成した――究極の“アルデンテ”。
つまりこれは、軽くて、強くて、スーパータフな究極の拘束用パスタらしい。
……っていうか、パスタの要素ほとんどゼロじゃないか!?
「メロンネからこの作戦は前もって聞かされていた。
だから俺は――会場全体を覆うように、あらかじめパスタの網を張り巡らせておいたのだ。まさか、こんなバカでかいロボットを相手に使うとは、思っていなかったがな!」
「あまりにもバカげた話だが……ともかく助かった。
それよりメロンネはアクダイン計画を、事前に知っていたのか」
「エザットゥ!ほうら、俺のパスタがふやけてのびきる前に登るぞ!」
ジョンゴリアーノの力強い掛け声を受け、俺は再び上へと進む。
振り返れば――俺たちの背を追うように、多くの参加者が懸命によじ登っているではないか。
中には、決勝トーナメントで見かけた顔ぶれもいる。
「み、みんな………」
胸の内で、熱い何かが込み上げてくる感覚があった。
「よし、俺も負けてられないなっ!」
そう叫ぶと、俺は残りわずかな力を振り絞り、一気に駆け上がった。
ついさっきまで敵同士で争っていた者たちが、今は強大な敵を前にして、ひとつに結束している。
なんだよ、本当はみんないい奴ばかりじゃないか。
あと少しで――頂上だ。
もう下は振り返らない。
「ハァハァ…ハァ…ッ……やっと着いた」
正面には、大きな扉がそびえている。
ここを開けば、ミカとアクダインが待っているはず――あと少しだ。
俺は扉に近づき、じっと観察する。
手すりや取手の類は見当たらない。
くそ……ここまで来て、行き止まりか。
「クソ……ッ、どうやって開くんだ……ほんとにあと少しなのに…」
押してもダメ、引いてもダメ。
様々な方法を試すが、その重厚な扉はビクともしない。
「こうなったら……力技だ!」
俺は大きく振りかぶると、全体重を左の拳に乗せて、勢いよく殴りかかった。
ドゴォンッ!という鈍い音が響き渡る。
全力を込めたはずの一撃――だが、その扉には傷一つついていないようだ。
それでも、諦めるにはまだ早い。
もう一度、今度は全力の蹴りを繰り出そうとした、その時だった。
「う、な、なんだ急にっ!」
突如、ジアークの巨大な機体が大きく揺れ始める。
大地震のような衝撃に、参加者たちは次々に振り落とされそうになるのを、必死にしがみつき耐えている。
ブチブチブチブチ――ッ!!
Zarkの拘束が、解かれたのだ。
危うく振り落とされそうになった俺は、肩部装甲にある突起に手を伸ばし、ギリギリのところでしがみつくことに成功した。
「ビョビョビョービョ!ビョービョビョッ!」
再びアクダインの不気味な笑い声が、Zarkに備え付けられた巨大スピーカー越しに会場中に響き渡る。
「往生際の悪い奴らだ。ワラワラと蟻のように群がりおって…ん?このボタンはまだ……」
大勢の参加者達に手を焼いていたその時だった。
大きな操縦パネルのすぐ横に、まだ触れた事のないボタンがあることに気がつく。
そして、アクダインは躊躇なくそのボタンを押した。
ボボボボボボボボボボ――!!
すると――ジアークの背後、臀部辺り。
いや、誤魔化してもしょうがない。
ケツ部装甲の隙間から、成人男性ほどの大きさをした機体が、立て続けに放たれた。
その数は、数百にも及ぶ。
「ビョービョビョ!!これは良い。
やってしまえ、ミニアーク達よっ!」
アクダインの声に呼応するかのように、ミニアークと呼ばれる機体たちは、次々に観客や参加者たちを狙って襲いかかる。
サイズは小さくとも、全身には多種多様な武装兵器が備えられており、武器を持たない者たちにとっては、十分すぎる脅威だ。
(くそっ……助けに行きたいが…ここからでは……!)
頭頂部付近にいるステルの位置からでは、ただその光景を見下ろすしかなかった。
まだジアークにこんな機能があったなんて……無計画に突っ込んでしまった自分の浅はかさを悔いていたその時――壇上でマイクを握った一人の男が、雄叫びを上げた。
「野郎共ォオオオオオッ!諦めんじゃねェエッ!!
俺たちの戦いは、こっからだァァアァァァアッ!!!」
マイクを握るバッセイのもう片方の手には、黒光りしたピストルが握られていた。
彼の瞳には、確かな覚悟がそこにあった。
迫り来るミニアークへ銃口を向けると、容赦なくぶっ放した。
バキュウウゥウウンッ!!
「さぁさぁ始まりましたァ!第4回世紀末武道会ィイイ!!
漢達の宴はァ!?まだまだ終わらねぃぞォオオオオオッ!!!」
バッセイの勇気に感化されて、諦めかけていた者達が再び武器を取り立ち上がった。
「ちょうどデザートが欲しかった所だ……オイはまだまだ、食い足りねぇぞぉ〜〜〜ーッ!!」
ステルと決勝戦で戦ったバイブリンも立ち上がる。
両腕を振りかざし、二体のミニアークに向けて強烈なダブルラリアットを叩き込んだ。
少しずつ好転していく戦況。
ワルバッカ村の誰一人として、この状況を諦めている者などいなかった。
「ビーーーーーーッ虫ケラどもが~!ワガハイの所有物にッ!
許可なくべたべたと触りおって〜〜〜ッ!!」
「極刑だビョブンッ!」
アクダインが最後まで言い終える前に、ジアークの頭部に爆撃が降りかかる。
「ドゥ〜ル〜バ〜リ〜ッ!!」
その正体は――アクダインのかつての部下、ドゥルバリが放った巨大なロケットランチャーだった。
「活路は開いた、行け」
ドゥルバリはクールな口調でステルへ告げた。
見ると――爆撃のおかげで扉は崩れ落ち、中へ進めるようになっていた。
これで遂に、アクダインとの直接対決ができる。
「待ってろ、アクダイン……」
ここまで色々な人達の助けがあってここまで来た。
あとは、元凶を打ち倒すのみ。
覚悟はできている。
俺は瓦礫を掻き分け、操縦室へと足を踏み入れた――。




