第五十八話『Zark-ジアーク-』
「Zark……?なんだそれは。赤鬼、お前は知ってるか?」
ステルの問いかけに、赤鬼は険しい表情で言う。
「……分からん。あの男が何を企み何故、ここまで金に執着しているのか――その一切を、オレは何も知らされていない」
「そうか、分かった。一先ずお前は蒼鬼を連れてここから逃げろ。救護班はまだ裏にいるはずだ、今ならまだ助かるかもしれない」
俺はそう告げながら、自然と爺さんの方へと目を向けた。
すると、爺さんは振り返ることなく、背中越しにただ一言。
「……ゆけい」
「ああ……恩にきる」
赤鬼は静かに頷くと、傷ついた妹を抱きかかえ、翼を大きくはためかせて飛び立とうとした。
だが――裏切り者をみすみす見逃す道理はない。
アクダインの部下、"ドゥルバリ"が素早く銃を構え、逃げ去ろうとする赤鬼へ狙いを定める。
パンッ! パンッ! パンッ!
二度、三度と容赦なく放たれる無慈悲な弾丸。
「むぅん……ッ!!」
だが、飛来する全ての弾丸は、道玄の刀によってことごとく斬り裂かれていく。
「爺さん……やっぱりすげぇな…!俺も負けてられな……」
言いかけたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ぐらついていた地盤が、突如としてより大きく揺れ出す。
その震動に、会場にいる多くの人間が体勢を崩し、次々と膝をついた。
「お、おい……!!なんだあれ……っ!?」
一人の男が指をさしてそう叫んだ。
アクダインがいる高台のすぐ目の前、その地面が異様なうなりを上げながらゆっくりと開き始める。
土砂が崩れる音と共に、金属が擦れる耳障りの悪い音が響く。
そして――闇の中から漆黒の巨体がゆっくりと顔を出す。
重厚な装甲が光を反射し、機械特有の冷たい匂いが空気を満たす。
「嘘だろ……お、お、おい……っ!」
現れるは、アクダインの、対国家専用兵器――Zark。
鋼のボディに刻まれた無数の凹凸と武装の突出部が、まるで生き物の鱗と錯覚するほどに精巧に作られている。
肩には、普通の戦車の大砲が子供騙しに思えるほどに、巨大な砲口が左右に取り付けられていた。
そして何より目を見張るのは――圧倒的な規格だ。
ワルバッカ村の一番高い建物をゆうに超えるその規格は、まるで巨大な建造物のようだった。
そして、Zarkの頭部装甲が金属音を立てながらゆっくりと開き始めた。
カチリ……ギギギギギッ……。
開かれたのは、この巨大な機械兵器の心臓とも言うべき存在。
中にはわずかに光る計器盤と、冷たい金属に囲まれた狭い空間が見える。
その操縦席に、アクダインは力強くミカの腕を掴み、容赦なく引きずり込んだ。
「ミカ……ッ!」
ステルの叫びも虚しく、装甲は重々しい音を立てながら閉まっていった。
「ふむふむ、おおむね要望通りだ。空調が少し弱いのが気になるが…初の実戦は、ワクワクするニョ〜、ビョッ!ビョビョッ!」
アクダインはミカを乱雑に転がすと、自らはZarkの操舵席へと座った。
そしてそのままハンドルを握り、一言。
「ビョーム」
気の抜けたその声とは裏腹に、Zarkの両肩に備えられた砲口が唸りを上げる。
キュウウドゥオォオオーーーーンッ!!!
それは本当に、一瞬の出来事だった。
Zarkの肩部砲が光り輝いたその数秒後――遠くの住宅地は一瞬にして炎の渦に包まれた。
赤黒い火柱が天を焦がし、屋根瓦が爆ぜ飛び、壁は轟音と共に崩れ落ちる。
家屋はその業火に焼かれ、あっという間に灰燼と化した。
「卑怯だろ……あ、あんなの……!勝てるわけねぇ……」
一人の男が、震えた声でそう呟いた。
「ビョーーッビョッビョッビョーーッ!!
これはぁ、これはぁ〜!想像以上だビョ〜〜〜〜ッ!!」
アクダインは愉快げに手を叩きながら、焼け落ちていくその光景を眺めていた。
(コイツッ……本当に狂ってる……!)
ミカは男の後ろ姿を睨みつけながら、心の中でそう思った。
今すぐにでもその顔面を、ぶっ叩いてやりたい。
だが、そんな願いすら叶わないこの現状に、ミカは悔しさを沸々と募らせる。
操縦席のモニターには、観客や参加者達の姿が映っていた。
強大な敵を前にしてなお、臆することなく立ち向かうその姿に、ミカの胸の奥は言葉にできない感情で締め付けられた。
(私にも、何かできることが――)
ドシュゥゥウゥウウゥウウウ――。
Zarkの肩部装甲からは蒸気が立ちのぼり、金属が悲鳴を上げる様に軋んでいた。
先ほどの熱光線の反動――恐らく今は冷却段階に入っている。
(あの砲撃は連続して撃つことは出来ないと仮定すると、この待機時間が好機だ……!でも――どうすればいい……?)
俺は必死に思考を巡らせる。
「あ、あ……あんなのをここに打ち込まれたら……終わりだ」
一人の若者が震える声で叫んだ。
「オ、オレは降りるぜぇ!あんなのとまともに……やってられっかぁ!」
その一言は火種のように群衆へと広がり、会場の空気が一気に瓦解する。
「逃げるんだよォ!スモーキーッ!!」
「助けてくれぇ!」
まさに蜘蛛の子を散らすように、観客達は椅子を薙ぎ倒し、互いを突き飛ばしながら出口へと殺到した。
悲鳴と泣き声が交錯し、さっきまで勇気を宿していたはずの瞳は、恐怖によって歪み、濁っていく。
「み、みんな、待ってくれ!無闇に動いたら――!」
必死の声掛けも虚しく、逃げ惑う民の背中へ向けてZarkは方向を転換する。
「逃げられると思っているのかぁ〜〜??ビョビョッ!」
アクダインがパネルをポチポチと操作すると、モニターに映る人々の姿へ、赤い照準がひとつ、またひとつとロックオンされていく。
そして無慈悲に告げられた。
「ビョームッ!」
ズダダダダダダダダダダダダダッ!!
Zarkの腰部装甲に取り付けられた、ガトリングマシンガンが火花を散らしたその刹那。
無数の弾丸が、逃げ惑う民を容赦なく襲う。
それはあまりにも無惨な光景だった。
やがて、ガトリングがカラカラと空転する音が鳴る。
銃声が止んだ後に訪れたのは、あまりにも重い静寂だった。
そしてそれをかき消すように、気味の悪い声が響き渡る。
「ビョビビビョーッ!!ワガハイが求めていたのはまさにこれだっ、圧倒的殲滅!圧倒的支配!これからの時代は、魔法ではなく科学が制するのだぁあぁあぁあっ!!!」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた様な気がした。
「ッ……ッ……許さねぇーーーッ!!」
頭で考えるよりも真っ先に、俺の体は動いていた。
気づけば足は地面を蹴り、巨大な鉄屑めがけて突っ込んでいく。
「ビョビョッ……諦めのワルい奴だ」
鉄屑に付けられたガトリングの銃口が、容赦なく俺へと向けられる。
そして放たれる無数の銃撃。
ズダダダダダダダダダダダダダッ!!
「ほれ、逃げろ逃げろぉ〜!一度でも足を止めたら終わりだぞぉ〜ビョビョッ」
「うぉおおぉおおぉおおぉおおーーーっ!!!」
無我夢中で走っていた。
傍から見れば、ただの無謀な自殺行為にしか見えないだろう。
けれど、ここで立ち止まって見ているだけじゃ――何も変わらない。
たとえ一握りの望みでも、掴みに行かなきゃ活路なんて開けないんだ。
「アクダイィイイィイイイイインンッ!!!」
後もう少しで弾が切れる――そう思った矢先だった。
灼けるような衝撃が俺の肩を貫く。
「ぐっ!!」
痛みが全身を駆け抜け、一瞬脚が止まる。
その刹那、アクダインの甲高い声が響きわたった。
「残念だビョ〜ッ!!」
「くっ……間に合わ……な」
意識が痛みにもってかれ、一瞬諦めかけたその時だった。
鋭い金属音が耳を突き、目の前で光が走った。
キィン…キィン…キィン…キィンッ――!!
「焦りすぎじゃ若人よ――」
その後ろ姿は、もう何度も目にしていた筈なのに。
俺より小さなその背中が、今は何倍にも大きく見えた。
「爺さんっ……!!」
目の前に降り注ぐ銃弾の雨を、道玄の刀が一振りごとに次々と叩き、斬り伏せていく。
「考えなしに突っ込むのは感心せんのうっ!
じゃが――その勇気は天晴れじゃ!儂もとことん付き合うぞぃ!」
そうして、遂にガトリングは全ての弾を撃ち切ったようだ。
「オノレ〜〜〜ッ!!こざかしいジジイめッ!!矮小な刀一本如き、キサマごと叩き折ってやるわァッ!!!」
アクダインが、すかさず次の攻撃を仕掛けようとしたその時だった。
ドォン――ッ!
その爆発音と共に、Zarkの機体が突如として大きく前方に傾く。
「ふぬぅ〜〜〜っ!!?」
黒光りした腰部装甲の隙間からは、爆煙が勢いよく吹き出していた。
あれは爆撃――?
だが、一体どこから?
それに誰が?
「フッフッフ――市民を守るのは、俺たちの役目だ!」
ふいに会場の外から、規則正しい行進の足音が響き渡る。
やがて整列がピタリと止むと、大勢の中から一人の人物が姿を現した。
「待たせたな諸君――悪者は我々が成敗する!」




