表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/134

第五十五話『赤い悪魔』

ロッソの着ていた服は灼け焦げ、炭のように崩れ落ちていく。

露わになった肉体は、じわじわと赤みを帯び、全身を侵食していった。

そして頭部からは、皮膚を突き破るように、禍々しき 黒緋(くろあけ)色の角 が隆起する。


「グゥオァアァァアァァァァア゛ア゛ッ!!!!!」

腹の底から絞り出されるような絶叫。

それはもはや、人の声ではなかった。

獣とも、怪物ともつかぬ咆哮――いや、まるで別の"ナニカ"が内側から這い出そうとしているかのような声。

 

「こっこっこれはっどういう事だァア〜!?

先程までのロッソとは、何かが明らかに違うぞォッ〜!?」

バッセイの軽快な実況とは裏腹に、会場からは不安の声とどよめきが広がっていく。


(嘘……あのロッソって子、まだあんな能力を隠していたの…?

それにあの外側から溢れ出るような禍々しい魔力……あれは人の力じゃないっ、魔物の力よっ……!!)

かくいうミカは心の内で必死に叫んでいた。

メロンネの事もある、ステルは真実を知らないのだ。

このまままではステルの身が危ない。

すぐにこの武道会を、中止しなければ……!


「あ゛っ…ぐっ…ふぅ……んん゛……っ!!」

必死に身をよじり声を出そうともがくが、ミカの体はガッチリと拘束された状態で、ソファの上から立ち上がることすらままならない。


「ビョビョッ!何をもがいておる、大人しく見届けるのだ」

男はそう言うと、ミカの肩に腕を回し強引に抱き寄せた。


「んん゛〜〜っ!!」


「ビョビョビョビョッ!!元気なヤツだ」

男はニタリと口角を吊り上げる。

側近が恭しく注ぎ足した杯を片手に取ると、注がれた酒を勢いよく喉へと流し込んだ。

アルコールの熱が体内を駆け抜ける感覚に、恍惚の笑みを浮かべる。


「愚民共を見下ろしながら飲む酒は、やはり格別……ビョッ」

満足げに吐き出した息とともに、男は眼下のステージを一瞥する。

そして低く、しかしはっきりと――その場にいる誰もが背筋を凍らせるような声で呟いた。


「――この村も潮時だ…やってしまえ、ワガハイの"最高傑作"よ」

そして――遂に異変は現実のものとなった。

体表はじわじわと赤熱し、蒸気が立ちのぼる。

骨が軋み、肉が裂け、悲鳴のような音を響かせながら、小柄だった少年の身体は瞬く間に膨張していく。

皮膚の下で暴れる何かが、外へ飛び出そうともがいていた。


ボコボコッ……ボコッ、ボコボコッ……!!


不気味な鼓動音と共に、ロッソの脇腹を突き破るようにして、二本の赤黒い異形の腕が這い出してくる。

さらに背中の肉が裂け、そこからは漆黒の翼が現れた。


四本の腕――禍々しい両の翼。

誰がどう見ても、かつて“ロッソ”と呼ばれた少年の面影など、微塵も残されてはいない。

ほとばしる瘴気にも似たオーラの奔流が、空気を震わせる。

その衝撃はステルの全身へビリビリと襲いかかる。


「ロッソ、お前が……!道玄(爺さん)蒼鬼(ソウキ)が言っていた……伝説の鬼――赤鬼(セッキ)だったなんてな…」

それは赤鬼(セッキ)の実妹である蒼鬼(ソウキ)とは、近いようで全く似て非なるものだった。

鬼族は、本来ここまで恐ろしい存在なのか。

これでは鬼ではない、例えるならそう――悪魔(あくま)だ。

ステルの体を巡る血管が、ドクドクと脈を打つ。

内側から押し寄せる不安が、全身を支配していく。

魔女が放つのは底知れぬ「静」の恐怖。

だが、目の前に立つものはそれとは正反対――「動」の恐怖。

柔ではなく、剛。

得体の知れぬ畏怖ではなく、力を見せつけ一方的に叩きつけるような圧力。

その堂々たる存在感に、ステルは生まれて初めて、恐怖心を覚えていた。


「って、呑気に変身シーンを見てる場合じゃないよな。

仕掛けるなら――今しかない」

そして、まだ完全に変異が完了していないこの機を逃すまいと、俺はロッソ……いや、赤鬼(セッキ)へと急接近を仕掛けた。


「ドラァッ!!!」

鍛え上げた腕に渾身の力を込め、俺は大きく振りかぶる。

狙いは、真正面。

全力の左拳を、赤鬼(セッキ)の顔面へ容赦なく叩き込んだ。


ドガァッ――!!

衝撃と共に、鈍い音が鳴り響く。

続いて、シュウゥウウゥウウゥウ……という何かが焼ける様な音。


「嘘だろ……びくともしてな――あ゛熱っ!!」

拳は確かに、赤鬼(セッキ)の顔面をもろに捉えた。

だが、その巨体は一歩たりとも揺らがない。

まるで――殴られたことすら認識していないかのように。

そして次の瞬間。

俺の拳に、焼けた鉄板へ直接素手を押し当てたかのような激痛が走った。

皮膚が焼き切れる前に手を離し、俺は思わず距離をとった。


(どうなってんだアイツの体…?一瞬左手が燃えたかと思ったぞ……あれじゃ近寄ったとしても何をすれば――)

その瞬間、突如として視界から――赤鬼(セッキ)の姿が、音もなく消えた。


「……終わりだ」

そして、背後で響く低く冷たい声。

ゾクリと背筋を貫いた刹那、俺の身体はいとも簡単に持ち上げられる。


「ま、まずい……!」

そのまま四メートル近い巨体の腕に、凄まじい力で振り回されるようにして、俺の体は無残にも宙へと放り投げ出された。

視界がぐるりと反転し、地面と天井が何度も入れ替わる。

俺には翼などない。

ましてや空中を闊歩する便利なスキルも持ち合わせてはいない。

一度空に打ち上げられた時点で、抗う術は失われていた。


バサァッ!!

次の瞬間、赤鬼(セッキ)は大きく翼をはためかせ飛翔する。

そしてあっという間に俺の頭上へと到達し、空中で逃げ場を失った愚かな獲物を刈り取るように、赤鬼(セッキ)は両腕を高々と掲げる。

そして組み合わせた拳を、まるで落雷のごとき速度と重みをもって――容赦なく振り下ろしたのだった。


「ぐはっ!!」

俺の体はそのままステージへと叩きつけられる。

ドゴォン――ッ!!

轟音と共に床が大きく揺れ、意識が一瞬吹き飛んだ。

全身に走る激痛と衝撃。

コンクリート製の床に大きなヒビが入る程に、その光景が赤鬼(セッキ)の一撃の重さを物語っていた。

 

「ダァアッーーーートォッ!!

これはあまりにも重いイチゲキだァーーーーッ!!!

勇者ステル、これには堪らずノックアウトかァッーーー!?」


だが、追撃はなおも止まらない。

ステージ上で完全にのびているステルへ向けて、その巨体は空中から勢いよく襲いかかる。


「ま、負ける、訳には……!」

間一髪、俺は体を転がし、なんとか致命の一撃を回避した。

「いぐっ!!?」

激痛が全身を走り、思わず顔を歪める。

骨の何本かは確実に逝ってるだろう。

ああ、こんなことになるなら、もっとDEF(防御力)にステータスを振っておけばよかったと後悔するが、生憎そんなことを考えている暇はない。

さらなる追撃を防ぐために、俺はなんとか力を振り絞り体を起こすと、目の前の赤鬼(セッキ)へ向き直った。


(まともに戦っていて勝ち目はない――無策で突っ込んでも同じ事の繰り返しだ…)

体が発する無意識の警告(サイン)

脈が速く打ち呼吸は荒く、全身の筋肉は悲鳴を上げている。

まさに「次はないぞ」と全神経が叫んでいるかのようだ。

もう、些細な一発だって受けられない。

パワー、スピード、機動力――その他全てにおいて赤鬼(セッキ)は俺の遥かに上をいく。

だが、だからといって勝機が完全にゼロというわけではない。

なぜなら俺には、道玄(爺さん)から譲り受けた"とっておき"があるのだから――。


ステルはおもむろに下着の中へと手を入れると、ゴソゴソとまさぐり始めた。

やがて安心したような表情を浮かべ、次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように手を引き出した。

 

「よし、あとは一瞬の隙さえ作り出せれば……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ