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第五十四話『不気味なお面』

「うぉおおおおおぉおおっ!!!」

開始の合図と共に、俺は相手よりも早く動き出した。

ロッソの戦法は、事前にあらかた予習している。

素早い身のこなしから繰り出される、遠距離からの弓術。

その戦い方は、それこそパコのスタイルに近いイメージだ。

ならば――距離をとっての戦いは不利。

なにせ俺には、ブリーフ砲(弾数1発)しかないからな。


「うわ、早いっ!」

ロッソは驚いた様子で、俺から逃げるようにステージを駆ける。


「あーーっとォ!開幕から鬼ごっこの始まりだァアァアッ!!

ステルは距離を詰めたいが、果たしてェエーーー!??」


(確かにスピードは、中々のモノだな…)

それでも、明確に劣っているというほどではない。

むしろほぼ互角だ。

一度でも捉える事が出来れば一撃で勝敗は決するだろう。

あ、でも思い切りぶん殴るのは、可哀想だな……。

妙に冷静な頭でそんなことを考えながら、俺はロッソを追う。


いくら決勝戦まで進出した実力者とはいえ、相手はまだ子供だ。

道玄(爺さん)と戦った時もつい必死になって本気(マジ)殴りしてしまったからな……あの時道玄(爺さん)が硬化スキルを使っていなかったらと思うと、俺は少しゾッとする。


「捕まえたっ!」

俺はロッソの衣服の裾を掴むと、そのまま勢いよく引き寄せる。


「うわぁっ!」

ロッソの体は、いとも簡単に空中へ舞い上がり、宙に放り出される格好となった。

よし、このままさらっと場外に――待てよ、そんな締まりのない決着は……と、一瞬心の中で躊躇する。

……だが、勝負とは時に無常なものだ。

これもロッソにとって、いい経験になるだろう――そう勝手に納得し、俺は容赦なく彼を放り投げた。


「だーーーットォ!!このまま落ちればステージ場外っ!!

勇者ステルッ、大人げないがこれも勝負ゥウウ!!

絶体絶命のロッソ、ここをどう切り抜けるんだァアァア〜!!」


「まだ……まだ終われない……」

ロッソは小さく呟き、空中で体を捻って体勢を整え、背中から矢を手に取った。

そしてステージの方向へ構え、力強く叫ぶ。

 

鉤爪射撃ワイヤーショットッ!!」

掛け声と共に、ロッソの弓から鋭い矢が放たれた。

だが、それはただの矢ではない。

矢先は鉤爪のように鋭く曲がったような独特の形状をしており、ステージに向かって鋭く突き刺さった。

さらに、矢からはワイヤーのようなものがロッソの腰部分まで続いており、ロッソが腰のボタンを押すとワイヤーがビュンと伸び、あっという間に巻き取られていく。

それはまるで、某巨人マンガにも登場した立体機動装置のようだった。

釣竿を引く要領で瞬時に巻き取られるその力に引かれ場外へ吹き飛ばされていたロッソ自身はあっという間にステージ上へと復帰した。

 

「おお、面白いなその装置」

ぐぅ……不覚!

断捨離が生き甲斐の俺でも、ほんの少しだけ欲しいと思ってしまった。

その劇的な復帰展開に、会場は大きく湧き上がる。

歓声と拍手が止まぬ中、ロッソは続け様に弓を構える。

今度の狙いはステルではなく、頭上――。


触手射撃テンタクルショットッ!!」


バァンッ……!ピュピュピュピュン――!!

ロッソの放ったワイヤー付きの複数の矢は、花火のように天高く舞い上がった。

矢はうねりながら、空中を這うタコ足のように、重力をのせてステルへと迫っていく。

その光景に観客席からは、思わず息を呑む声が上がった。

「何じゃありゃあ!?」

「八本も一気に……!?」


「……本領発揮ってとこか!」

襲いくる矢を前に、俺はつま先を立てくるりと回転し回避する。

一本、そして二、三本――変則的な軌道だが、捉えられないスピードではない。


「なんだこの華麗な動きはァァアーーー!!?

勇者ステルの前世は"バレリーナ"か何かなのかァ!!?

踊りながら次々と、ロッソの波状攻撃をいなしていくゥウゥウ!!」

そう、これは俺本来の動きではない。

この動きは、メロンネの"黒揚羽(ブラックスワロウ)"をヒントに編み出したんだ。

あの蝶のように華麗でしなやかなステップは、クラシックバレエを彷彿とさせた。

メロンネが黒なら、俺は白。(ブリーフの色)

名付けて――"白蝶の湖(スワロウレイク)"。


よし、いける!

そう思い最後の一本を避け切ろうとしたその瞬間、接近するロッソに気がつくのが、一瞬遅れてしまった。


「油断し……っ!!」


ボカッ!!

振りかぶったロッソの拳が、俺の顔面へ容赦なく振るわれた。


だが、その一撃は――俺の想像を遥かに下回っていた。


「あ、あれ……?」

ロッソは自身の拳を見つめ怪訝な表情を浮かべていた。

確かに殴ったはず……拳がヒリヒリする感覚はある。

だけど、びくともしてない……?


「弓術は一流だ――あとは……筋トレだな!フンッ!」

俺はそう言い放つと、そのまま(手加減はしつつ)腹部へ目掛けて鋭いパンチをお見舞いした。


「ふんぐぅっ!!」

ロッソは咄嗟にガードするが、その衝撃はガードの内をいとも容易く貫通し、小柄なロッソの体は勢いよく吹っ飛んでいく。

油断して近づいてしまった事が、完全に仇となったのだ。

ゴロンゴロンと、まるでボールのようにロッソの体は転がっていった。

これではおそらく、意識が確かかすら怪しい。

完全にクリーンヒット。

勝負は、ほぼ決したかに思われた。


「ビョビョ……やはりこんなものか、“あの姿”では――」

高台から見下ろす男が、不敵な笑みを浮かべた。


「ん、あの変なお面は……?」

倒れたロッソの元へステルが駆け寄ろうとしたその時、ロッソの目の前に奇妙な面が転がっていることに気がつく。

その面はおそらく年代物で、表面には無数の細かいひび割れが入り、ところどころ漆の剥げた部分がある。

真っ赤に塗られたその面は、まるで般若のような怒りに満ちた表情で、目は大きく見開かれ、鼻筋は鋭く尖り、口は歯をむき出しにして怒りの形相をしていた。


「これを使う予定は……なか……った……」

ロッソは足をガクガクと震わせながらゆっくりと立ち上がると、その面をおもむろに拾い上げた。


「でも負けたら……負けたら……一族が……」

震えるその手を必死に押さえつけながら、ロッソは一人でブツブツと何を呟き続けた。

その様子は誰の目にも気味が悪く映り、会場全体が不安の渦に包まれる。


「おい、大丈夫か?フラフラだぞ。これ以上無理したら危険だ。お前はまだ若いんだし、次の機会(チャンス)が……」

ステルが諭しかけたその時だった。


「ダマレッ!!!!!」

ビリビリと、会場を揺るがすような大声が響く。

その声は、先ほどまでのロッソとは似ても似つかない程に、狂気に満ち溢れていた。

会場の誰もがごくりと息を呑む。

そのまま数秒間の沈黙が訪れた後――ロッソは決心したかのように手にした面をゆっくりと自らの顔へと近づける。


「遊びは終わりだ、ここからは試合ではない」

そして、その面を被ると同時に、ロッソの帽子と服がみるみるうちに焼き切れていく。


「――蹂躙(なぶりごろし)だ」

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