第五十話 『ガッツォの正体』
「準決勝第二試合――開始ィイイイイーー!!」
バッセイの咆哮が会場を揺らす。
その瞬間、俺は迷うことなく一直線にガッツォへ駆け出した。
先手必勝――幸い相手も俺と同様、恐らく素手での戦いを主とする"格闘家タイプ"。
ならば、迷っていても仕方ない。
俺は、微動だにせず沈黙しているガッツォの懐に瞬時に潜り込み、強烈な打撃をお見舞いする。
「どりゃあっ!」
しかし――おれの拳はガッツォの腹部へと届く直前で、しっかりと受け止められる。
流石の反応速度だ。
だが、俺もそれで引き下がる訳にはいかない。
立て続けに、得意のラッシュを叩き込んだ。
「おっとォーッ!!これは凄まじい乱打戦ダァーー!!!
勇者ステルのスピードは勿論、その全てを紙一重でかわし続けるガッツォオオォ!!これぞ準決勝ッ!瞬きをするヒマすらなぁあぁああいっ!!」
なんて軽やかな身のこなしだ。
幾度となく振るった拳が、一発たりとも掠りもしない。
(くそっ……完全に攻撃の筋を読まれている……!?)
汗が額をつたい、息が荒くなる。
このままじゃ、先にバテるのは間違いなく俺の方だ。
何か突破口はないのか。
一度呼吸を整えるために、ガッツォとの距離をとる。
追撃をすぐにはしてこない所を見るに、何か策でもあるんだろうか。
表情が見えない分、ガッツォが何を考えているかサッパリ分からない。
(やりずらいな…どうすれば……)
「ここで一度ォ!!両者間に張り詰めた沈黙が訪れるゥウウウ!!
これは……まさか……まさかココで出るのかァ!?
勇者ステル秘蔵の奥義――“ブリーフ砲”ッ!!
おい映像班ッ!!今のうちに差し替え準備しとけェ!!
ガキ共には見せられねェぞォオオ!!」」
(言うなよそれ……これじゃ完全にバレバレじゃねぇか……)
俺はブリーフにかけていた両手を、仕方なくゆっくりとほどいた。
隠し玉もバレてしまった今、残された手札はほぼない。
(いや、待てよ……!?)
俺は閃いたように、もう一度ブリーフに手をかけ、勢いよく脱ぎ去った。
「ででで出たァアアアーーーッ!!!
ステルの秘奥義、“ブリーフ砲”準備完了ォオオ!!!
だが安心しろぉおッ!今回も――オプション:木の葉アリ!!
これならギリギリ……放送オ〜ケェイ〜〜〜ッ!!!」
観客席からは絶叫と爆笑が入り混じる。
色んな意味で、会場が再び湧いた。
そのまま俺は助走をつけ回転すると、勢いに任せて放り投げた。
ブリーフは寸分の狂いもなく、ガッツォの顔面へと向かっていく。
そしてブリーフを追いかけるように、俺も同時に突っ込んでいった。
「さぁどうする?ブリーフか俺の拳か……どちらか選べ!」
「…………」
ガッツォは沈黙したまま、その場で高く跳躍しブリーフ砲を回避する。
「あああッとォ!!!渾身の"ブリーフ砲"が無惨にも空を切るゥウウウ!!これは勇者ステル……打つて無しかァア!?」
いや、ここまでは作戦通りだ。
空中で身動きが取れない今が好機!
負けじと高く跳躍すると、ガッツォへ渾身の一撃を――叩き込まなかった。
俺の狙いは別――ガッツォが赤鬼である事を確かめるには、今しかない。
左拳に力を込め、一瞬だけ殴りかかるフェイントを入れる。
その隙を突き、残った右手でローブの端を掴み取った。
「うおりゃッ!」
「…………!!?」
勢い余って、ローブは引き裂かれる形となる。
その下から現れたガッツォの姿に――会場全体が驚きの声で包まれた。
「お前が……ん……?」
思わず言葉が漏れ、俺はその場で呆然と立ち尽くした。
そこに立っていたのは――俺が想像していた“ガッツォ”の姿とは、まるで違っていたからだ。
ガッツォの頭部には、確かに二本の立派な角が生えていた。
だがそれより下、屈強な大男を想像していた俺の予想は、見事に打ち砕かれる。
ぱっちりとした二重瞼、つぶらな瞳。
そしてなにより胸が……でかい。
胸筋ではない、あれは紛れもなく脂肪だ。
言うなれば――おっP……いかんいかん。
とにかく、鍛え上げられた筋肉に隠れながらも、ところどころ女性らしい曲線が見てとれる。
(つまり……赤鬼は、女だったのか!?)
「ここでまさかの事実が発覚ゥウウウウゥウーー!!!
隠されたローブの下はァ!俺たちの想像を超えていたァアーー!」
「クッ……!」
ガッツォは唇を強く噛み締めて、睨みつけるようにこちらを見ている。
それは先程までのイメージとは違い、明確な感情が読み取れた。
「だが残念ながら――もしガッツォがオンナの場合は失格!!
世紀末武道会はオンナ禁制――男の宴ェ!!
これはとんでもないことになったゾォ〜〜〜〜!!!」
一体どうなってる……俺はすぐさま、すぐ近くで見物していたステージ外の道玄に声をかけた。
「おい爺さん!アレが、爺さんの言ってた赤鬼で間違いないのか?」
すると、爺さんは腕を両手で組みながら、ゆっくりと首を横に振った。
「いんや。あの者は赤鬼ではない」
「え……ええ!?」
「赤鬼の体表は鮮血を彷彿とさせる真紅の赤じゃ。
だがあの者はどうじゃ?むしろ真逆、真っ青じゃろう」
言われて俺は納得した。
ガッツォの体は、俺たちの様な普通の人間とは明らかに違う。
三メートル程の体格もそうだが、それ以前に全身が真っ青だ。
赤鬼という名前には、確かに似つかわしくないというか……。
「それにの、体表はある程度誤魔化せたとしても――角だけは誤魔化せん。あれは鬼の誇りと象徴。
赤鬼の角は一本。それは間違いない」
「それじゃ爺さん、ガッツォは本当に違……」
俺は言いかけたところで、ふと背後から迫る殺気に気がつく。
「ウガァアァアァアァアッーー!!」
ガッツォの鋭い爪が俺の心臓目掛けて容赦なく振り下ろされる。
「おいおい!?ガッツォの身分が明らかになるまで試合は一旦中断だゾォ!?誰かこの戦いを止めてくれェーー!!」
バッセイは焦った様子で必死に叫ぶ。
だが、運営の面々も怒ったガッツォを止められる者などいるはずもなく、誰もがあたふたとこの状況にたじろいでいる。
「落ち着け!」
俺は寸前のところでそれをかわし、腕を掴む。
近くで見れば見るほど、それは女性の体そのものだった。
「おい……!お前、本当に女なのか……?」
「……!」
ガッツォは変わらず、怒りに満ちた表情でこちらを睨んでいる。
それにしても力が強い…腕を離さずにいるのがやっとの状態だ。
「終い……じゃな」
道玄はポツリと小さく呟くと、ステージ外から柵を蹴って飛び降りた。
そして一瞬でガッツォの背後に回ると、首筋にストンと手刀をお見舞いする。
瞬間、「あっ……」という情けない声と共に、ガッツォはパタリとその場に倒れる。
誰もがその一瞬の光景を、唖然とし立ち尽くす。
そしてその空気を断ち切る様に、バッセイが口を開いた。
「ナ、ナ、ナイスタイミングだ道玄!!
と、ともかく――ガッツォの審議は追って伝えるゥ!
この戦いは少しの間中断だァ!!」
予想だにしない事実――。
一体、この世紀末武道会で何が起きているというのか。
俺は気絶したガッツォを抱え、静かにステージを後にした。




