第五話 『異世界でも野宿しちゃいます』
そうして、俺とミカはゴブリンが巣食う洞窟を後にした。
洞窟に入るまで明るかった空は、すでに暗くなり始めている。
「う〜寒っ!早く宿に泊まって、ベットでゆっくり寛ぎたいわっ」
そう言うのも無理はない。
なぜなら、ミカの格好はほぼ下着姿も同然である。
両手を使いできる限り隠しながら、ぎこちなそうに歩いていた。
「宿…?何言ってんだ、俺はここで野宿するぞ」
勇者ステルはそう言いながら、淡々と野営地作りの素材集めに勤しんでいる。
「…この後に及んで、"何言ってんだ"はコッチの台詞よッ!私が野宿なんて出来るわけないでしょ!?それに、こんな格好で外にいたら、風邪引く以前に捕まるわよ!!」
ミカは物凄い剣幕でステルへ詰め寄る。
「そんな事はない。俺の祖母は、基本山では全裸で過ごしていた。だから心配するな。二、三日で慣れる」
「一緒にするなッ!あと慣れてたまるか!
それよりこんな時の為に、王様から冒険の諸経費は貰ってる筈でしょ?ほら、確か……金貨五十枚っ!」
ここで、モデスからの豆知識ですっ。
金貨の単価は以前、勇者ステル様のいた現実世界で換算すると、金貨一枚=約一万円。
王様は初期経費(旅費や食費、宿代等)で、約五十万円を勇者に授けていた訳ですね。よっ太っ腹!
「そんなもの、貰ってないぞ。一応確認……やはりないな」
ステルは、おもむろに自らの下着の中をまさぐり確認した。
そして、やはりないといった表情でミカを見つめる。
「ちょっ、そんな訳ないでしょ!?まさか…ゴブリンの巣窟に置いてってしまったのかしら…?」
「横から失礼します、モデスです」
「ギャーーー!!誰よいきなりッ!!」
ミカは、どこからともなく聞こえたその声に驚き絶叫する。
「驚かせてしまいすいません、私モデスは勇者ステル様のナビゲーター役をしています。普段はステル様に向けて脳へ直接語りかけているのですが…今回はお仲間のミカ様にも発信しています」
「そうなのねビックリした…」
ミカは安心し胸をホッと撫で下ろす。
「金貨五十枚についてですが、ステル様は確かに、王様から貰っています」
「ほら〜!やっぱりそうじゃないっ!アンタが無頓着だからどっかに忘れてきたのよ!すぐに探しにいきましょ」
「ですが、金貨はもう存在しません。鎧と剣を断捨離した際に、サラッと金貨ごとゴミ箱に放り込んでいましたので…」
ボカッ!
ミカはモデスが最後まで言い終わる前に、ステルへ目掛け鉄槌をお見舞いする。
「あんたバカァー!?」
ミカは続けて、ステルへポカポカと何度かゲンコツをお見舞いする。
だが、ステルは微動だにしていない。
まるで千年の雨風に耐えてきた大樹のように、その身は重々しく、大地に根を張っているかのようだった。
「あの時か。それは完全に見落としていたな」
ステルは一切悪びれずそう呟く。
それを受けて、ミカはプルプルと全身を震わせながらこう叫んだ。
「も〜〜う、最っ悪ッ!こんな勇者と冒険なんてするんじゃなかったーーっ!!」
その絶叫は、森のリスを木から落とし、ウサギを三メートル跳ねさせ、クマさえ耳を塞ぐほどに響き渡った。
そうして――。
結局、二人は野宿をすることとなった。
ミカにも多少の手持ち金貨はあったが、ここから先の村までは数時間かかる事をモデスに告げられ、苦渋の決断の末、断念した。
ステルは一応、野宿初心者のミカの為に枯葉と腐葉土を敷布団に、シダ類の葉を繋ぎ合わせて掛け布団を用意した。
その後、日よけの為に大きな木を屋根がわりにし、手際よく焚き火を起こすと、夜を過ごす準備をあっという間に整えた。
それでもミカの機嫌が上向く事はなかったが、就寝の直前、彼女はポツリと呟やいた。
「……助けてくれて、ありがと」
「ああ、無事でよかった」
ミカはそれだけ言い残すと、静かに目を閉じ、眠りについた。
そして次の日の朝――。
「んっ……おはよぅ、ステル」
ミカは寝起きの声でそう呟く。
認めたくはないが、想像以上に寝心地が良く爆睡してしまったようだ。
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと瞼を開く。
すると視界に飛び込んできたのは、勇者ステルの顔だった。
その距離まさに目と鼻の先。
ほんの少しでも前に動こうものなら、すぐにでも口先が触れてしまいそうなほどに。
「うわぁ〜〜〜〜っ!!!」
ミカは飛び起き、急いでステルから距離をとった。
「ん〜、どうした朝早くから大声出して。ヒルにでも噛まれたのか」
「バッ、な、なんでもないわよ!」
ミカは頬を赤らめながら適当に誤魔化した。
「そうか、ならいいが」
ステルはゆっくりと体を起こし、周囲の安全を確認すると早速身支度を始める。
とはいっても、彼に持ち物など一切ないのだが。
「お〜いモデス、起きてるか?」
「はい、ステル様。おはようございます。今朝も一段と立派なお寝癖ですね」
「そうだな、そろそろ切るか」
ステルの頭は、一晩明けてさらにグレードアップしていた。
まるで一部の頭髪が反乱を起こして、各々が独立国家を宣言しているように。
「モデス、ここから村までは、約三時間だったよな?」
「はい、村の名前はスコット村です。小さい村ですがあの周辺は魔物も少なく、準備を整えるには最適かと」
「私、お腹空きすぎて胃に穴空きそう〜」
ミカは自らの腹部をさすりながらそう言った。
「そうだな、昼には到着しよう。ちょっと待っててくれ」
ステルはそういうと、なにやらゴソゴソとしはじめた。
「このままにしては森に失礼だ。綺麗さっぱり断捨離していく」
「変なところは律儀なのよねアンタ…しょうがない、私も手伝うわよ」
それからミカと協力して、野営に使用した蔦や葉を集めるにはそう時間かからなかった。
「ほら、早く"断捨離"しちゃってちょうだい…どうしたのよ?」
ミカのその問いかけに、ステルは答えない。
「ちょっと聞いてるっ?早く断捨……」
ステルはゆっくりミカの方を振り返ると、衝撃の一言を告げた。
「"断捨離"が……できない?」