第四十九話『手がかり』
準決勝の一回戦が思わぬ形で終了し、迎えた準決勝二回戦。
(やっぱり、世紀末武道会は何かがおかしい…)
観客席の最前列でバッセイの弁明、その一部始終を見聞きしていたミカの胸中には、まるで形のみえぬ棘が刺さっているような、強烈な違和感が残っていた。
(前回準優勝者のメロンネが棄権?それに具体的な理由もなく?
せっかくここまできたのにこんなにあっさり棄権するなんてありえるのかしら……?)
それと、間近で見たからこそ伝わってくる、バッセイと運営陣の怯えと怒りを無理やり押し殺したようなあの表情――絶対"何か"隠してる。
(次はステルの試合だから、間近で応援してあげたいけど……
私も黙って見てるばっかりじゃダメ!)
ミカは心中でそう決心すると、観客の人波をかき分けて、一人どこかへ向かって駆け出していく。
胸に残る直感を信じて、"真相"を確かめるために――。
そして迎えた準決勝第二回戦。
壇上に姿を現したのは、先ほどより少し目の腫れた様子のバッセイ。
彼は気合いを入れるように自らの胸を二度強く叩くと、精一杯に声を張り上げた。
「テメェ等ァ!待たせちまったなァー!
色々あったが、これで泣いても笑ってもあと二戦!
この試合の勝者が!決勝戦に進出だァアアーーー!!!」
会場の熱気は、その鶴の一声によって再び最高潮を迎える。
やはりこの男、盛り上げることに関しては一流である。
「気合い入れて、早速紹介にいくぜェエエェエエェエ!!!」
「未だ、その実力は底知れずゥ!!
虚な瞳の奥に見据えるは、頂きの景色なのかァアァアッ!?
初登場にして圧倒的な戦績を収めるミステリーガイ――ガッツォオオォオウウ!!」
バッセイの叫びと共に、全身をローブで覆った大柄の男が、ゆっくりとステージに姿を現す。
(表情はほとんど隠れてる。こうして向き合っても、何を考えてるのかサッパリだ)
爺さんは試合後、やはりガッツォが赤鬼であると、ほぼ確信めいたような口ぶりで言っていた。
もしそれが本当に事実だとしたら――ここが正念場だ。
ここさえ勝てれば、敵討ちと、パコを取り戻すにもグンと近づく。
油断はするな、落ち着け俺。
高鳴る鼓動を落ち着かせる様に、俺はふと観客席の方へ目を向けた。
(あれ……?ミカは――どこに行った?)
観覧場所を移動したのかと周囲を見渡すが、どこにもミカの姿はなかった。
(まさか……!パコと同様に連れ去られたのか!?)
そんな不安が一瞬過ぎる。
だがこの大観衆の中で、アクダインもその手先も、表立って大胆な行動をするとは考えにくい。
だとすれば一体――ミカはどこへ?
とそんな事を考えていると、バッセイに俺の名を告げられる。
「対するは――鍛え上げられた肉体を存分に活かした戦いが持ち味のこの男ォオオウッ!
純白のブリーフは、もはやトレードマークと化したようだァア!
本大会一のダークホース、勇者ステルゥウウウ!!」
「ウォオオオォオオオ〜!!やっちまえー!」
「また面白い試合、期待してるぜぇーー!!」
観客席から、ステルへ向けた熱い声援が鳴り響く。
トーナメント初戦の頃はほぼ無名で、ミカ以外にこんな声をかけてくれる人間はいなかった。
だけど、バイブリンや道玄との激闘を経て、いつの間にか俺を応援してくれる人々がこんなにも増えていたのか。
よし――自信が湧いてきたぞ。
ミカの事は不安だが、まずは目の前の相手に集中しろ。
パパッと倒してミカを見つけ出す。
俺は決意を固めると、自信に満ちた表情で拳を高く突き上げた。
「オウオウ、やる気マックスって感じだナァ〜!!
役者は揃ったァ!それじゃあテメェ等、瞬きは厳禁ダゼィ!?
準決勝第二試合――開始ィイイイイーー!!」
ここで、舞台は少し前へと遡る。
「ハァ……ハァッ……ハァッ……!」
観客席を足早に抜け出したミカは、息を切らしながら"ある場所"へと向かっていた。
(確か…こっちの方向のはず……)
走り続けて少し経った頃、薄暗い通路を前にして、ミカは何かに気づいたようにピタリと足を止めた。
(なにこの匂い……鉄のような、いや……これは人の血……?)
一瞬、踏み入る事を躊躇するが、ミカは首をブンブンと横に振ると、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
この村においては、今やただの棒切れと化した自らの杖をぎゅっと握りしめると、恐る恐る進んでいく。
(来るなら来なさい……!魔法が使えなくたって……私も冒険者なのよっ……!)
だが、そんなミカの心配は意外にも杞憂に終わる。
そこには人や魔物の影はなく、がらんとした空間が広がっていた。
「ふぅ……良かった……」
胸を撫で下ろし、安堵の息をつくミカ。
そのままその場を後にしようとした瞬間、隅に転がっていた"あるもの"が、ふと目に止まった。
「このイヤリング…どこかで見た覚えが……」
そこには、血痕が付いたハート型のイヤリングがひとつ転がっていた。
日の差さない暗所のためすぐには分からなかったが、ミカはそれをゆっくりと手に取り確認した。
「これ……メロンネさんのものだわ……!それに、この血痕――」
ミカは、メロンネが直前の試合まで確かにこのイヤリングを身につけていたことを鮮明に覚えていた。
そして、この血痕の存在は――ここで間違いなく、"何か良くないこと"が起こっていることを告げていた。
「やっぱり、メロンネさんは自ら棄権した訳じゃない。
きっとここで何者かに襲われて――それで……」
頭の中を整理するように、ミカがひとりでに呟いたその時だった。
――ガタッ!
背後から物音がして、ミカは反射的に振り返った。
だが、そこには何もなかった。
「はぁ〜びっくりしたわ。こういう場所にいると、ちょっとした物音でもびっくりしちゃう」
安堵の息を吐くミカの背後から、冷たい男の声が響いた。
「念の為、跡をつけておいてよかった」
「えっ?――んぐっ!」
その瞬間、ミカは何かに口を塞がれる。
瞬く間に視界が暗くなり、体の力が一気に抜けていく。
(な、なんで――"アナタ"が……)
薄れていく意識の中で、最後にミカの目に映ったのは"見覚えのある男"の姿だった――。




