第四十七話『試練の一太刀』
道玄は再び瞼を閉じ、全身の神経を一本の刀へと研ぎ澄ませる。
次の瞬間、刀身を包む鞘からは抑えきれぬほどの神々しい光が溢れだし、ステージ全体を包んでいく。
ドシュゥウウゥゥウウウゥウウ――!!!
「オットォォーーーッ!!これは一体どういうことダァーーッ!?
ついさっきまでの激しい乱打戦の直後だというのに……まだこれほどの力を隠していたとはァアッ!
道玄、本当に何者だァアーーッ!?」
実況席のバッセイの声は、興奮と困惑で一層熱を帯びていく。
(くっ、すげぇな……これが伝説の剣豪の力……!)
押し寄せるエネルギーの奔流が、ステルの体をジリジリと後退させる。
だが――ここで退くわけにはいかない。
下半身に力を込め、そのまま勢いよく駆け出した。
「こ、これはスゴイことになったゾォ〜!!
なんと勇者ステルはこの光景を目の当たりにしながらもォ!!
一切臆せず立ち向かっていくその勇気ィ!否――漢気ィ!!
これはどっちが勝っても文句なしだゼェエエェイイ!!」
これで本当に勝敗が決まる。
絶対に避けれる保証?そんなものはない。
そもそも俺は、未だに道玄が刀を振っている姿すら見たことないんだ。
泣いても笑っても一発勝負。
最悪直撃をもらえば――俺の胴体は間違いなく真っ二つだろう。
だけど、それでも。
やる前から降参なんて、死んでも御免だ。
この戦いには、俺だけじゃなくパコの想いも背負っている。
誓ったんだ、絶対に助ける――と。
「こい!道玄――!!」
あと一歩踏み込めば、そこは道玄の射程圏。
全神経を研ぎ澄まし、ただ初撃をかわすことだけに意識を集中させる。
最初の一太刀――それさえ凌げば、必ず一瞬の隙が生まれる。
そこを全力で叩く。
「うぉおぉおおおおぉおおぉおお!!!」
「ホォ……臆せず向かってくるとは。天晴れじゃ」
低く洩らした声が空気を震わせる。
その刹那――道玄の瞼がこれでもかというくらいに開かれた次の瞬間、掛け声と共に神速の斬撃が解き放たれる。
「終ノ太刀――可夢偉ッ!!!」
(は、や)
ズバァァアァァァアンンンンン――!!
(わりい、おれ死んだ――)
道玄の繰り出したその斬撃は、もはや人体が為せる領域を遥かに超えていた。
その速度、実にマッハ6。
時速にすればおよそ"七千四百"キロである。
一流の投手が投げる剛速球がせいぜい時速"百六十キロ"前後だとすれば、その異常さがわかるだろう。
こうなれば、目で見て対応など
ステルはそこを――完全に見誤っていた。
決して道玄を過小評価していたわけではない。
だが、ここは異世界。
人外中の人外、それが伝説の剣豪――浅伊 道玄である。
そんな斬撃を一度でも受ければ、人体など容易く切断され、もはや爆散は免れない。
それが鋼の刀であろうと、ただの木刀であろうと、はたまた子供の遊び道具であってさえ。
道玄の一撃にかかれば、結果は変わらないのだ。
「……主の勝ちじゃ。儂の思いは、主に託す」
バキッ――!!!!ドォオオォオンンンンン――!!
だが、訪れた結末は予想外なものだった。
ステージ上に、ぽつりと立ち尽くす男がひとり。
もうひとりは、遥か彼方へと吹き飛ばされ、ステージ外で仰向けのまま天を仰いでいる。
誰が見ても明らかに、勝敗は決した。
「………だ、だん、だだん、四回戦のし、しょ、う勝者ハァ!!
ダークホースにして本大会の台風の目ッッ、"勇者ステル"ダァーーーーッ!!
バッセイが高らかに、ステルの勝利を告げた。
誰もが予想していなかった展開に、会場の時が一瞬止まったかのようだったが、やがて盛大な歓声が湧き上がる。
「キャーーーッ!!あんたならやれると思ってたわよっー!!」
ミカが声を張り上げ、ステージ上のステルに向かって叫ぶ。
しかし――この状況を最も理解していないのは、他でもない、当のステル自身だった。
「どういうことだ……?確かに俺は、切られた……ハズ……」
自らの腹部を何度もさすり確認するも、間違いなく切れていない、他のどこを見ても、切り傷の一つすら見当たらない。
それに拳に残る鉛でも殴ったような鈍い痛み。
あれは、幻覚……?
これはどういう事だ……?
俺は徐々に冷静さを取り戻すと、すぐに道玄のもとへと駆け寄った。
あの時は本当に必死だったから、振り上げる拳にも一切の容赦はなかった。
爺さんの体も、まず無事では済まないだろう。
「じ、爺さん!!大丈夫かっ!」
俺はゆっくりと首の後ろに手を回し慎重に道玄の体を起こす。
「ゴホッゴホッ……おいお主、もう少し……手加減せんかいっ」
か細い声で爺さんは呟いた。
「ごめん!俺必死でつい……」
「なぁに、心配するな。衝撃に備えて"硬化スキル"を発動しとる。それにしてもここまでとは……流石勇者……ゴホッゴホッ」
"硬化スキル"――あの殴った後に感じた鈍い感覚は、それが原因だったのか。
そんな便利なスキルまで持ってるなんて、本当に何者なんだ…
「もういい爺さん、今はゆっくり安静にしててくれ」
「よいよい、年寄りだからと気を遣っておるな?
これでもまだまだ現役じゃ、わい!」
そう言うと、道玄は俺の手を借りずにゆっくりと起き上がった。
そして向かって一言。
「儂の目的はお主に託した――頼んだぞ、勇者ステル」
その瞳には、混じり気のない揺るぎない信念が宿っていた。
「ああ、でもその前に一つだけ聞かせてくれ。
俺はあの時、確かに切られた感覚があったんだ。
でも――実際はこうして無事に立っている。
一体どういうことなんだ……あれは幻覚だったのか?」
「なぁに、答えはこれじゃよ…」
そう言って、道玄はおもむろに刀を俺に差し出した。
「ん……これがどうかしたのか」
「その刀、抜いてみい」
道玄に言われて、俺は少し首を傾げながらも慎重に刀を引き抜く。
すると――そこにあったのは、まったく予想外の光景だった。
「な――なんじゃこりゃあ〜〜!な、"何もない"じゃないか!」
そう、そこには言葉通り"何もない"のである。
刀の本体――つまり刀身と呼ぶべきものが一切存在しないのだ。
これでは人体を斬ることはおろか、そもそも斬るという行為すら不可能だった。
「ホォッホォッホォッ、やっと気付いたか!
よく出来とるじゃろう、コレ」
道玄は愉快そうに笑みを浮かべている。
「でも爺さん、こんなもの、一体何のために……?」
「そんなの決まっておる。そもそも儂は人を斬らんのだからな。
これはお主の覚悟を確かめる為のモノ」
「なるほどそういうことか!……とはならん!」
俺は答えが分かってホッとした気持ちと共に、予想外すぎるその答えに頭が混乱していた。
「ホォッホ!まぁまぁよいではないか。兎にも角にも、これから主は儂の想いも背負ってこのトーナメントを勝ち上がっていく必要があるのじゃ。任せたぞぃ」
「ああ、元よりそのつもりだが…まだ頭が少しモヤモヤするというか…」
「細かいことは気にするな。ほれ、次の試合が始まるぞ!」
こうして、俺は爺さんを背負い、ステージを後にした。
幸い致命的な一撃は受けていないため、次の戦いも万全に近い形で挑むことはできそうだ。
本当なら負けていた試合――そう思うと少し落胆する気持ちは隠せないが、切り替えろ。
それに爺さんが俺の覚悟を認めてくれたからこその勝利でもある。
優勝まで残り後少し。
俺はもう一度気持ちの帯を締め直し、次なる戦いへと向かっていくのだった――。
『第3回世紀末武道会』〜2回戦結果〜(○が勝者)
・第1試合
○ ロッソ vs. ガムバル猫 ●
・第2試合
○ メロンネ vs. アンフィル ●
・第3試合
○ ガッツォ vs. クルス ●
・第4試合
● 浅伊 道玄 vs. 勇者ステル ○




