第四十五話 『アクダインの思惑』
「…赤鬼?あいつはガッツォだぞ爺さん」
「ガッツォが赤鬼であるという確信はない。
だが、あのいかにも何かを隠したがっているような装いと圧倒的な力――可能性はある。
なにせヤツは、姿を偽りこの村に潜んでおるからな」
「…なるほど。ちなみにその赤鬼がトーナメントに出場しているっていう確証はあるのか?」
「"角"を、見た者がおる」
「角……?それは鬼の角か?」
「んじゃ」
道玄はゆっくりと首を縦に振り頷いた。
「それにあのアクダインと言う男……奴がこの村に現れてからおかしなことが続いておる……」
道玄は低くつぶやき、ゆっくりと語り始めた。
世紀末武道会――それはアクダインが開催した、今やこのワルバッカ村の名物となっている催しだ。
今回で、すでに三度目の開催を迎える。
第一回と第二回の優勝者は異なり、どちらも翌大会には姿を見せていない。
それだけならさほど不自然ではないのだが、問題はその後だ。
それは第二回・世紀末武道会の幕が下りたその夜のことだった。
太陽はとうに沈み、漆黒の闇が村を覆う頃――とある見物客の一人が、奇妙な光景を目にしたという。
それは、敗れた参加者たちを乗せ、ぎしぎしと音を立てながら進む、不審な馬車。
興味に駆られてその後をこっそり追ったところ……馬車はやがてアクダインの領館の門をくぐっていったらしい。
「一体……なぜそんなことを……」
「まだじゃ、話には続きがある」
道玄は真剣な眼差しで俺を見つめる。
「後日――敗れた参加者の数人が、奴隷市場の競売にかけられていたのじゃ」
「ど、奴隷市場……?それをアクダインが……」
俺は思わず息をのんだ。
だが、胸の奥にすぐさま疑問が浮かび上がった。
「……でも、なんでそんな回りくどいことをするんだ?
奴隷を集めるだけなら、わざわざ大掛かりな武道会なんて開かなくても、街中で攫えば済む話だろう」
「ただの奴隷であれば……そうじゃな。
だが奴隷というものにも等級が存在する」
「等級…?」
「そうじゃ。買い主の立場になって考えてみい。
料理も家事もそつなくこなす若い美女と、料理は下手、家事はからっきしの寝たきり老婆――さて、どちらを選ぶ?」
「それはあまりにも極端な例だな…まぁ言わんとしてることは分かった」
「じゃろ。奴隷等級の基準は、無論見た目の良し悪しもある。だが重要なのは、その者の能力じゃ。
強靭な肉体の持ち主は、それだけで希少価値が跳ね上がる」
屈強な男の奴隷……か。
「う〜ん、逆にやり返されたりしそうだけどな」
「それができぬのが"奴隷"じゃ。
奴隷とはいわば服従の契約。
契約の魔法によって、主人には絶対の忠誠を尽くさなければならない」
服従の契約魔法……魔法の使えない俺でも、それがどれほど強力な魔法なのかは、なんとなく分かる。
「でなければ、赤鬼程の魔物を手懐ける事など不可能じゃ」
「ということは…アクダインはそんなとんでもない魔法を使えるのか?」
俺の問いかけに、道玄は少しの間もなく答える。
「無理じゃな。だからこそ――この話は闇が深い」
道玄はそう低くつぶやき、ふと俺の肩越しに遠くを見やった。
その視線の先には、高台から悠々と会場を見下ろすアクダインの姿があった。
「話は終わりじゃ。正直、この噂の真意は儂にも分からぬ。
だが少なくとも、この武道会には何かがある。そして前回前々回の優勝者は恐らく赤鬼――。
儂は故郷の仇、そしてこれ以上似たような被害を生まぬために出場しておる」
そう言う道玄の眼差しは真剣そのもので、仇を討つという確固たる意志が伺えた。
「……爺さんの覚悟はよく分かった」
「……そうか。さすれば悪いことは言わん。
儂もここからは真剣を使う。命の保証はできな」
「だが――俺も勝利を譲るわけにはいかない」
俺は爺さんの言葉を遮るように力強く言い放った。
「お主……!!」
「でも安心してくれ。仮に俺が勝ったとしたら、爺さんの代わりにその赤鬼とかいうヤツは俺がぶっ倒してやる。
ついでに元凶のアクダインもまとめてなっ!」
「……」
道玄はしばらく黙って俺を見つめていた。
そして突然、口を大きく開き高らかに笑い出した。
「ほぉーっほぉっほぉっほぉ!それはまた、頼もしいのう!
お主のその真っ直ぐな瞳、相当な覚悟が伝わってきたわい!
ならばお互い全力じゃ!どっちが勝っても恨みっこなし、存分にやり合おうぞ!」
「ああ、やろうぜ爺さん!」
こうして、俺たちはお互いの拳を固くぶつけ合い、正々堂々と闘うことを誓い合った。
浅伊 道玄。
伝説の剣豪と呼ばれたのは今は昔。
だが、俺より一回り小さいその拳からは、長年の研鑽と覚悟からくる重みが確かに伝わってきた。
「お待たせしたゼェイイイイイ!!
二回戦の最後を飾るのは、この二人だァァアアアーー!!」
バッセイの盛大なアナウンスと共に、俺と爺さんはステージ上へと上がっていく。
アクダインの思惑と、このトーナメントのどこかに潜んでいると言っていた凶悪な魔物・赤鬼。
優勝してパコを取り戻すだけでは、根本的な解決には程遠い。
それでも、今はまず――この試合を勝ち抜くことが絶対条件だ。
俺は拳を強く握り締め、深呼吸を一つ。
覚悟を決めて、俺は爺さんへと向き合った。
「それじゃあテメェ等、瞬きは厳禁ダゼィ!?
二回戦最後の第四試合――開始ィイイイイーー!!」




