第四十四話『黒幕』
「フゥ……なんとか間に合ったな」
控え室を足早に出た俺は、自らの試合が始まる前に、一足先にステージ裏へとたどり着く。
「よし、ここならじっくり観察できる」
そう、ここはいわば特等席。
前回はギリギリまで腹痛と格闘していたせいで、他選手の試合をまともに見ることはできなかったが、今は違う。
決勝トーナメントは武器の使用が認められているルールだからこそ、事前の観察は何よりも重要だ。
情報アドバンテージの重要性――戦いは常に一発勝負。
「知りませんでした」は通用しない。
とにかく1%でも勝率を上げるために。
俺はスクワットで足腰を温めながら、ステージ上の一挙手一投足に目を凝らした。
「それではァッ!二回戦、第三試合をはじめるゼェェエエイ!!」
バッセイの掛け声が会場に響き渡る。
「まずはこの男ォ! 一回戦で狼男ジャックを一切寄せ付けず、圧倒的に叩きのめした実力者!
まとったローブの内には、果たして何を秘めているのか――!?
ミステリーガイ・ガッツォォオオオオオゥ!!」
全身をローブで覆った大柄の男が、ゆっくりとステージに現れる。
相変わらず、その表情は隠れており読み取れない。
「対するはァ!本大会一ッ!
圧倒的女性陣の支持を集めるイケメンファイター!
彼のファンクラブ会員はユーディリア大陸全土にまで拡大中ッ!
オレ様ロマンティック・リーダー! クルスーーッ!!」
「キャーーーーッ!!」
悲鳴のような黄色い声が会場を揺らし、その歓声を背に金髪のハニカミ男・クルスが華やかに登場した。
「これは、オレの為に集まってくれたロマニスト(ファンの通称)達に捧げる!見ていてくれ、このオレの戦いぶりをっ!」
そう言いクルスはくるりと軽やかに一回転すると、次に振り返った時には、口に真紅のバラを咥えていた。
そしてそのまま、ステージ上に設置されたカメラに向かって、ウィンク一閃!
……ナルシストもここまで突き抜けると、もはや清々しいというかなんというか。
対するガッツォは対照的に、まるで置物の様に微動だにしていなかった。
「それじゃあ――いくゼェェエエイ!! 二回戦・第三試合、開始ィイイイイ!!」
バッセイの咆哮が轟いたその瞬間、疾風の如き勢いで一人の男が駆け出す。
予想外にも、それはクルスではなく――沈黙のローブ男・ガッツォだった。
「早いな」
音を置き去りにするほどの、鋭い蹴撃がクルスを襲う。
狙いは頭部、まともにくらえば一撃でおねんね確実だ。
バチィンッ!!
だが、クルスも見かけ倒しの男ではなかった。
ガッツォの一撃を両腕でしっかりと受け止め、ガッチリと右脚をホールドする。
「フッ……甘くみるなよ。そんな単調な攻撃、オレには通用しない」
余裕の笑みを浮かべたクルスは、掴んだ脚を離すどころか、むしろさらに強く握り直すと、そのまま、全身を軸にして勢いよく回転を始めた。
「アイツ……見た目の割にすげぇ力持ちだな」
俺は思わず素直に感心する。
ぐるん、ぐるん、ぐるん――みるみる内に加速していく。
そして、何度目かの回転の末。
「うおおおおらあッ!!」
力強い掛け声と共に、クルスは遠心力を最大限に活かし、ガッツォの巨体をこれでもかと投げ飛ばしたのだ。
それは弧を描く流星のように、ガッツォの体が空中を舞う。
「ほぉ――やりおるなあの若造」
と、背後から不意に聞こえたしゃがれ声。
俺は思わず振り返る。
「ん?アンタは確か……」
そこに立っていたのは、年季の入った風貌の老人だった。
坊主頭には深く刻まれた皺。
腰はくの字に曲がり、一度風に吹かれればいともたやすく倒れてしまいそうに見えるが、その眼光だけは爛々と鋭く光を放っていた。
「浅伊 道玄…だったか」
「よく覚えておるな」
「ああ、この世界では珍しい名前だしな。それにアンタのことは一回戦の時から知っていた。伝説の剣豪だったんだな」
「フン…それは今から三十年以上も昔のことじゃよ。
今は見ての通り――刀を握るのもやっと、腰もこんなに曲がってしもうた」
そう言って、道玄は自嘲気味に自らの腰を指差した。
その脇には、長年使い込まれた日本刀のような一振りが、静かに携えられていた。
「騙されないぞ。一回戦でアンタの動きはよく見てる。
あの素早い身のこなし、どうみたって只者じゃない」
「ほぉっほぉっほぉ……中々、正直な若造よの」
道玄は喉の奥で笑いながら、穏やかな目をこちらに向けてきた。
「確か……"ステル"といったな。お主の目的はなんじゃ?」
「俺の目的は――優勝すること、ただそれだけだ」
そう言い切ると、俺は道玄をまっすぐに見据えた。
「……それに、次の対戦相手は爺さん――アンタだ」
道玄の表情が微かに揺れる。
「悪いが、俺には絶対に負けられない理由がある」
その眼差しに、一切の迷いはない。
一瞬、二人の間に緊張感が走る。
だが、その緊張をゆっくりと解く様に、道玄はふっと肩の力を抜き笑みを浮かべた。
「なぁに、そう身構えるでない。
こうしてお主の元を訪れたのは、宣戦布告でも何でもないわい」
ゆったりとした口調で言うその声音には、どこか達観した響きがあった。
「それに儂はな……もとより、この大会での優勝なぞに興味などない」
「……なんだと?」
思わず眉をひそめる。
「じゃあ、爺さんは――なんでこの大会に出場したんだ?」
「それはの、この試合を見ていれば分かるや――」
と、道玄が最後まで言いかけたその時だった。
ドガァアァァアアン――!!!
すぐ近くのステージ上からとてつもない轟音が響き渡り、俺は思わず振り返ると、ステージ上にクルスの姿がない事に気がつく。
そしてその理由はすぐに分かった。
「ぐぅ……はっ……!」
ステージから遠く離れた壁際、その石壁に磔になったような格好で、クルスは完全に白目を剥き気絶していた。
彼の背後の石壁は粉々に砕け散り、崩れた瓦礫が辺りを覆っている。
その衝撃がいかに凄絶であったか――もはや説明不要の光景だった。
そして勝敗が決したことを告げる様に、バッセイのけたたましいアナウンスが会場に響き渡る。
「ダァーーッとォ!相手のクルスも善戦したが強烈無比なカウンターで勝利を手にしたのはこの男――ミステリーガイ、ガッツォオォオオオォゥ!!」
まさに予想外――それは、一瞬の出来事だったのだろう。
誰もがその展開に追いつけず、会場全体がぽかんと口を開けたまま、静まり返っていた。
少なくとも、俺が見ていた限りでは、流れはクルスに傾いていたはずだ。
「恐らくガッツォが――儂がこの大会に出場した理由じゃよ」
「……なに?」
予想外の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
そんな俺の反応はよそに、道玄は続ける。
「儂の目的はただ一つ。かつて故郷を滅ぼし、多くの命を奪った災厄の魔物――赤鬼をこの手で討つことじゃ」
その瞳に宿るのは、武人としての誇りでも、勝利への執念でもない。
ただひとつ、静かに燃え盛る様に揺らめく―復讐の炎だった。




