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第四十二話 『無尽蔵の胃袋"バイブリン"』

「うおおぉおおおおぉおおッ!!」

開始の合図と同時に、俺は一気にアクセル全開で突っ込んだ。

……が。

かくいう相手・"バイブリン"はというと、俺に背を向けステージの上でドカッと座り込んで、呑気にホットドッグをバクバクと頬張っていた。


「いや、もう始まってるぞ試合」

俺は思わず立ち止まり呆れていた。

その問いかけも虚しく、バイブリンはまるで試合が始まったことすら気づいていないかのように。

どんどん食べる。

まだまだ食べる。

積み上がったホットドッグが、みるみる吸い込まれていく。

「何しにきたんだよコイツ……」

その姿はもはや戦士ではなく、ただのフードファイターである。

バイブリン――大食い王だかなんだか知らんが、ここはレストランでも食堂でもない、戦場だ。

……悪いが、一回戦は楽をさせてもらう。

一瞬、拍子抜けした気持ちをグッと引き締め、不本意ではあるが、背後から容赦なく前蹴りを叩き込む。


「御免っ!」


ブヨヨヨヨ〜ンンッ


「なっ……!?!?」

次の瞬間、信じられない感触が俺の足を襲うと共に、なぜか蹴ったはずの俺の方が、吹っ飛ばされていた。

まるで、自分の蹴りの衝撃がそのまま反射して返ってきたかのような、ありえない弾力。

 

「まずい……!」

必死に体勢を立て直し、どうにかステージの端っこで踏みとどまる。

あとほんの数センチずれていれば、そのままリングアウトするところだった。

そんな俺とは対照的に、蹴られた側のバイブリンの方はというと――まるで何事もなかったかのように、相変わらずバクバクとホットドッグをむさぼってやがる。


(どうなってんだヤツの体は……?もしかして、一回戦もこんな調子で勝ち上がってきたのか!?)

クソッ……!

一度でダメなら、何度でも――!

……そう思ったが、そこで俺はふと立ち止まった。

さっきの一撃は、間違いなく容赦ない全力の攻撃だった。

だが、案の定(バイブリン)には一切通用している様子がない。

組み技の類も一瞬考えたが――あの巨体、そして分厚い脂肪の鎧。

関節技は勿論のこと、バイブリンの首はもはや、"存在しているかすら怪しい"レベルで埋もれている。

(あれじゃ締め技は通用しないな……)

闇雲にぶつかっていっても、結果は同じ――最悪こちらがリングアウトする危険性まである。


(う〜ん……どうしたもんか。)

気がつけば俺は、バイブリンと同じようにリングの端に座り込み、座禅を組んで考え事にふけっていた。

その異様な光景に、ついに実況・司会のバッセイがしびれを切らしたように声を上げた。


「おお〜〜っとォッ!!? これは一体全体どういうこったァーー!?

お互いに背中向けて、やる気ゼロかァーー!?」

バッセイの声が響き渡る中、会場も騒然。

ついには「やる気あんのかコイツラァ!?」と罵声を飛ばす観客まで現れる始末。

その様子を見て、ミカは不安げな顔でステージを見つめていた。

 

(ステルのヤツ、大丈夫かしら……突然座って目を瞑って考え込んじゃったけど……もしかして、これも何かの作戦なの……?)

そして少しの沈黙の後――俺はパチッと目を開き、身体を起こした。

そして無言のまま、一直線にバイブリンの方へと歩み出す。

その様子を見て、ミカはひとまず安堵する。

(よかった!ちょっとヒヤヒヤしたけど、きっと何か打開策を見つけたのね……!)


そして俺は、バイブリンの目の前へとたどり着くと――無言で手をゆっくりと伸ばし、ホットドッグを一つ手に取る。


そしてそのまま、ガブリッ!

ためらいもなくかぶりついた。

「うまい! うまい! うまい!」

一つ、また一つと。

まるで先ほどまで腹痛で倒れていた男とは思えないペースで、

凄まじい勢いで胃袋へと放り込んでいく。

 

「って――なにやってんのよステル(あのバカ)ッ!?

いくら攻撃が通用しないからって、アンタまで食ってどうすんのよ〜ッ!」

ミカの叫び声も虚しく、両者のホットドッグを食べるスピードは指数関数的に上昇していく。

気がつけば、さっきまで積み上がっていたホットドッグタワーはみるみるうちに減っていき――残すところあと一つとなっていた。

その最後の一つにバイブリンが手を伸ばそうとしたその時、俺はすかさずスッと奪い取った。

その瞬間。

それまで一言も発さず、ひたすらにホットドッグをむさぼっていたバイブリンが――ついに動いた。


「おいオマエッ!!それはオイのもんだ、返せェェ!!」

食い意地全開の目でこちらを鋭く睨んでくる。

よし、ここまでは作戦通り。


「確かにこれはバイブリン、お前のものだ――だが断る」


「ナニッ!!」

俺は、そんなバイブリンの反応など一切気にも留めないといった様子で、最後のホットドッグを、あえてゆっくりと美味そうに味わって頬張った。


モグモグ……モグモグ……。

「プッハァーーうまいっ!やはり"最後の一口"ってのは格別だなぁ!」

すると次の瞬間。

ズズンッ!!

さっきまで座りこんでいたバイブリンの巨体が、重々しく立ち上がる。


「おのれぇ……世の中には、やっていい事とやってはいけない事がある……」

そういうバイブリンの形相は、まさに鬼。

顔を真っ赤に染め、目を剥き、鼻息はまるで蒸気機関車。

地響きを立てながら、ドスドスドスッ!!

ものすごい剣幕で一直線に俺へ向かって突進してくる。


「オオットォーー!! ここでようやく試合が動き出したァァーーッ!!

最後の一口を横取りされた怒り、これはもはや人類共通の悲劇ッ!!

バイブリン、怒り心頭の猛突進だァーーッ!!」

 

「今すぐ吐き出せェエェエエェエ!!

さもないと……オレが力ずくで吐き出させてやるゥゥゥ!!」

そして、何としても俺を捕まえようと――バイブリンは巨体を揺らしながら、両腕を大きく広げ、のしかかるように迫ってくる。


「ちょこまかと、こざかしいわァァア!!」

だが――その動きは、遅い。

あまりにも遅い。

俺はひょいと軽く体をひねるだけで、そのぶっとい腕をなんなくかわしてみせる。

そして徐々に、ステージの端へと誘っていき――バイブリンが両手を広げ掴み掛かろうとした一瞬の無防備な隙を、俺は逃さなかった。


「隙ありっ!」

俺は即座に左脚を振り上げ、そのまま力強く蹴り上げた。

狙いはもちろん――急所。

どれだけ脂肪で全身を包んでいようと、そこだけはどうにも守りきれない。

男の最大の弱点――股間である。

こればかりは、どれだけ鍛えようと意味がない。

鍛錬も技術も、脂肪の鎧も関係なし。

たとえ直接当たらなくても、伝わる衝撃だけで魂が抜けるレベルの痛みが襲ってくる。


コカァンッ!!

これ以上ない綺麗な金的が炸裂した。


「うぬいっぷっ!!?」

……と、もはや言語とは呼べない悲鳴を上げ、両手で自らの股間を抱え込んだ。

そしてそのまま白目を剥いたかと思うと、巨体はぐらりと傾き、バランスを失ったかと思えば――ズシィィィーン……!!!

地響きを立てながら、四メートルを超える肉の塊は、そのままあっけなくステージの外へと沈んでいった。


「ダァアァアットーー!!ここでバイブリンがリングアウトッ!

そもそも完全に気を失っていた気もするガァー!?

細ケェことは気にすんなァ!この試合を勝ち抜いたのは――ダークホースにして本大会の台風の目ッッ、"勇者ステル"ダァーーーーッ!!」


「ウォオオオオォオオオーーッ!!」

バッセイの掛け声に呼応するように、会場のボルテージがさらに一段階跳ね上がる。

観客たちの興奮は最高潮。

奇想天外な決着劇に、誰もが度肝を抜かれていた。


ひとまず、これでベスト8。

優勝までは、あと3戦。

幸いにも今回の試合では、ほとんどダメージを負わずに済んだ。

これはデカい。

何しろ、1Dayトーナメントの過酷さは、"体力の温存"こそが勝敗を分ける。

致命的なケガでも負おうものなら、その時点で次戦は最悪不戦敗。

仮に出られたとしても、手負いの状態で勝ちの望みは相当薄い。

俺は次の対戦相手を思い浮かべながら、静かに控室へと戻っていった――。

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