第四話 『ゴブリンの巣窟にて』
「ス、ステル!後ろっ!」
ギャアォウッ!!
仲間をやられた事に激昂したのか、周りにいた他のゴブリン達が勇者ステルへ一斉に飛びかかった。
「遅い、それに単調だ」
俺はゴブリンの振り下ろした棍棒を間一髪避けると、そのまま体を捻りゴブリンのふくれた腹へ強烈な蹴りをお見舞いする。
ゲボァアッ!!
一体、二体、三体…続け様に戦闘不能へと追い込む。
あっという間に、残るはホブゴブリン一体となった。
「よし、後はお前だけだな」
「近寄ルナ゛!コイツガ、ドウナッテモイイノカ!?」
ホブゴブリンはミカを人質に取り、首筋へ爪を立てそう脅す。
ゴブリン達は知性が低く、人語は話せない様だったが、コイツは少し違う様だ。
それにしても、やっぱりこうなるのか…
だから俺は、一人行動が良かったんだ……!
「分かった分かった、降参だ。邪魔して悪かったな。
俺たちは出ていくから、その人を離してくれ」
俺は観念した風に、両手を上げ降参の構えをとってみせる。
ホブゴブリンはその隙を見逃さずに、突然大声で奇声を発した。
「∴∇ギ◯ィ×ッ∮∝!!!」
俺にはさっぱり聞き取れなかった。
これは、ゴブリン語なのか…?
「おい、伝わる様に話せ!」
俺は正直にそう言った。
「ギャハハ、イマ、仲間ニ信号ヲ送ッタ。
コノ洞窟ニハ、ゴブリンガ百、ホブゴブリンハ十体イル。
後数秒モ経タナイウチニ、オマエラハ終ワリダ!!」
「何ですって!?事前の情報と違う……!
ステル、今すぐここから逃げるわよっ!」
「ギャハハハッ!モウ遅イ……!男モ女モ、平等ニ遊ンデヤルカラ安心シロ……ギヒヒヒャ」
ホブゴブリンのその言葉を最後に、周囲には暫しの沈黙が訪れた。
何秒経とうとも、ゴブリン達の足音はおろか、生物の気配すら感じない。
「ギヒヒ、ヒャ……?ナゼダ……?ナゼ、誰モコナイ?」
ホブゴブリンは怪訝な表情を浮かべる。
「あ〜奥の奴らの事か?それならもう全員倒したぞ。
そのゴブリン達から生成された石?みたいなのを片っ端からゴミ箱に放り込んでたら、予想外に時間がかかってしまった」
勇者ステルはあっさりとそう答えた。
「バッ、バカナッ!!最奥には"ゴブリン ロード"様モイタ筈!アノカタガ負ケル筈ハ…」
「あの趣味の悪い骸骨の首飾りをしてた奴か?
アイツは腹に一発お見舞いしたら、腹下してゲーゲー言ってなんやかんやあって死んだぞ」
「ナンヤカンヤアッテッテ……ンナワケアルカッ!」
ホブゴブリンは声をしゃがらせツッコミを入れる。
「とりあえず、お前の仲間はもういない。分かったらミカを離せ。そしたらお前は、見逃してやる」
俺はキメ顔でそう言った。
「ギイィイ……コウナッタラ、女モロトモ道連レニシテヤルッ!
アノ世デ悔イルンダナッ!!」
ホブゴブリンはそう叫ぶと、乱暴にミカを突き飛ばした。
「痛ッ!」
続けて、空いた両手で腰に備えついている皮製のポーチから、謎の黒い球を取り出した。
「なんだそれは」
「コノ洞窟ゴト、爆破シテヤルッ!!」
「なんですって!?」
「死ネェエエェエエェエッ!!!」
ホブゴブリンは爆弾のピンを外すと、勇者ステルへ目掛けて勢いよく放り投げた。
「もう終わりよ!ゴブリンの巣窟なんて来るんじゃなかった〜!!」
ミカは諦めた様に、涙交じりの声で叫声をあげる。
爆弾が爆発するまで、三、ニ、一。
ポンッ!
「え」
ミカの情けない声がこだまする。
それは、爆発の音とは思えない、拍子抜けたポップな音。
「ドウ、ナッテル…?」
ここで、一人の男が口を開く。
「便利だろ。これが俺のユニークスキル:断捨離だ!」
「ダン…シャリ?」
ホブゴブリンはキョトンとした表情でそう呟く。
爆弾が直撃するその瞬間、ステルはユニークスキル:断捨離を発動した。
結果として、爆弾が爆発するよりも先に、ステルのスキルが発動し、爆弾ごと断捨離したのだ。
「俺に物理攻撃は通用しない。それは奥のゴブリン達との戦いで学んだ。諦めるんだな!」
「バ、バケモンガ!オボエテローー!!」
そういって、万策尽きたホブゴブリンは、洞窟の出口へと一目散に逃げ去っていった。
「ステル、追いかけなくていいの?」
「ああ、無益な殺生は趣味じゃない。
それに今回の一件でアイツも懲りたろうさ。
もう人間の村や町を襲うことはないだろう」
「なにはともあれ良かったーっ!私もう絶対助からないと思ったわよ!それにそのスキル、そんな便利だったなんて…伊達に勇者として選ばれただけの事はあるわね」
「ああ、そうだな」
ふぅ、なにはともあれ一件落着といったところか。
一時はミカを人質にとられ窮地に陥ったが、機転を利かせてなんとか生き延びることができた。
ユニークスキル:断捨離。
この力は、俺が思った以上に有能だと実感した。
「…ミカ、そんなことよりお前、ほとんど"丸出し"だぞ。アマゾネスにでも転職したのか?」
「え、?」
ステルに言われて、ミカはハッとする。
緊迫した状況だった事もありすっかり忘れていたが、今の格好はほぼ下着……いや半裸同然であることを。
途端に、ミカの頬は沸騰した様に赤面する。
「……ッ!ア、アンタに言われたくないわよっ!!!
この半ケツ断捨離男!捨ててばっかいないで、貸せる服の一つや二つくらいあるでしょう!?」
「あるわけないだろう。おれはこの通りだ」
ステルは両手を広げ、何もないというジェスチャーをする。
「公共衛生上の理由で、布切れ一枚は腰に巻いてるが、そんなに言うならこの中も見るか?」
「見るわけないでしょこの変態半ケツ断捨離男ー!!!」
こうして、色々あったが俺たちの初めてのダンジョン攻略は、成功に終わった。