第三十八話 『決意』
世紀末武道会の一回戦を終えたその夜。
俺は決勝トーナメントに向けての疲労回復を最優先に、軽く夕食を済ませると風呂に入り、早めに部屋へと戻っていた。
ベッドに腰を下ろすと、同じく簡素な身支度を終えたミカがそばに座る。
「改めて一回戦突破おめでとっ!ステルなら楽勝だって信じてたわ!」
「……ああ。ありがとな」
俺がうなずいても、ミカはじっと俺の横顔を見つめたまま動かない。
そして、ふいに眉をひそめ俺の顔を正面から覗き込む。
「ちょっと、どうしたのよそんなに浮かない顔して」
その言葉に、俺は思わずふっと目を伏せた。
「……ミカも見ただろ。優勝景品――パコが鎖に繋がれて、まるでモノのように扱われていたこの光景を」
一瞬の沈黙ののち、ミカは小さく息を吐いた。
「ええ、見たわ……あんなの、絶対に間違ってる。
もしあれがパコじゃなくて、他の誰かだったとしても――同じことよ。
奴隷なんて、そんな一方的で理不尽な仕組み……この世界から無くなればいいのに」
その横顔には、怒りと悲しみが混じっているようだった。
さっきまでとは違い、悲しみをはらんだその表情に、俺はミカがあえて強がって明るく振る舞っていてくれたんだと理解した。
「ミカの言う通りだ。だからこの武道会の開催は、これで最後にしないといけない」
「え、それってどういう意味…」
「そのまんまの意味だ。優勝してパコを取り返した後、俺はそのままこの腐った武道会を企画した張本人――"アクダイン"を引っ張り出して、挑戦を挑もうと思ってる」
俺は力強い表情でミカの方へ向かって告げた。
ミカは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情が変わる。
まるで何かを吹っ切ったように、俺の手をぎゅっと握りしめてこう言った。
「……そうね。一瞬、『それは無茶よ』って言いかけたけど――やっぱり私も、あの“アクダイン”って奴だけは許せない!」
その瞳には、烈火のような怒りが宿っていた。
「それに。私は武道会には出てないから、MPも有り余ってるの!
だから安心しなさい! 私の炎魔法で――ジリジリと炙り焼きにしてやるわっ!」
「いや、炙り焼きは駄目だろ。できれば話し合いで解決したい。
それにミカ、お前は確か魔法が――」
俺が言い終える前に、ミカの顔がピタリと止まる。
その瞬間、何か重大なことを思い出したように、彼女は口元に手を添えた。
「……いけない。すっかり忘れてたわ……
今の私は魔法のひとつも使えない、ただの"いたいけな美少女"…」
「いや、“いたいけな美少女”って自分で言うなよ」
「うっさいわね!そんぐらい言わないと情けなくてやってられないのっ!」
ミカはふんっと鼻を鳴らすと、拳をぐっと握りしめた。
「いいわよ、魔法がダメならその“アクダイン”って奴に、せめて一発くらいはぶち込んでやるんだから!」
「そうだな、その意気だ!」
俺はミカの勢いに背中を押されるように、拳を握りしめて言った。
「よし、まずはそのために……明日、必ず優勝してみせる!」
「ええっ!」
ミカは力強く頷いて、笑顔を浮かべた。
「今日よりも、もーっと大きい声で! 私も全力で応援するわよーーっ!」
ミカがそう言って拳を高く突き上げると、なぜだか俺もつられて笑ってしまった。
なんてことない会話だけど、胸の奥がじんわりと温かくなる。
明日の決勝戦を前に、俺たちは再び互いを奮い立たせるように、二人で誓いを交わした。
振り返ってみれば、パコが突然攫われて、なんの準備もないまま参加することになったこの"世紀末武道会"。
正直、最初は自分でも何をしているのか分からなかった。
でも今は、少しだけ分かる気がする。
ああ、そうか――俺はひとりじゃない。
背中を預けられる仲間が、ここにいる。
それが、こんなにも心強いなんてな。
今まで知らなかった感情が、胸の内に確かに芽生え始めていた。
「待ってろパコ。必ず助ける」
俺はベッドの上で一人小さく呟くと、そのままゆっくりと眠りに落ちていった――。
場面は変わり――薄暗いどこかの地下室。
ギィー……と、錆びついた扉が不気味な音を立てて開かれる。
中に足を踏み入れたのは、帽子を深く被った一人の男。
影に覆われたその顔は伺えない。
「ビョーッビョッビョ!帰ったか。
流石はワガハイの所有物だ。
傷一つなく一回戦を終えるとはなァ!」
気味の悪い笑い声と共に、ソファに腰掛けた肥満気味の男がそう言う。
「ビョビョ……して赤鬼よ。
今回も出場者の中に、めぼしいやつはいたか?」
問いかけに応えることなく、赤鬼は無言のまま、懐から一枚の紙を差し出した。
男が受け取って広げると、それは今大会の出場者リストだった。
名前の横には、それぞれの年齢や職業が簡素に記載されている。
すでに脱落した者には、鮮やかな赤で×印が打たれていた。
「ふぅ〜む。赤鬼は相変わらず基準が厳しすぎるなァ」
男はリストをめくりながら、少し困った様子で呟く。
「別に、ワガハイの“右腕”を探してこいと言ってるわけではないのだぞ?使い捨てでよいのだ、使い捨てで」
男は最後に重々しいため息をひとつ吐くと、手元の紙をバサリとソファに投げ捨てた。
「まぁよい……副産物ではあるが、今回も観客の中にワガハイ好みのおなごを何人か見つけた。
ビョビョッ!!明日の決勝が終わったあとは、そやつらで朝まで楽しむとしよう――」
肥えた男の唇が、どす黒い笑みに歪む。
その瞳には、まるで獲物を前にした肉食獣のようないやらしい光が宿っていた。
地下室の空気が一層淀み、錆びついた鉄の匂いが鼻をつく。
決勝戦の裏で、また一つ不穏な影が動き出す――。




