第三十七話『立ちはだかる壁』
「ウフフ♡ ステルのこと気に入っちゃったわ♡
ダ・カ・ラ――他のダレカに横取りされるなんて許さない」
"Mr.クイーン"ことメロンネは、薔薇を口に咥えながら、ステルに向かってゆっくりと歩き出した。
ピンヒールの音が徐々に近づいてくる。
カツ、カツ、カツ――。
「おっと……逃げちゃダメよぉ?今夜の主役は――あなたなんだから♡」
みるみる内に距離を詰めてくるメロンネ。
その姿は一見すると優雅だが、それ以上に全身から放たれる圧倒的な"威圧感"がステルを襲う。
「コイツは今までのモヒカン共とは違う…只者じゃないオーラだ」
俺は体勢を立て直すと、静かに構えをとりメロンネへ向き合った。
その直後――
「フンガッ!!」
メロンネの低い掛け声と共に、再び襲いくる強烈な回し蹴り。
さっきは不意を突かれたが、今回は違う。
俺は真正面からガードの構えを取り、しっかりと身構えた。
バチィンッ――!!
「くっ……なんだこの強烈な蹴りは……!!」
まるで雷撃――いや、まさに直にイナズマをぶち込まれたような衝撃が、俺の全身を駆け巡る。
だが――ただやられっぱなしってワケじゃあない。
俺はその一撃を正面から受け止めると共に、その脚をガッチリと掴んだ。
そしてこのまま勢いよく投げ飛ばそうとしたその時。
「ふふっ、いきなり抱きしめるなんて……大胆ね♡」
メロンネが挑発的に笑ったその刹那。
グルゥン――!!
「なっ……!?」
突如として、俺の視界がぐるりと天地ごと反転する。
「でも――お楽しみは夜までお預けよ♡」
甘く囁くような声と共に、メロンネは自らの脚を俺ごと大きく振り上げ、華麗に身体を軸に回転させた。
その動きから生まれた凄まじい突風に、思わず俺の手が脚から離れる。
いや、“離した”んじゃない――“吹き飛ばされた”に近い。
目まぐるしく回転する視界。
次の瞬間、俺の目の前には地面が現れる。
「くっ……!!」
間一髪のところで、俺は両手で地面をつき、反動を利用して起き上がった。
(くそ……どうする……)
パワーもスピードも、どう見たってあちらが上。
真正面からぶつかって勝てる相手じゃない――それは、わずか数合で身をもって思い知らされた。
こんなことは初めてだ。
これまで素手での戦いでここまで圧倒されたことはない。
少なくとも――あの祖母《サバイバ婆》以外には。
だが、俺も男としてここで引くわけにはいかない。
断捨離スキルがない今だからこそ、全力でぶつかり合うことが出来る。
好敵手……いい響きだ。
俺はこんな状況にも関わらず、不思議とワクワクしていた。
「やるなメロンネ。
生身の人間でここまで強いヤツはお前が初めてだ(祖母を除く)」
俺は再び構えを取ると、メロンネへ向かってそう呟いた。
「あらヤダァ♡褒めても何も出ないわよ」
と、メロンネは頬をほんのりと赤らめながら、くねくねと艶かしく腰を揺らす。
だが、一見隙のある様に見えるその仕草には、まったく油断の色がなかった。
「今度は、こっちからいくぞ」
その一言と共に、俺はメロンネへ向けて一直線に駆け出した。
踏み込みと同時に、渾身のストレートを真正面から叩き込む。
バチィッ!!
肉と肉が激しくぶつかり合う音が響き渡る。
(硬い…なんて鍛え上げられた筋肉だ)
拳に伝わってきた感触は、まるで鋼の壁。
まったく怯む様子のないその肉体に、俺は思わず一瞬たじろぐ。
だが――ここで引くわけにはいかない。
すかさず、相手の反撃を許さぬように、追撃の拳を三発、立て続けに叩き込んだ。
バン! バン! バンッ!!
「いい拳ね。力だけじゃなく、魂がこもってる――そういう熱い男は大好物よ♡」
まるでこの戦闘を楽しむかのように、メロンネは微笑んでいた。
続けて、メロンネから反撃の拳が繰り出される。
まともに受けてはタダでは済まない。
俺は冷静にその拳筋を見極めると、間一髪のところで身を翻し回避した。
「まだまダァー!!もっと楽しませて頂戴!!」
なおもメロンネからのラッシュは止まらない。
その拳、秒間にして六発。
目にも止まらぬ乱打が、暴風のように襲いくる。
だが――俺も引かない。
「ああ!望むところだっ!」
殺到する拳の雨を、紙一重でかわしながら、隙を見ては的確にカウンターを叩き込む。
狙うのはボディ――それも肝臓と胃。拳を内側へ深く潜り込ませるように、じわじわと効かせていく。
一撃で倒すような派手さはない。
だが、こういった"内側から削る"攻撃は、後々ボディブローのように効いてくる。
(踏み込みすぎるな……深追いは命取りだ)
自分に言い聞かせながら、俺は冷静に距離を測る。
前のめりになりすぎず、だが確実に一発ずつ打ち込む。
そうして少しずつ、相手のスタミナを削っていく。
焦らず、的確に――まるで獲物を追い詰める狩人のように。
「おいおい…アイツら風船の事すっかり忘れてないか?」
会場の誰もが、ここはボクシング会場かと見紛う程に、二人は頭の上の風船のことなどそっちのけで、戦いを純粋に楽しんでる様だった。
ドカッ!バキッ!ズガガガガガッ!!
拳と拳がぶつかり合う激しい攻防が、まるで止まらない乱打戦のように続いていた。
互いに一歩も引かず、技と力と執念が火花を散らす。
そんな中――ふいに、異変が起きた。
「……今の、一瞬……角?」
メロンネが眉をひそめ、虚空を見つめるように呟いた。
その瞬間、彼女の手がピタリと止まる。
まるで何かを見てしまったような、動揺の色が浮かんでいた。
「もらった」
俺はその一瞬の隙を逃さず、飛び上がると渾身のフックを繰り出す。
狙いは――こめかみ。
バゴォン!!
拳は吸い込まれるようにメロンネの側頭部へ命中した。
手応えは、十分すぎるほどだった。
「アァア〜〜ンッ♡♡♡」
艶かしい嬌声とともに、メロンネの巨躯がぐらりと揺らいだ。
フラついた足取りのまま、その場に膝をつく。
かろうじて倒れることは避けたものの――その額からは、真紅の雫が一筋、静かにぽたりと滴り落ちた。
「やるわね……今のは少し――効いたわ♡」
(化物かコイツ……!)
渾身の一撃を叩き込んだはずだ。
すべてを賭けた、最高のタイミングと角度での一発だった。
だというのに――致命傷どころか、ほんの少し効いた程度。
その事実に、俺は自らの力不足を実感する。
「くそ……まだだ!」
拳を握りしめ、俺は歯を食いしばる。
体勢を崩したメロンネの巨体――その頭部が、今や俺の視線と同じ高さにある。
そのまま一気に畳み掛けようとしたその時だった。
バァアアアァァァアァァンッ!!
再び会場に、豪快な銅鑼の音が鳴り響いた。
「あら……勝負は一旦お預けね」
「終わった……のか?」
「オォ〜〜ットォッ!! ここで最後の脱落者が決まったようだゼェーーッ!!」
耳をつんざくようなバッセイのアナウンスが、会場に響き渡る。
「今ここに残った生存者――16名ッ!!
コイツらが、そのまま"決勝トーナメント"へ突入だァ〜〜ッ!!
テメェらァッ!! この修羅の中を生き残った猛者どもをッ!!
盛大にッ!!讃えてくれェェェェェーーーーッ!!!」
ウォオォオオォオオオォ――!!!
怒涛のような歓声が波となって押し寄せ、空を突き破らんばかりの轟音が響き渡る。
会場の熱気はまさに最高潮。
誰もが拳を突き上げ、口々に名前を叫び、ただこの“生き残った16名”を称えた。
「なんとか、生き残った様だな」
そう思った途端、張り詰めていた全身の力が一気に抜けた。
俺はその場にペタンと尻をつき、荒い息を吐く。
ようやく、一回戦を生き残った――だが分かっている。
あのメロンネは、いずれ再び立ちはだかる壁だ。
優勝を目指すなら、避けては通れない――むしろ、超えるべき存在だ。
次こそは勝つ。
絶対に。
だが、そんな俺の思いとは裏腹に、メロンネの表情は曇っていた。
その理由を、俺はこの先知ることになる。
決勝戦は明日。
俺は疲弊した体を癒すように、ミカと共に宿屋へと向かうのだった――。




