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第三十五話 『ラスト・スタンディング・モヒカン』

迫り来るモヒカン軍団――その数、一、二……いや、五人か。

全員が目を血走らせ、今にも風船を割ろうと突進してくる。

俺は体勢を低く構え、両手を前に突き出すと、腹の底から絞り出す様に、あの獣(ケルヴォルフ)を真似て咆哮した。


「ウオォォオオオン――ッ!!」


「なんだコイツ、イヌ人間かァ!?」

モヒカン軍団が一瞬たじろぐ。

だが、数の有利は圧倒的にあちらにある。

「関係ねェッ!風船を割りゃ勝ちなんだよッ!!おめェら、行くぞォォ!!」

それぞれが別の方向から、俺の頭上の風船目掛けて飛びかかってきた。


「ハァ……また単調な直線攻撃――お前達(モヒカン軍団)は連携プレイってのを少しも分かってないようだな」

俺は小さくため息をつくと、真正面から突っ込んできたモヒカンAの風船を、左手で一瞬のうちに切り裂いた。

それは、まるで左手に獣の牙が宿ったように。

爪を立てるように湾曲した指先、獲物を見据えるその構えは、人ならざる気配をまとっていた。


パァンッ――!!

乾いた音と共に風船が弾け、その中から青みがかった粉のようなものがモヒカンAに降り注ぐ。

「ん……なんだこ…り……あん……」

モヒカンAはその場でふらついたかと思うと、あっさり崩れ落ち地面に大の字で眠りこけた。

成程……この風船の中には、吸うと一瞬のうちに眠ってしまう催眠作用が含まれたモノが入っているのか。


「キャッホーーウッ!!」

今度はモヒカンBが叫び声と共に、勢いよくスライディングで突っ込んでくる。

いや、ちょっと待て、お前ソレ本当に風船割る気あるのか?


俺はその無謀な突進を軽やかにジャンプして回避する。

勢い余ったモヒカンBは、誰にも止められぬままステージをすべり――そのまま、綺麗に落ちていった。


「クソウッ何やってる!こうなりゃ三人まとめてかかれェエ!」

怒号と共に、モヒカンC・D・Eの三人が一列に並び、雄叫びを上げながら突撃してくる。

――丁度いい。

俺は一歩踏み出し、低く構えた。

見せてやる、“ケルヴォルフ拳”の真骨頂を。

次の瞬間だった。


パンッパンッパァン――!!

左腕でCの風船を、右腕でDの風船を鋭く切り裂く。

そして最後の一人――俺は前のめりに体をひねり、勢いよく頭を振り抜いた。


「グラァウッ!!」

それは、まさしく野生味全開の一撃だった。

俺は大きく開口し、自らの犬歯を使って風船を勢いよく食い破ったのだ。

裂けた風船は小さな破裂音とともに弾け飛び、内部の眠り粉が宙へ舞う。

三人のモヒカンは言葉を発する間もなく、崩れるように倒れ伏した。

「おおっとォ!! ここで66、67、68、69、70番が一斉に脱落ぅーー!!」

けたたましくスピーカーが鳴り響く。

実況席のバッセイが、身を乗り出すようにして叫んだ。

今気がついたが、よくみると風船にはそれぞれ番号が記されていた。

これで参加者を分かりやすくしてるんだな。


「倒したのは……92番!! おいおい見ろよ、あの身のこなしと身なり……どうみてもこの村のヤツじゃねぇが間違いねぇ、あれは本物だゼェ!

これはもしかして――優勝候補現るかァーーーッ!?」

 

(ふぅ……これで一旦は――)

……ってしまった!!

風船の残骸が視界をよぎった瞬間、俺はようやく己の過ちに気づいた。

バカなのか俺は。

戦いの高揚感に呑まれ、冷静さをどこかへ置き忘れていた。

あろうことか、自ら風船を”食い破る”なんて。

そんなことをすれば……風船の中身、白く舞う眠り粉が――俺の鼻腔を容赦なく直撃する。


(パ、パ、パお、俺には、パコを取り戻すという役目がある……の、に……)

後悔先に立たず――俺は自らの風船は割れていないにも関わらず、モヒカンEの最後っ屁によって脱落……情けなすぎる。


(ん……?なぜだ……?)

俺はたしかに、あの風船の眠り粉をモロに吸い込んだはずだ。

鼻から、喉から、全力で肺の奥まで。


なのに――全然、眠くならない。

ぐらりと揺れた視界も、どうやら気のせいだったらしい。


(まさか……)

俺は思わず口元を押さえ、心の中でつぶやく。


(俺って、実はユニークスキル《不眠》持ちだったりするのか……!?)

いやいや、だとしたら今までの眠気ってなんだったんだ。

普通にあったぞ、睡魔。

昨日の夜も疲れて即刻爆睡だったし。 

と、そこへまるでタイミングを見計らったかのように、司会のバッセイがマイク越しに叫んだ。


「おっと言い忘れてたァ!この"眠り粉"、実は特殊な調合で作られてんだ!だから効くのは持ち主だけェッ!

他人には一切、ノー・エフェクツ!

…だからよォ、テメェ等は安心して風船をぶっ潰してくれ!

さぁ、思いっきり暴れ散らせェェェ!!」

バッセイのその一言を受けて、会場内はもう一段階盛り上がりを見せる。


なにはともあれ――俺は、ルールに救われたらしい。

眠り粉が他人には効かないとなれば、今後は風船さえ守ればいい。

ならば、攻撃手段は大胆な方法を取る事ができるな。

そんな事を考えながらふと視線を上げると、舞台中央に設置された巨大な電光掲示板が目に入った。

そこには、生存者と脱落者の番号がリアルタイムで更新されており、まるで戦況を物語るかのように点滅を繰り返している。

赤く塗り潰されていく数字――

その中に、たった今俺が倒したモヒカン軍団の番号も、確かに刻まれていた。


(残る生存者の数は32…思ったより早いな。

トーナメントに進むのは確か16人だった筈、あと少しだ)

気がつけば、あれほど賑やかだったモヒカン軍団はいつの間にかほとんど姿を消していた。

あの騒がしくも憎めない連中が、今や確認できる限り、残っているのはわずか二人――

この村の醍醐味みたいなモヒカン共が、次々と脱落していくのを見ていると、なんだかちょっと寂しくなってくる。

いや、勿論勝ちを譲るつもりなど毛頭ないが、ただあの無駄にテンション高い掛け声とか、毎回ちゃんと整列して突っ込んでくる律儀さとか――個人的に嫌いにはなれないのだ。

 

「ん、あれは……?」

ふと舞台の反対側を見ると、そこには生き残った二人のモヒカン――"ラスト・スタンディング・モヒカンズ"(勝手に名付けた)が一人の老人に襲い掛かろうとしていた。

"ラスモヒ"のターゲットになっている老人は隻眼で、見るからにひょろりとした体躯だった。

今にも強風ひとつで吹き飛ばされそうなほどに頼りなく見える。

あの爺さん……ここまでは運よく生き延びてきたに違いない。

そう思った、その瞬間だった。

 

「くたばれヒョロガリジジィーーーーッ!!!」

ラスモヒAが老人の脳天へ目掛けてチョップをした――が、そこに老人の姿はなかった。

いつの間にか背後に移動した老人は、ゆっくりと右腕をあげると、ラスモヒAに向けて指をさし一言。


「決着はすでについておる」

低く、乾いた声が響いた。


「ハァッー!?なに言ってんだこのジジ……」

ラスモヒAが言葉の途中で、まるで糸が切れたかのようにピタリと動きを止めた。


「じ……じ、しじ……み、じじ……!じじゅっ……!!」

白目を剥いたかと思うと、ガクン――と膝から崩れ落ちる。

パァンッ!!

風船が乾いた音を立てて破裂したが、それに反応する様子もなく、ラスモヒAはその場に沈黙したままだ。

周囲がざわつく。

何が起きたのか誰も理解できていない。


(恐ろしく早い手刀……俺でなければ見逃していただろう。

あの爺さん何者だ?間違いなくただ者じゃない)


そして、残されたラスモヒBは仲間の姿をみるやいなや、一目散に逃げようとする――が、時すでに遅し。


「く、く、る……くる……くるま!!」

電光掲示板が、また一つ赤く塗りつぶされていく。

残る生存者の数は20人。

はたして俺はこの先を生き残れるのか――。

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