第三十四話『仲間はずれ』
「そんな...」
予想だにしないその邂逅に、俺は大きく動揺する。
一瞬、無理やりにでも救出をしようと試みるが、パコが囚われているのは、錆び一つない黒鉄の檻。
分厚い格子に重々しい錠――どう見ても、素手でどうにかなるような代物ではない。
それ以前に……この場には数え切れないほどの観衆がいる。
少しでも不審な動きを見せれば、即座に注目され止められるだろう。
(くっ……!!攫われた俺たちの仲間が、優勝景品だと……!?
“アクダイン”、なんて汚い奴だ……!)
こみ上げてくる怒りが、喉元までせり上がる。
だが、ここで感情に任せて動けば全てが水の泡だ。
俺はなんとかその激情を押し殺し、震える拳をじっと見つめた。
左の拳を、爪が食い込むほどに強く握りしめる。
この地獄のような光景を、どこか安全な場所から涼しい顔で眺めているのだろう――"アクダイン"。
その名を脳裏で噛み砕きながら、俺は静かに誓った。
絶対に助け出す、お前の思い通りにはさせない――と。
そして同じ刻。
観客席の一角でその光景を目の当たりにしていたミカもまた、勇者ステルと同じように、起こっている事実をうまく受け止めきれず、ただ愕然としていた。
(嘘……!?あの鎖に繋がれた緑髪のエルフ……あれ、パコよね!?
攫われたはずのパコが、どうして……どうして“優勝の景品”なんてことにされてるの……!?)
だが――そんな二人の動揺をよそに、周囲の観衆の熱気は、まるで宴の始まりかのように、さらに勢いを増していた。
「ウッッヒョーッ!! なんだあのチビッ!? ここらじゃ見かけねぇ風貌だなぁ!」
「耳も尖ってるしよ、人型魔物の一種じゃねぇかー??」
「俺はガキに興味はねぇぜぇっ!!
寄こすならケツのデカい年上のネェちゃんを寄こせェッ!!」
下品な叫び声と嘲笑が、観客席のあちこちから飛び交う。
パコの元へと、一斉に向けられる数百もの視線。
その全てが、物珍しい見世物でも見るかのような、好奇と欲にまみれた眼差しに、パコは思わずギュッと瞼をつぶる。
(うむぅ〜なんでこんなことになったのだっ...
ああ、勇者、ミカよ、あのアクダインという男は危険だっ...
もし、お前たちがまだこの町にいるのなら――すぐに離れてくれっ...!!)
パコは拘束された両手を胸の前で強く組み、祈るように願う。
視界の先に仲間の姿は見えない。
だがそれでも、心の中で呼びかけずにはいられなかった。
「おいおいテメェら――パコをただのチビッ子だと思わねぇ方がいいぜ?」
と、バッセイは周囲に向けて煽る。
「なんてったってコイツは――
あの"伝説の長命族"エルフの一族だからな!!」
ざわ……ざわざわ……!
観衆の間にざわめきとどよめきが広がっていく。
「エルフの一族は、普段から人里離れた山奥に住んでいると聞く。
エルフの奴隷は、それこそ超・超・超・超貴重だ!
それこそ、闇の奴隷市場では金貨二千...いや、三千はくだらないって話だァ〜〜〜!!」
「ウォォォオオーー!!マジかよォ!!??」
バッセイのその一言を皮切りに、会場は一気に狂気の渦へと飲み込まれた。
割れんばかりの歓声、興奮にまみれた叫び、欲望を露わにした罵声が飛び交い、たちまち周囲は異様な熱を帯びていく。
その騒音の中で、ミカはひとり、胸を締めつけられるような不安に呑まれていた。
(もし……もしこんな連中に、パコが“奪われる”ようなことがあったら……!)
想像するだけで背筋が凍る。
どんな仕打ちを受けるか――想像もつかない。
いや、想像したくもない。
(もう……“準優勝でもいい”なんて言ってられない!お願い、ステル……!パコを――必ず取り戻して!!)
こうして、思いがけない形でパコを見つけた俺たちは――
この“世紀末武道会”で優勝しなければならない理由が、はっきりと生まれたのだった。
「……それじゃあ、長ったらしい説明はここまでだ。
テメェ等、風船の準備はできてるかァ!?」
バッセイの叫びに、俺はハッとした。
しまった――ルールのことなんて、すっかり頭から抜け落ちていた。
慌てて風船を膨らまし、一緒に入っていたヘッドギアのようなものを頭に装着する。
「よし野郎どもッ!生き残りたきゃ拳を握れぇッ!!
血湧き肉躍る“世紀末武道会”――最強の漢を決める第一回戦、
バァトルゥ……スタァァァートッ!!」
バァアアアァァァアァァンッ!!
豪快などらの音が鳴り響くとともに、参加者たちは一斉に走り出した。
だが、俺は焦ることなくその場で構え制止する。
なぜかって?
この人数のド真ん中に飛び込むのは、どう考えても危険すぎる。
ぶつかる、押される、巻き込まれる。
その上、どこから何が飛んでくるかも分からない。
開始直後は一番ゴチャつく時間帯だ。
多数戦の経験者ならみんな知ってる。
こういうときは――“動かざること山の如し”
通常の戦闘であれば、よほど殺傷力の高い武器でも使われない限り、一、二発の被弾は許容範囲だ。
だが今回は、そうはいかない。
理由は――風船。
俺たちの頭に装着されたこの風船。
赤ん坊でも割れるレベルのデリケート仕様。
どんなに鍛えあげた筋肉も、このペラッペラなゴム一枚の前では無力。
つまりたった一撃、なんなら不慮の衝突ですら命取りってわけだ。
それに今回は、絶対に負けられない理由がある。
だからこそ、焦りは禁物だ。
まずは人が減って、混戦が落ち着くのを待っ――
「……ッ!」
その時だった。
「ヒャッハーーーーッ!!!」
上空から、犬のように舌を垂らしながら、興奮度MAXのモヒカン男が俺を目掛けて勢いよく襲いかかってくる。
「死ねェェエエェエェエエエッ!!!」
いや、こいつら本当にルールを分かってるのか……?
俺は体を大きく反らし攻撃をかわすと、そのまま体を横に回転し、遠心力を利用して強烈なビンタをくれてやった。
バチィインッ!!
「アヴィーチーッ!!!」
情けない叫び声ととともに、モヒカン男は二十メートルほど吹っ飛んでそのままリング外へと落ちていく。
「し、しまった…風船を狙うつもりがいつもの癖でやってしまった…」
後悔する間もなく、再び背後から甲高い叫び声が響く。
「ヒャッホウーッ!!!」
俺は、モヒカン男Bの振り下ろされた拳をしっかりと受け止めると、そのまま掴んだ手をクイっと捻った。
「イデデデデデテッ!!」
そして一瞬の隙の間に、風船を指突で突き破る。
バァン――!!
そう安堵しかけた次の瞬間、俺は目の前の光景に強烈な違和感を覚えた。
なぜだ――なぜあんなにも大量のモヒカンたちが、まるで飢えた獣のように、一斉にこっちへ突っ込んできてる!?
…だがその理由は、すぐに察した。
そうか、この場において、俺は完全に「浮いて」いるのだ。
周りを見渡せば、確かにパンツ一丁はあまりにも目立ちすぎている。
まさにモヒカン男の群れに紛れてしまった俺は"仲間はずれ"ってわけだ。
「くそ……!これじゃあ確かに格好の的……!」
迫りくるモヒカン軍団を前に、俺は奥歯を噛みしめる。
こうなったら、風船だけを狙うなんて悠長なことは言っていられない。となれば――
「よし、そっちがその気なら、こっちも容赦はしない」
そういうと、俺は両手を前に突き出し、指を曲げて関節を浮かせ、まるで獣が爪を立てるような構えを取った。
「とっておきを見せてやる。"オステリオ山"で出会った魔獣:"ケルヴォルフ"からヒントを得た新たな俺のスタイル――ケルヴォルフ拳を……!」




