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第三十話『白鷺の魔女』

「それで――あなたはこの国の魔術師……かしら?」

静まり返った玉座の間に、イデアルの声が響く。

白鷺(しろさぎ)の魔女・イデアルと、黒鷲(くろわし)の魔女・ロザリンの激闘の果て――瓦礫に埋もれたダンクラット城に残されたのは、ミカとイデアルの二人だけだった。


「は、はい!ミカ・イライザ・スカーレットと申しますっ!!

イデアル様が行った数々の伝説は、幼少期から沢山聞かされていて、ずっと憧れ……いや大ファンでした!」

ミカは興奮して思わず早口になる。


「そう、まだ若いのに勉強熱心なのね」

イデアルは少し感心した様に呟いた。


「はいっ!特に、フォルトゥーナ帝国を建国するために民を率いて魔物たちと戦った伝記小説――"フォルトゥーナ戦記"!あれは未だに持ち歩いてるくらい、大っっっ好きなんですっ!!」

ミカは胸を張りながら、瞳をきらきらと輝かせてそう叫んだ。

その姿はまるで、憧れの英雄を語る子どものようで――イデアルは思わず、ふっと小さく笑みを漏らした。


「それはどうも。私も、あの話は好きよ」

イデアルは淡く微笑んで、ぽつりと続けた。

「今になって思えば、もう少し専門用語を省いて、魔法を知らない子たちにも合わせてあげればよかったと思ってるけど――ね」

それからしばし、ミカとイデアルは穏やかに彼女の著書について語り合った。

夢中でページをめくったあの夜のこと。好きな章、泣いた場面、誰にも話せなかった感想。

そんな他愛ない話に、ミカはほんのひととき、戦いの傷を忘れかけていた。

 

「あっ!それで、その……」

ミカはふと不安げに辺りを見回し、声を潜めるように尋ねた。

「王国の騎士団や魔術教団、あと……私の仲間たちは、一体どこに……?」


「ああ――王国の者たちは、この国の教会に転移したわ。

 今頃ぐっすり眠っているはずよ」

イデアルはそう言いながら、さらりと手を振って見せた。


「で、アナタのお仲間さん達は、その……」

と、そこで彼女の言葉が急に止まり、眉がぴくりと動く。


「ちょっと、転移先……間違えちゃって……」


「は、はい……?」

イデアルの微妙な表情に気づいたミカは、思わずゴクリとツバを飲み込む。


「私もね、どこに行ったか分からないの」


「え、えええーっ!?」

ミカは思わず、バネ仕掛けの人形のようにビヨーンと体をのけぞらせた。


「あ、安心して!場所はどこか分からないけど、アナタを同じ所に飛ばすことは出来るわ。許してちょうだいっ」

イデアルは両手を合わせて、謝るような仕草をとる。


「イデアル様が謝る必要はないですよ!だ、大丈夫だと思いますっ!幸い次の目的地もなかったですし、旅行気分で楽しんじゃいますっ」

ミカの心中には、少しの不安が混じっていながらも、憧れのイデアルをこれ以上困らせてはいけないと思い、少しばかり強がって言ってみせた。


「そう、悪いわね。また会った時には、何かお返しするわ」

イデアルは申し訳なさそうに手を合わせた。


「それで――残るはロザリン(あの女)の後始末だけね」

イデアルはぽつりと呟くと、静かに右手を正面へとかざした。

そのまま瞳を閉じ、何かを探るように小さくぶつぶつと呟き始める。

そして数秒後――。


「……見つけた」

その言葉と同時に、イデアルは宝石の様な紫の瞳をパチリと開くと、一つの魔法を唱えた。


「見えざるものよ――ここに、顕現(けんげん)せよ。

真実を照らし出す光(ルクス・レヴァラーレ)!」


パァァァア――!

激しい閃光が空間を裂き、その中心から一つの人影が浮かび上がった。

現れたのは――鉄の錠を両手に嵌められ、口元を布のようなもので塞がれた一人の男。

見るからに痩せこけ、血色も悪いその姿。

だが、ミカはすぐに気づいた。


「お、王様……!?ご無事だったんですね!」

叫ぶようにそう言うと、ミカは我を忘れて駆け寄った。

前王――"オーサン•フィゲロ・ダラス"。

ロザリンが現れる以前この国を治めていた、かつての主君である。

ミカは膝をつき、王の前で慎重に手を伸ばすと、その口元を覆っていた布をゆっくりと外した。

乾いた音を立てて布が外れると、王はすぐさま幾度か咳き込み、荒れた喉からかすれた声を絞り出した。


「ゴホッ、ゴホッ……助かった……礼を言う……」

痩せた体を支えながら、ダラスは赤く充血した目で周囲を見渡す。

破壊された壁、崩れた天井、魔力の残滓がまだ空気に漂う中――王の表情には混乱と警戒が入り混じっていた。


「……あの魔女は……ロザリンは……どこに行った……?

 それにこの惨状は一体……何が起きたのだ……?」


「えっとそれは……」


「いいわ、説明すると長いの。それより今はもっと大事なことがある――」

ミカの説明をゆるりと静止すると、イデアルはカツカツと音を立てながらダラスへと近づいていく。

そして目の前にくると、おもむろに右手をダラスの額へかざした。


「これまた厄介な契約を交わしたのね…」

イデアルは少しの間悩んだ様子で首を傾げていた。

ミカとダラスはその様子を少し怪訝な表情で見つめている。


「……よし。一先ずは応急処置だけど、これしかないわ」

イデアルは答えが出たようにそう言うと、ダラスへ向けてこう言った。

「このままじゃ、ロザリン(あの女)がダラス王国の主権を握っている状況は変わらない。民も永久に洗脳されたまま。

でもそんなこと、アナタは望んでいないでしょう?」


「ああ……元はといえばワシが招いた過ちだが……」

ダラスは不甲斐ない表情でそういった。


「ふぅ…いいわ、私が一時的にこの国の全権利を貰い受ける。

幸いロザリン(あの女)との契約を行なってまだ日が浅い。

私なら、この契約を上書きできる」


「おお、それなら!だ、だがお主は一体……?」


白鷺(しろさぎ)の魔女。それだけ言えば充分でしょう」

その一言で、王の目がカッと見開かれる。

まるで雷に打たれたかのように顔を強張らせたダラスは、次の瞬間、勢いよく両手を床につけた。


「し、失礼いたしました……!お噂はかねがね……っ!

た、大国、フォルトゥーナ帝国の女帝にして、七彩の魔女に数えられるイデアル様であったとは……!!」


「いいわ、それより契約を上書きするから顔を上げて私をみなさい」

ミカには、何が起こっているのか分からなかった。

だが次の瞬間、ダラスの額――その中央から、淡く輝く魔法陣のようなものがにじみ出る。

まるで紙が宙に浮かぶように、光の帳が一枚、ダラスの額からせり出す。

それはまさしく契約書のような文書だった。

イデアルはそれを一瞥すると、まるで筆先でなぞるかのように、指先をすっと滑らせた。


すると――

シュウウ……という音と共に文字が書き換わり、契約の印章が新たに刻まれていく。


「――はい、終わり」

イデアルが指を離した瞬間、契約書はすっと空気に溶けるように消え、ダラスはその場で小さく息を吐いた。


「これで、ひとまずの工程はおしまい。一ヶ月後、改めて正式にダラス(アナタ)へお返しするわ。それまでは色々と不便でしょうけど、それは理由があれど魔女に屈したダラス(アナタ)の責任。反省しなさい」


「はは!本当に感謝いたします……!」

ダラスはその後も、何度も頭を深く下げ、言葉にならぬ礼を示し続けた。

かくして、ロザリンによって歪められた王国の支配は、白鷺(しろさぎ)の魔女・イデアルの手によって、静かに幕を下ろしたのだった。


「あとはミカ(アナタ)ね。準備はいい?」


「は、はい!」


「じゃあ、転移(飛ばす)わね」

イデアルはミカへ右手をかざした。

その瞬間、ミカは慌てて声をあげた。


「あ、最後に!本当に、今回は助かりました。私もいつか……イデアル様みたいな立派な魔術師になれるように頑張ります!」


「ええ、楽しみにしてる。

アナタのその純粋で真っ直ぐな金色(こんじき)の瞳。

きっと、いつしか立派な魔術師になるわ」

その言葉を最後に、転移の光がミカの全身を包み込む。

憧れの人ともう少し話がしたい。

そんな名残惜しそうな表情でイデアルを見つめながら、ミカの姿はゆっくりと消えていった。


こうして、旅はまた一歩。

新たな地へと、確かに歩みを進めていく。


王都襲来編――完

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