第二十九話『マジメとフマジメ』
「イデアル……忌まわしき"白鷺の魔女"……!!」
ロザリンの顔には、これまでに見せたことのないほどの憎悪が浮かんでいた。
ぎゅっと眉間に寄せられた皺、血走った眼差しは、まるで獲物を狙う猛禽類のように鋭い眼差しをしている。
その形相は、まるで親の仇でも見るかのような鬼気迫るものだった。
「"白鷺の魔女"って……え、えぇぇえええーーー!?!?」
ミカは、いつも冷酷で余裕に満ちたロザリンが、ここまで感情を露わにする様子に一瞬動揺したが、それ以上にロザリンが発した"白鷺の魔女"というワードに思わず仰天する。
白鷺の魔女・"イデアル・リヤ・ゾディアーク"。
その名は、魔法学を少しでもかじった事があるならば、知らぬものはいない。
なぜなら彼女こそ、ユーディリア大陸に君臨する"三大都市国家"のひとつ――"フォルトゥーナ帝国"の創設者にして、魔術の礎を築いた入門書『グリモワール・ゼロ』――通称“グリゼロ”の著者その人だからだ。
ミカにとっても、当然“グリゼロ”は特別な書だった。
幼い頃から何度も読み返し、ページの角がすっかり擦り切れるほどに繰り返し読んだ。
そしていつか、自分の足で"フォルトゥーナ帝国"へ渡り、あの名門の魔法学校で魔法を学ぶこと。
それは単なる目標ではなく、彼女にとって憧れであり、指針。
幼い頃、初めて”グリゼロ”を手にした瞬間から、魔術師になるという夢が芽生えた。
その扉を開いてくれたのが、この一冊だった。
“グリゼロ”はミカにとって、まさに原点であり、心の支えだったのだ。
(ど、ど、どうしよう〜〜〜〜!!?
“フォルトゥーナ帝国”って、ここからじゃかなり遠いはずなのに……どうして彼女がここに!?
それに、あのちょっと冷たそうな紫色の瞳……ふつくしすぎて……
ぁあ、ダメ……心臓がバクバクしちゃってる……!)
憧れ続けた人物が、まさか自分の目の前に現れるなんて――。
危機的な状況にもかかわらず、ミカの胸は興奮と高揚でいっぱいだった。
(せめて、せめて握手だけでも……! いや、落ち着けミカ!
今はそんなこと考えてる場合じゃないってば……!)
「何しに来たイデアル」
ロザリンは鋭い眼差しでそう問うた。
「何しに来た……だと?
貴様こそ"ダラス王国"で何をしている。
ヴァルプルギスの夜会は近い。
まさか、今年もすっぽかすつもりじゃないだろうな」
イデアルの口調は依然として冷酷だ。
「フン、仲良しこよしのお茶会に興味はないわ」
ロザリンはつまらなさそうに鼻を鳴らし、その話題をサラリと受け流した。
「……昨年は、貴様が無闇に魔力をばら撒いたせいで、魔物どもが活性化し、その処理の話だけで夜会の半分以上が潰れた……
結局、黄金は呆れて途中で帰る始末――」
言葉の端々に、苛立ちと嫌悪がにじむ。
「貴様も”七彩の魔女”の一人である以上、最低限の責務くらいは果たせ」
「はぁ? 七彩の魔女の責務? 何を偉そうに。
私はそもそもなりたいなんて頼んだつもりはないわよ。
そんなものはバカ真面目ちゃんのアンタが勝手にやってちょうだい」
ドヒュン――!
その時だった。
ロザリン目がけて、高密度の光線が鋭く放たれる。
彼女は咄嗟に身を引き、後方へと体を逸らして辛くも回避した。
「うわっ、ちょっと! 何すんのよ、アンタ!」
予想外の奇襲に、ロザリンは怒りと困惑をあらわに叫ぶ。
「……私に権限があれば……貴様なんか、とっくの昔に除名してる……!」
イデアルはプルプルと肩を震わせながら、低く呟いた。
その姿は、怒りという名の圧力鍋――限界寸前。
「わ、私だってね!!」
突然、堰を切ったように叫ぶ。
「あんな自己中心で、ワガママで、責任感ゼロな連中と――
毎年顔突き合わせて夜通しおしゃべり大会なんて、まっぴらゴメンなのよ!!」
まくし立てるうちに、顔が真っ赤になっていく。
「国の運営? 産業の不振? 魔術師不足?山ほど問題あるってのに、なんで私が"魔女会の茶菓子と進行係"なんかやらされてんのよおおお!!」
最後はロザリンにびしっと指を突きつけて、こう締めた。
「アンタものらりくらりと無職してないで、ちょっとは働きなさぁい!!」
そのままイデアルは空中に魔法陣を複数描くと、ロザリンへ向けて連続で撃ち放った。
チュドドドドドドドドドン――!!
「アンタがその気なら……とことんやってやるわよ!!」
ロザリンも負けじと複数の魔法陣を展開し、イデアルの攻撃を迎え撃つ。
白と黒の衝突。
凄まじい轟音と共に、王室の床や壁がみるみるうちに崩壊していく。
「"聖なる後光"アストラァァ!!」
「"邪なる暗影"アストラァァ!!」
ドン――!ドォン――!ドォォオン――!!
「やめて~~~!!このままじゃ、城ごと壊れちゃう~~~!!」
ミカの悲痛な叫びも虚しく、その声は彼女達には届かなかった。
結局、彼女達はダンクラット城をほぼ全壊させるほどの激しい戦いを繰り広げ、数分後にようやくその激闘は終息を迎えた。
「ハァハァハァ……アンタとやり合うのもいつぶりかしらね
それはそうと鈍ったんじゃないかしら?詠唱にキレがないわ。
目の下にもクマができてるし……そんなんじゃモテないわよ」
ロザリンは息を切らしながら、意地の悪い表情でそう呟く。
「フフ……何年経っても……カラダはまだまだお子ちゃまね」
「は、はぁ!?キ、キサマなんかに言われたくないわ!
いつも露出度高い服で堂々と歩き回って、男どもに色目使いまくって……!ちょ、ちょっと胸がデカいだけで何よ!」
イデアルは顔を真っ赤に染め、両手で体を覆うようにしてそう叫んだ。
「ハァア〜〜まったく、アンタのせいで計画がぜ〜んぶ台無し。
せっかく手に入れた城も、これじゃあ野ざらしも同然よ。
興が醒めたわ。この国はもうどうでもいい、勇者とあのエルフだけ持ち帰るとする……」
ロザリンはそういい立ち去る前に二人の様子を伺うと、さっきまで氷漬けにされていた勇者とパコの姿が見当たらなかった。
「あれ……あの子達は一体どこに……」
「もういないわ。私が魔法で転移させた」
イデアルが答える。
「なんですって!?あれは私の獲物よ!今すぐ返しなさいっ!」
ロザリンは必死にイデアルへ詰め寄っていく。
「本当に強欲な女ね……無関係な人間を巻き込むわけにはいかないでしょう。それにもうじき夜が明けるわよ」
夜が明ける……その言葉にロザリンはハッとした様子で、指先で素早く円を描いた。
次の瞬間、空間が歪み黒い穴が現れる。
「くっ……次に私の邪魔をしたら、許さない……!
覚えておきなさいっ!」
ロザリンはそういって、黒い穴へ足を踏み入れていく。
「ええ、今年こそ"ヴァルプルギスの夜会"に参加しなさい。そこでキッチリ白黒つけようじゃない」
ロザリンの去り際にイデアルがそう言い放つと、ロザリンは小さく舌打ちをし、黒い穴へと身を投じるように消えていった。
気がつけば、廃墟と化したダンクラット城には、白鷺の魔女・イデアルと、呆然と立ち尽くすミカの二人だけが残されていた。
こうして、魔女との戦いは予想外の形で幕を下ろした――




