第二十七話 『極夜《ナハト》の瞳』
「うぉおぉおおぉおおーー!!!」
ステルは掛け声と共に、勢いよくロザリンへと駆け出した。
"オーダー:マリオネット"を攻略した今、ロザリンを守るものは何もない。
さらに、後方からミカとパコが援護の構えをとる。
「私とパコが隙をつくるわ!好機は一度きり、あの強欲魔女に手痛い一発をお見舞いしてやりなさい!」
「任せろ!」
ミカは杖を天高く掲げ、MPを注ぎ込む。
次の瞬間、彼女の目前に、竜巻のように荒れ狂う炎の渦が出現した。
それは凄まじい熱気と轟音を撒き散らしながら、瞬く間に肥大化し、ロザリンめがけて襲いかかる。
「業火の渦に焼かれなさいっ!"フレイワール"・マグナ!!!」
「うむっ!パコも援護するぞっ」
そう言うと、パコは素早く背中の弓を引き抜き、五本の矢を同時に手に取った。
四本を指の間に挟み、残る一本を自らの歯で力強く咥える。
そして、弓弦を限界まで引き絞ると、一斉に解き放った。
「正確射撃・五連矢!!!」
「…………」
だが、ロザリンは玉座から一歩も動こうとしなかった。
襲い来る炎の渦と銀の矢を目前にしながらも、その顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
まるでそれらが自分には何の関わりもない、瑣末なものだと言わんばかりに、頬に手を添えその光景を悠々と眺めていた。
そして、炎の渦より先に、パコの銀矢がロザリンへ到達しようとした、その瞬間だった。
フシュウウウゥウゥ――。
「な……!?」
その放った銀矢は、あと一歩でロザリンに届くところで急激に失速し、ボロボロと崩れるように、細かい破片となって散り散りに霧散した。
それは、まるで最初から実体など持たぬ幻だったかのように、呆気なく虚空へと溶けて消えていく。
「フフフ……一瞬で終わらせてしまっては、あまりにも味気ない……いいわ。アナタ達のその全て、この私が受け入れてあげましょう!」
ロザリンは玉座からゆっくりと立ち上がり、高らかに声を響かせた。
そして、魔法を詠唱することもなく、ただ両手を大きく広げ、その場に静かに佇む。
それはまるで慈悲深き聖母のような眼差しで、まるですべてを受け入れんとするかのようだった。
「っ……!完全に舐めてるわね……くぅ〜っ目にものみせてあげるんだから!!最大火力よっ!!」
ミカは負けじとMPをさらに注ぎ込む。
炎の渦は轟音を立てながら、さらに巨大に膨れ上がった。
ゴゴゴゴオォオオォオォオオオォオオ――!!!
そして、その紅蓮の渦はいとも容易くロザリンを呑み込んだ。
炎の中、一つの黒い影がゆらりと揺らめいている光景を、三人はしっかりとこの目で視認した。
「や、やった……の?私、魔女を倒し――」
「ざんねん。この程度の魔法じゃ、私を灼くには火力不足ね」
ブゥオオン――!
突如として、炎の渦が音を立てて掻き消える。
そこに現れたのは、先ほどと何ひとつ変わらない涼しげな表情でこちらを見つめるロザリンの姿だった。
「でも、少し暑いわ。これならもっと軽装してくるんだった」
そう言うと、ロザリンは手で顔を軽く仰ぐ仕草をしながら、身にまとっていた煌びやかな装飾の上着をゆっくりと脱いだ。
その下から現れたのは、胸元が大きく開いた大胆な露肩のドレスだった。
露わになった素肌は、まるで陽の光を一度も浴びたことのない吸血鬼のように、病的なまでに白く透けて見えた。
「うぉおぉおおぉおおーー!!!」
それでもなお、ステルはロザリンの元へ一直線に向かっていく。
左の拳をグルグルと回しながら力を込め、勢いよく殴りかかった。
「くらえ!これが俺の……グ、グルグル断捨離パンチ!!」
「な、なにそれダッサ!」
思わずミカが声を張り上げてツッコむ。
ステルは、仲間たちのそれらしい技名が羨ましくて、走りながら必死に考えたのだ。
だが、よりによって思いついたのが"グルグル断捨離パンチ"とは……。
しかも今のステルには、断捨離スキルを使うことすらできない。
実際のところ、それは左手をグルグル回して遠心力をつけただけの、ただの殴打でしかなかった。
ガキィン――!!
鈍く鋭い音が、周囲へと響き渡る。
ステルのその一撃は、間違いなくロザリンの右頬を捉えた。
「え? 硬っ……」
岩盤を全力で殴った時の様な痛みが、痺れと共にステルを襲う。
「フフ……失礼ね。でも――」
ロザリンはそう言いステルの左腕を掴むと、勢いよく自らの体へ強引に抱き寄せた。
「これなら……どうかしら?」
その豊満な胸をこれでもかと押し付けながら、ロザリンはステルに問いかけた。
「ああ、意外と柔らかいな」
ステルは素直にそう答える。
「な、なーにやってんのよアンタ達っ!?は、は、早く離れなさいっ!!」
ミカは顔を真っ赤にして、慌てふためきながら叫んだが、それでもなお、二人は抱き合ったままピクリとも動かない。
「やっと、捕まえた。これで勇者は私のもの」
「ん?……何の事だ。それよりもうそろ離してく――!?」
そういいステルがロザリンへ目を合わせた――その時だった。
ロザリンの右眼が冷たく輝くと、ステルの体は突如、凍りついた様に固まり動けなくなる。
「な、なんだ――これは」
「フフフ……魔女の瞳を見るのはこれが初めてかしら。極夜の瞳――これが私の右眼の力」
なおもステルの体は、固く閉ざされた氷塊のようにみるみるうちに凍りついていく。
「これは忠告だけど――魔女との戦いにおいて、直接瞳を覗き込んではいけない。見れば最後――その瞬間に勝負は決まるの。
まぁ、勇者はすでに手遅れだけど、フフフ」
「ステルッ!」
「勇者!」
パコとミカの必死の叫びも虚しく、ステルの瞳からはゆっくりと光が失われていった。
その声は、もう彼に届くことはない。
「ゆっくりお眠り、誇り高き勇者さん――」




