第二十六話 『仲間』
「ミカ!きたぞ、頼んだっ!」
「お任せーーあれ!」
掛け声と共に、ミカはパコの秘蔵具の一つ、光魔鏡をかざした。
すると、教団の放った光魔法・"ディスペラー"はいとも簡単に吸収され、無力化されていく。
「やった……!」
そのまま何度かの攻撃を光魔鏡によって防ぎながら、あっという間に、二人は魔術教団の目の前まで辿り着く。
そして、モデスから言われた通り首筋に光る細い糸のようなものを視認した。
「とらえたっ!」
パコはすかさず短剣を構えると、素早い身のこなしで背後へと回り、音も立てずに"オーダー:マリオネット"の糸を断っていく。
一閃――二閃――三閃。
目にも留まらぬ速さで、パコの刃は次々と細い魔力の糸を断ち切っていく。
気がつけば、魔術教団全員の首元に絡んでいた操り糸は、すべてパコただ一人の手によって、完全に断ち切られていたのだった。
「ふぅん、中々やるじゃないあのエルフ。欲しくなってきちゃった」
ロザリンはポツリとそう呟いた。
自らのオーダー:マリオネットをあっさり突破されたというのに、その表情には一片の焦りもなく、依然として余裕に満ち溢れていた。
「凄いじゃないパコ!出会ってからあなたには、もう何度助けられたか分からないわ!お礼にヨシヨシしてあげるっ」
ミカは駆け寄ると、パコの頭に両手を伸ばし、そのまま勢いよくわしゃわしゃと掻き回した。
ヨシヨシというよりかは、ゴシゴシに近いが。
「ば、ばかぁ!やめろっ、パコはこれでも歳上……!うにゃあ……!」
さっきの緊張と焦りの感情はどこへいったのか、パコとミカは、戦場のど真ん中で普段のようにじゃれ合っていた。
「……は!って、こんなことしてる場合じゃない!ステルはっ!?」
ミカが我に返って後ろを振り返ると、そこには鼻を大きく膨らませ、食いしばるような表情をしたステルが目に映った。
「ん……?なにをやっとるんだあの勇者は?」
パコがみたステルのその姿は、あまりにも滑稽だった。
よくよく考えてみれば、ステルには、"オーダー:マリオネット"の操り糸を断ち切るに適した、パコの短剣のようなものは持ち合わせていない。
なぜなら彼は、生粋のダンシャラーである。(断捨離する人の意)
そんな彼が、なんとか思考を巡らせ、辿り着いた末の結論――それが、「噛みちぎる」だった。
「んんっ……!くっ……!こ、この、細いくせに意外と強情な糸め……!」
ほぼ全裸でギリギリと歯をむき出しにし、犬のように必死で糸を引っ張る姿はなんとも滑稽で、どう見てもそれは、勇者と呼ばれる者の威厳からはほど遠い光景だった。
「ってあんたバカァ!?それは普通の糸じゃない、魔力の糸なの!!噛みちぎるとかそういう類の代物じゃないのよっ!」
ミカは鋭くツッコミを浴びせた。
「ふへ、ほうはっはのか…?へも――」
ブチッ――!!
その時、あるはずのない、聞こえてはいけない何かの千切れる音が響きわたる。
「へ?」
ミカとパコは、思わずあんぐりと口を開ける。
「ほら、千切れたぞ。これで最後だ」
辺りをよく見渡せば、そこかしこに強引に引きちぎられたらしい糸が、バラバラと無残に散乱している。
この男は――魔力の糸を、自らの顎力のみで、噛みちぎったのである。
「そ、そう……まぁ、無事ならよかったわ…」
ミカは完全にドン引きした表情で、ステルを見つめていた。
「と、ともあれ、これで障害はなくなった。残るはあの魔女だが…」
パコがそういうと、三人はあらためて、無防備となった黒鷲の魔女――ロザリンへと向き直る。
「フフフ……おめでと。アナタ達の必死にもがく姿、たっぷり楽しませてもらったわ」
ロザリンは口角をゆっくりと吊り上げる。
「最初は勇者のことにしか興味はなかったけれど……エルフのアナタ――光魔鏡なんて、私ですら持っていない代物よ? その鞄の中身……もっと、知りたくなってきたわ」
ロザリンは小さくつぶやいた。
だが次の瞬間、その表情は一変する。
「でも、そこの赤髪の女。アンタは駄目ね。ぜんぜん駄目。
王国直属の魔術師と聞いていたけど、基礎的な炎魔法しか使えないじゃない」
「……っ!」
ミカは咄嗟に、杖をギュッと強く握りしめた。
「正直、勇者も大概迷惑してると思うわよ。パーティにおいて、本来魔術師は万能役。それなのに、回復魔法も防御魔法もろくに使えないなんて」
「…………!」
しかし、いくら声を張り上げようとしても、ミカの口は重く閉ざされてしまった。
だってそんなこと、分かっている。
自分のような半人前の魔術師が、炎魔法しかまともに使えない不器用な自分が、勇者の仲間として役不足なことは。
実際、ステルにもパコにも、いつも助けられてばかり。
大手を振って国を飛び出し、半ば強引にここまで来て、今も迷惑ばかりかけている。
悔しさのあまり、ミカは強く下唇を噛んだ。
「フッ、図星でものも言えないかしら?情けない。
魔術師の価値を下げるようなアンタは私がこの手で始末して――」
「そこまでだ」
気がつくと、ミカの前にステルが静かに立ちはだかっていた。
「何も知らないお前に、俺の大事な仲間を――ミカをさげすむことは、俺が許さない」
「ス、ステル……でも私は……」
ミカの瞳には、大粒の涙がじわりと浮かんでいる。
「でもじゃない!」
ステルは声を大きく張り上げた。
「俺は、ミカに出会って、この世界を知った。ミカがいたからここまでこれたんだ!」
「ぐす……っ!でも私!魔法もロクに使えないし、いっつもピンチになって助けてもらってばっかりで……!!」
「それが仲間ってもんだろ!!!」
「誰にだって、得意な事と苦手な事はある。俺も完璧じゃない。それを補っていくのが仲間ってもんだ」
「うむっ。ミカのおかげで、パコは沢山元気をもらった。そして勇気ももらった。なぁに、心配するな。パコがミカくらいの歳の頃は、森で走り回って怒られてばっかりだったぞ。それこそ弓術も剣術も、ど素人だっ!」
ステルに続けてパコはミカの手をギュッと力強く握った。
「俺たちはここで終わりじゃない――これからがある。
旅は、始まったばかりだろ?
泣いてる顔はミカらしくない。俺は笑ってるお前の顔が好きだ」
「ステル……!パコ……!」
ミカは二人の優しさに包まれて、抑えていた感情が溢れ出すように、涙として流れていく。
「う、うん……二人ともありがとう。私、負けない!頑張るよ、いつかはこの国一番の大魔術師になってみせ、いやなってやるんだから!その時は、魔物でも魔女でも、私一人でケチョンケチョンよっ……!」
ミカは涙を拭いながら、その瞳には力強さが戻っていた。
黄金色に輝く瞳は、まるでこれからの未来を切り拓く光そのもののように煌めいていた。
「フン……仲間なんて、下らない。それは弱者が自らを慰める為に生み出した、ただの言い訳よ。強者は群れない。私の様に――」
「フン、寂しいやつだなお前は。本当の強さってのがなんなのか、お前に教えてやる――」
三人は、それぞれが力強い眼差しで、ロザリンを見据えた。
もう、彼らの目に迷いなど微塵もなかった。
「行くぞ!ミカ、パコ!黒鷲の魔女・ロザリンを倒して、ダラス王国を俺たちの手で救うんだ!!」
「ええ、任せてちょうだい!」
「うむっ、準備万端だっ!」
その声は重なり合って、王室の重い空気を切り裂くように響き渡った。
戦いは遂に、最後の局面を迎える――!




