第二十一話 『偽りの王国』
「とまあ、そういう訳でな。俺は再び断捨離スキルを失った訳だ」
ステルは腕を組みながら勝手に一人で納得するようにそう呟く。
「ええぇ!? せっかくケルヴォルフと骸の王を倒して、上限解放したばかりなのに!?ってうわぁあっ!」
ミカは驚いて、思わず体勢を崩しかける。
ここは上空200メートル。
一度足を滑らせれば、それで一巻の終わりだ。
「ふむふむ。となると勇者は、また強大な魔物を倒してレベルの上限を解放する必要がある…という訳だなっ」
「ああ、でもそれに関しては、そこまで心配していない。断捨離スキルは使えなくなったが、その分ステータスは上昇しているしな。王都を出たら、またどこかで強い魔物を倒せばいい」
「まったく……呑気なんだから、ステルは……」
ミカは小さくため息をつきながら、そう呟いた。
「それより、これからどうする?いくら歓迎されてないとはいえ、こうなった要因を突き止めるまで、帰るわけにはいかないよな」
そう、残念ながら問題は根本的に解決していないのだ。
なぜ自分たちが、反逆者として扱われ、襲撃される羽目になったのか。
そして、ミカにとって帰るべき場所でもあった王都が、どうしてこうなってしまったのか――
その理由を、これから詳しく探らなければならない。
「そうね…また無闇に地上へ降り立っても、すぐに見つかって襲われるのは火を見るより明らかだわ――となれば、まどろっこしい事はやめて、直接聞きにいくとしましょう!」
「直接って、どこに?」
「そんなの決まってるじゃない!王都ダラスの中心、"ダンクラット城"よ!あそこなら王様もいるし、こうなった理由も分かる筈。そうとなればすぐ、出発よ!」
ミカは、遥か下に悠々とそびえ立つ、"ダンクラット城"を指差し力強くそう言った。
「よし、グランアズール。そうと決まれば出発だ」
「この竜、グランアズールというのかっ。良い名じゃが少し長いな。ニックネームをつけてはどうだろうか」
「ニックネームか……いいな。確かにグランアズールは少し長いと思ってたところだ。よし――グラン!"ダンクラット城"に向けて出発だ!」
グゥオオオォオォオォオオン――!!
グランアズールはステルの声に応えるように、天を震わせる咆哮をあげた。
そしてその巨体を揺らしながら、大きく翼をはためかせ、ゆっくりと地上へ向けて羽ばたいていくのだった。
その頃、ダンクラット城では――。
「国王様! 予言通り、勇者一行が現れました!」
息を切らせながら、騎士団員たちがぞろぞろと部屋へ入ってくる。
「ご苦労様。それで――?」
玉座に腰掛ける女が、ゆっくりと視線を向ける。
その声音には威厳と冷ややかさが混ざっていた。
「勇者はおろか……仲間の首ひとつ見当たらないのだけど?」
冷淡に満ちた瞳が静かに全員を見渡す。
その視線に触れた瞬間、騎士団の誰もが、心臓をガシッと鷲掴みにされたような恐怖に襲われた。
「ハ、ハッ!申し訳ございません!あと一歩のところまで追い詰めたのですが、予想外の出来事が起こりまして……」
「予想外?何の事か言ってみなさい」
「ハッ!かの伝説の巨竜、蒼竜グランアズールが現れました……!それも…勇者が使役しているようなのです!」
「なんですって?あの竜が……。ふぅん」
国王?と呼ばれるその女は訝しげに眉をひそめた。
「…分かったわ、下がりなさい。引き続き王都全土に警戒網を張りなさい。見つけ次第すぐに報告すること――以上」
その言葉を最後に、騎士団たちは深く一礼をし、足早に玉座の間を後にしていった。
「ハァ……」
女は大きくため息を吐くと、玉座に背をもたせかけ、視線をわずかに斜めへ向ける。
「この国の騎士団は、本当に使い物にならないわね――ねぇ、“王様”?」
その言葉を合図にするかのように、先ほどまで何もなかったはずの空間がゆらりと歪む。
やがてそこに、無精髭を生やし、見るからに衰弱しきった男の姿がゆっくりと現れた。
否、正確には元からそこにいたのだ。
ただ、強力な魔法の力によって、その存在が隠されていただけだった。
「ンムーーッ……!グ、グゥ……!」
男はまるで口に蓋をされたかのように、喉の奥から必死に声を絞り出そうとしているが、空気の震える音しか漏れなかった。
「あらぁ、ごめんなさい。禁口の魔法をかけていた事を忘れてたわ。もう喋っていいわよ」
女が気怠げに指をくるりと回す。
すると、男はひゅうっと大きく息を吸い込み、押し殺されていた声をようやく解放するように、荒い呼吸を繰り返した。
「ハァハァハァ……貴様……!我の……王の真似事などしおって、この国を一体どうするつもりだっ!」
「フフフ…真似事も何もこれは事実よ。ダラス王は私の契約書にサインした――。これは契約の魔法よ。事実は既に書き換わった。私が王で、アナタはただの老いぼれ。
私がこの国をどうしようと、保身のためにこの国を捨てたアナタにはとやかくいう権利などないわ」
「く……黒鷲の魔女……!お前という奴はどこまでも……!」
かつての国王は、唇を強く噛み締めながら、どうすることもできずにいた。
屈辱と悔しさが胸を焼くようにこみ上げる。
今の彼にできることは、ただ一つ。
相手を精一杯の力で、憎悪を込めて睨みつけることだけだった。
「フフフ……ここまでは、計画通り。この大規模なショーはこれからもっと楽しくなるわよ」
黒鷲の魔女は不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳の奥には何を見据えているのか――。
そして、誰も知らない“次の幕”が、もうすぐ上がろうとしていた――。




