第ニ話 『ユニークスキル:断捨離』
「はぁ、それにしてもこの鎧と剣は邪魔だな……」
こうして俺は今、王国から少し離れたゴブリンの巣窟とやらに向かっている。
勿論、一人でだ。
王様からは、王国直属の優秀な魔導師や騎士を何人か用意されたが、俺はそれを丁重にお断りした。
理由は単純。
狩場において自分以外の人間がいる状況は、時に判断を鈍らせる要因の一つだ。
一瞬の迷いが命取りになる事を、俺は知っている。
と、そうこうしながら歩いていると突然ソイツは現れる。
ポン…!ヌチャア……
「なんだコイツは」
突如として目の前に、水色のタプタプとした餅みたいな物体が飛び出してきた。
「コイツ、目もあるし動いてるぞ。生きてるのか?」
「スラッ!」
その水色の物体は、俺のことを見るや否や勢いよく飛びかかってきた。
咄嗟に体を捻り、俺は奴の体当たりをするりと躱す。
「腹も空いていた所だ、ちょうどいい。かかってこい」
俺は姿勢を少し低く構え、奴の追撃に備える。
なに、うちの山に棲むイボイノシシに比べれば、こんなもの赤子も同然だ。
「スララッー!」
奴が飛びかかってきたその隙を、俺は見逃さなかった。
両手を広げ大きく伸ばし、その突進攻撃を全身で受け止めキャッチする。
「どうだっ…って、なんだこのヌルヌルした化物はーー!!!」
俺の記憶はそこで途切れた。
気がつくと、俺は道端で大の字になり気絶していた。
さっきのヌルヌルした気持ちの悪い化物はもういない。
あれは一体なんだったんだ――?
俺は生まれてこの方、一対一の勝負で負けた事はなかった。
それは猪だって、蛇だって、熊ですら例外ではない。
「俺は……負けたのか」
それは単純に筋力の問題ではなく、未知のモノに対する俺の適応力の無さが原因だった。
「クソ……!」
唇を強く噛み締め、生まれて初めて、敗北の味を味わう。
「ん……なんだこれは」
辺りを見るとそこには、しぼんだ風船のような半透明の皮が落ちていた。
俺はすぐにそれを手に取り、匂いを嗅ぐ。
「無臭だな。食えるのか?」
ピコン――!
「それは、スライムの外膜です」
「誰だッ!!?」
ピコン――!
「申し遅れました、私は代々勇者様のナビゲーターを務めている、"モデス"と申します」
少し無機質な女性の口調で、そいつは言う。
「モデス……?変わった名だな。姿が見えないがどこにいる」
「私の本体はここにはありません。遥か遠くから、勇者様の脳内へ直接語りかけています」
「何が何だかよく分からんが、本体がないのは好都合だ。
話は戻るがモデス。このすらいむ?とかいうのは食えるのか?」
この問いかけに一切の思考時間を待つ事なく、モデスは即答する。
「一般的にスライムを食用とする文化はありません。体表の殆どは水分のみで構成されており、栄養価はほぼ0kcalです」
「そうか。ならば仕方がない。これは捨て置くとする……」
俺は仕方なく、スライムの皮を元の位置に戻そうとしたその時、モデスはこう告げる。
「"ユニークスキル:断捨離"を使用しますか?」
「ユニーク過ぎる?なんだそれは」
「"ユニークスキル:断捨離"を使用しますか?」
よく分からんがモノは試し、幸いモデスは悪い奴ではなそうだ。
「ああ、頼む」
「承知いたしました。"ユニークスキル:断捨離"を発動します。目の前のゴミ箱に、それを移動してください」
モデスの言った通り、俺の視界左端には突如として、小さなゴミ箱の様な物が現れた。
首を動かすと、それに対応する様に追従してくる謎のゴミ箱。
まるでゲームの画面の様に、いつまでもそこに在り続けている。
「分かった、これをこうすれば…いいんだな」
すると、ポンッ!という軽快な音と共に、スライムの外膜はゴミ箱へと吸い込まれていった。
「うお、凄いな!これは便利だ!」
俺は思わず驚き感嘆の声を上げる。
「ピピピピピ……完了しました。今回の断捨離で得た経験値を、ステータスに振り分けてください」
ブォン――。
続いて、視界の正面にゲームのステータス画面の様なパラメータが表示される。
項目は以下の六つ。
称号:駆け出し断捨離人:Lv.1
• HP《体力》73
• MP(魔力)0
• STR(筋力)95
• DEF (防御力)67
• AGI (敏捷)99
「な、何だこれは…」
「これは、勇者ステル様の現在ステータスです。
参考程度に、一般的なLv.1の平均値は10です。対する勇者様66.8。MPの数値は0ですが、それ以外のステータスは、歴代勇者様の中でも最高値です!」
おお、よく分からんが数値で表してくれるのはありがたい。
確かステータスを振り分けると言っていたか。
断捨離をすればする程に、自らが強化される……?
なんだこれは……!
己の身一つで生きてきた俺に、ピッタリのスキルじゃないか!
「おい、モデス」
「はい、どうしました?」
「この断捨離スキルは、"どんなものにでも"使えるのか?」
「はい、基本的に無機物、有機物は問いませんが……」
「よし分かった」
俺はモデスの答えを聞いて、すぐに身に纏っていた"オリハルコンの鎧"を脱ぎ、パンツ一丁になった。
「ちょ、ステル様…なにをッ!」
ポンッ!
俺はモデスの反応をよそに、迷わず鎧を"断捨離"した。
「ちょ、ちょ、ちょ!そ、それはゲームでいうと、ラスボスクリア後に入手できる様な激レア装備ですよ!?なにやって……」
「こんな動き辛くて暑苦しいもんはいらん」
続けて俺は、今の装いには不釣り合いな聖剣エクスナンタラ〜も、ゴミ箱へ迷わず放り込んだ。
「ちょちょ、勇者!バカッ勇者!それはこの国一、いやこのユーディリア大陸でも有数の宝剣ですよ!?なんて事してくれてるんですか!?」
「武器に頼るなぞ言語道断!漢なら!裸一貫当たって砕けろだ!」
「ダラス王…アナタは、呼び出す方を間違えた様です…」
「あとはこれをこうして…よし、ステータスも整った。気のせいか体にも力が漲ってきた気がするぞ」
そう言って、俺はマッスルポーズの格好をとる。
「全裸同然の姿でそのポーズはやめてください!通報されますよッ!」
とまあそういうわけで、俺は自分にピッタリのスキルを手に入れたってわけだ。
"ユニークスキル:断捨離"
こうして、俺の旅は本当の始まりを迎えた――。
称号:見習い断捨離人:Lv.17
• HP《体力》99
• MP(魔力)0
• STR(筋力)150
• DEF (防御力)99
• AGI (敏捷)120