第十八話 『逃げるもよし』
「どうし……て……」
フードを被った男…その正体を知って呆然と立ち尽くすミカの元に、怒り狂った大勢の群衆達が今にも迫っている。
「必ず捕えろ!反逆者共の生死は問わない!」
指導者のような男が高らかに叫んだ。
「オオーーーッ!!」
その声に呼応するように、辺りを埋め尽くす程の群衆が、一斉に声を上げた。
(確認したい事は他にもある……でも、今はここから逃げないと…ッ!)
ミカは心の中で自らを納得させると、先に逃げた二人の背を追って足早に駆けていくのだった。
「ハァハァハァ…ゴメン、ちょっと遅れた!やっと追いついたわ」
「おおよかった!心配してたんだぞっ!何かあったのか?」
幸い合流に時間はかからなかった。
だが、追われている状況には変わりない。
タッタッタッタ…。
パコは一生懸命走りながら、ミカにそう問いかける。
「ええ、ちょっとね……それは、落ち着いたところで話すわ。それよりステルはどこに行ったの?」
まだそれほど時間は経っていないはずなのに、視界にはステルの姿が見えなかった。
「それがな…ウォオオと雄叫びを上げながら、パコをおいて走り去ってしまったんだ…それはもう物凄いスピードで…」
「エエっ!?目的地の詳しい場所も分からないのに、あのバカ勇者!!」
「うむ。無事、先に着いていてくれるといいんだが…」
その時だった。
ヒュン――ヒュヒュヒュン――!
ミカの頭すれすれを、矢がいくつも掠めて飛んでいった。
「きゃあ!パ、パコどうしよう?これじゃあ私達、格好の的よ!」
ミカは気持ち程度に頭を両手でおさえながら、パコへ問いかける。
「うむ、まずいなっ。体に纏うタイプの防御魔法が使えればいいんだが…ミカは使えんのか?防御魔法」
「防御魔法の類は、昔からからっきしダメなの…役に立たなくてごめん…」
ミカは少し恥ずかしそうに告げた。
「気にする事はないっ!ならばっ!ここはパコの出番だなっ!」
張り切るようにそう言うと、パコは一瞬足を止めて後方を振り返った。
そしておもむろに、背に携えた自慢の弓を手に取ると、群衆の方へとゆっくり狙いを定める。
「パ、パコ……! あの人たちは魔物じゃない、ただの国民よ! 傷つけては――」
「安心せいっ。ちょっと驚かせるだけだっ」
パコは弦を引き絞り、矢を一本つがえると、一呼吸のうちにうち放った。
その矢は空を裂き、群衆の足元へ突き立つと。
次の瞬間――パンッと乾いた破裂音が響き、白い煙が勢いよく噴き出した。
煙幕は瞬く間に広がっていく。
「そりゃそりゃそりゃそりゃあっ!」
パコは続け様に何度も弓矢を放ち、たちまち辺りは白一色。
群衆達の視界から、ミカとパコの二人を完全に覆い隠していった。
「よし、今のうちに行くぞ!」
パコは矢筒を揺らしながら、手招きをした。
「凄いわパコ!こんなことも出来たなんて」
ミカは目を輝かせながら、パコヘと駆け寄る。
「うむっ!これは目眩矢と呼んでいる。弓はただ的を射る事だけではない。こんな使い方もあるのだっ」
パコの機転を利かせた立ち回りによって、一旦は難を逃れることに成功する。
白煙があたりを覆っている間に、二人は再び目的地――“ドラゴンの厩舎”へと駆けていくのだった。
一方その頃。
「ウォオオォオオオォオオオオーーーーー!!!!」
俺は――全力で走っていた。
昔祖母に言われたある一言を思い出しながらだ。
これは俺がまだ年端もいかないガキの頃、山で野猿の群れに襲われたことがある。
当時はサバイバルの経験も浅く、多勢に無勢でどうしようもなく追い込まれていた、そのときだった。
大きな竹刀を手に、祖母が颯爽と現れたのだ。
そして竹刀を前に構え、俺の目の前でこう言い放った。
「キェエェエェエェェイッ――バイナラ!!!」
俺は衝撃だった。
熊にも猪にも、狼すらも恐れない、あの“サバイバ婆”の祖母が――戦わずに逃げたのだ。
祖母は俺を脇に抱えると、一歩も立ち向かうことなく、ただひたすら走り去った。
あとになって理由を尋ねると、祖母は笑ってこう答えた。
「確かにあのとき、ワシ一人であの野猿どもを成敗することはできたかもしれん。けどな、大事な孫を危険に晒してまで、ワシの力を誇示する意味などないわい」
そして、少し遠くを見つめながらこう言った。
「生きておれば、いろんな局面がある。時には逃げるもよし。それがサバイバルの心得じゃ!」
と、そんなことを考え走っていたら、気がつくと俺の目の前には巨大な石壁が立ちはだかっていた。
そこで、俺は初めて足を止め背後を振り返る。
「ミカー? パコー? どこ行ったんだ……? ……はっ!!?」
俺は、思わず息を呑んだ。
まさか――まさか俺は、仲間たちを置いて、たった一人でここまで来てしまったのか!?
その事実にひどく落胆し、思わずその場に膝をつく。
一心不乱に走ることだけに夢中で、すっかり仲間のことを忘れていた。
なんてことだ……!
これじゃ祖母に言われたことをまったく活かせてないじゃないか。
「生きてりゃいろんな局面がある。時には逃げるもよし」――確かにそうだ。
だが俺は、自分のことで手一杯になりすぎて、結果として大事な仲間達を危険に晒してしまった。
「くそっ!今すぐにでも引き返して……」
(ちょっと待ってください勇者様!)
俺はその場から、さっき来た方向へ引き返そうと身を翻しかけたその時、モデスが脳内に現れそう言った。
(どうしたモデス!俺には時間がないんだ!)
(行く前に一つ、あそこの壁の左側を見てください。なんだかあそこだけ、違和感を感じませんか?)
モデスに言われたところを見てみると、石壁の窪みに、不自然な違和感を感じた。
「確かにこの壁の窪み、何か変だな」
(あー勇者様!触ってくれとまではいってません!)
モデスがそう言いかける前に、俺はおもむろに壁の窪んだ部分を触った、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ――!!
「な、な、なんだこれは――!!?」




