第十六話 『黒鷲の魔女』
次の日の朝。
俺は村一番の立派な宿のベットで、最高の目覚めを迎える――はずだった。
「ステル〜〜〜!!起きて起きて!た、大変なことになったわよッ!!」
バシッバシッ、と遠慮のない手つきで、俺はミカに叩き起こされた。
「どうしたんだ…こんな朝早くに。ふぁ〜」
俺は眠たい瞼を擦りながら、大きくあくびをした。
「今朝、私が飼ってる伝書烏から伝言があったわ。お、王都に、"ダラス王国"に"黒鷲の魔女"が現れたのよっ!」
ミカは顔を引きつらせ、決死の形相でそう言った。
「王国に……?"黒鷲の魔女"……だと?それは何か問題があるのか」
「問題がある所の話じゃないわよ!!!黒鷲の魔女っていうのは、それはそれは恐ろしい存在で…あ〜もう!なんて表現したらいいのかしら…」
「ミカ様、モデスがそこのところ、詳しく説明しますね!」
言葉に詰まってしまったミカへ助け舟を出すように、モデスが補足で説明をしてくれた。
黒鷲の魔女。
それはおとぎ話や神話の世界に登場する、この世界に古くから存在する"七人の魔女"の一人のことをそう呼ぶ。
その七人は"七彩の魔女"と呼ばれ、ある地域では崇拝し讃えられ、またある地域では破滅の象徴とも言われてるらしい。
「なるほど、分からん」
「ちょっとステル、黙って最後まで聞きなさい!」
俺はミカにピシャリと諭される。
「なにより、“魔女”と呼ばれる彼女達は、ミカ様のような"魔術師"とは本質的に異なる部分がいくつかあります」
モデスは話を続けた。
一つ、魔女は老いるという概念がない。
二つ、魔女は伝説・神話級と呼ばれる魔法――アストラ級魔法の使い手である。
三つ、魔女が現れた近隣地域の魔物は活性化され、より凶暴で危険度の高い魔物達が出現する。
四つ、魔女はそれぞれ、異なった魔眼を有している。
五つ、魔女を倒すことができるのは、同じ魔女同士もしくは、伝説の勇者だけであると――。
「現時点で分かることは以上です。私も、実際にその目で魔女を見たことはないので、あくまで言い伝え程度の話ではありますが……」
「なんとなく凄さは伝わってきたが、その魔女がダラス王国に何の用があるんだ?」
「それは…分からない」
「ズルズル……目的が分からないのが、余計に不気味だ。ズルズル…だが、七彩の魔女が現れたというなら、骸の王やケルヴォルフがこの村近くに出現したことも合点がいく……ズルズル」
いつの間にか目を覚ましていたパコは、蕎麦をすすりながらブツブツと呟いた。
「と、とにかく!私は一度王都に戻るわ。何だか……胸騒ぎがするの」
ミカは得体の知れない不安に胸を締めつけられ、思わずその鼓動を確かめるように手を置く。
「おう、おれも行くぞ」
「ステル……気持ちは嬉しいけど、相手は七彩の魔女よ。勇者はこの国唯一の希望なの。万が一勇者の身になにかあったら、私は」
ポンッと。
その時、誰かがミカの肩にそっと手を置いた。
「その時は、連帯責任だっ」
いつの間にか蕎麦を食べ終えていたパコが、ミカの方を見てニカっと笑っていた。
「パコ……!でも……」
「な〜に、もう乗り掛かった船だっ。それに、ミカと勇者は会った頃から、パコのことを疑うこともせずに村を魔物から守ってくれた。ちょっとはお返しさせろいっ」
そう言うとパコは、少し重くなった空気を払うように、勢いよくミカの脇をくすぐった。
「コチョコチョコチョ〜〜!!」
「ク、クク、ちょっとパコッ!キャハハハッやめなさい、そこは脇じゃな……!わ、分かった分かったわ!パコも一緒に三人で、王都へ向かいましょう!」
笑い疲れたミカは、観念した様子で降伏宣言する。
「カッカッカ!わかればよいっ」
パコは高らかに笑い声を上げる。
「そうと決まれば、早速出発よっ!二人とも、準備はいい?」
ミカは杖と鞄を手に取り、王都に向けて力強く指さした。
「うむっ!バッチリだっ」
「ああ!七菜だか白菜だか知らんが、あいにく俺は好き嫌いなどない。どんな鍋でも平らげてやるさ」
「いや、あんたの脳みそ変換機能どうなってんのよ!まぁいいわっ!…お陰で不安が紛れた。私達なら、どんな相手でもかかってこいだわ!さぁ、出発するわよー!」
こうして、三人はスコット村の村人達にあらためて感謝の気持ちを伝えた後、急足で王都へと向かっていくのであった――。
その頃、ダラス王国の王室では――。
「黒鷲の魔女……こんな事をして、お前は一体何がしたい」
ダラス国王は、何かの契約書のようなものにサインをしながら、目の前の相手へそう問いかける。
「フフフ…私は強欲なの。一度欲しいと決めたら、どんな手を使ってでも手に入れないと気が済まない――けど安心しなさい。この国を、悪いようにはしないわ」
周囲には数十人の衛兵たちが倒れ伏していた。
その顔には生気がなく、虚ろな瞳が鎧の隙間からぼんやりとこちらを見つめている。
「くっ……」
ダラス国王は苦虫を噛み潰したような表情で、しぶしぶペンを置いた。
「は〜いありがと。それじゃ、まずはどこから始めようかしら、ね」
黒鷲の魔女と呼ばれるその女は、不気味な笑みを浮かべた。
まるで、これから起きる出来事を予見しているかのように――。




