第十二話 『骸の王』
「ここが、スケルトン城ね…」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
スケルトン城――。
そこは数百年前、とある王族が築いたとされる鉄の城だった。
長い歳月の末に壁は崩れ、塔は傾いでいたが、その巨躯と禍々しい気配はなおも失われていない。
ひび割れた門の奥からは、骸骨の兵がこちらを見つめている気がして、ミカは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「うむ。結局勇者の行方は不明のまま、二人でここまできてしまったが。ミカ、勇者なしでこのダンジョンに挑む覚悟はできとるか?」
「ええ、私はこれまでも、魔術師になる為に一人でここまでやってきた。必ずここで、勇者もスコット村の人達も助け出すわよっ!」
「カッカッカ。その意気だ。それじゃ行くぞぉっ!」
こうして、二人はスケルトンが巣食う根城へゆっくりと足を踏み入れる。
幸い城門に錠前などはかかっておらず、ミカが体重をかけ扉を押すとゆっくりと開いていった。
ギギギイィイィィイ……バタン。
重たい扉が悲鳴を上げて閉じると、薄暗いエントランスには複数の骸骨兵達が並んでいた。
スケルトン――。
分類:屍霊種/骸骨兵
危険度:D+
主に、古戦場や呪われた遺跡などに出現する、死者の骨が動く不死の存在。
肉や皮はすべて失われ、白骨のみが魔力によって形を保っている。
かつて人間だった頃の戦闘技術をわずかに残しており、剣や槍などの武器を扱い、集団戦術を得意とする。
その名の由来は、英語で「骨格」を意味する「Skeleton」に基づく。
侵入者に気づいた瞬間、白い頭骨が一斉にこちらを向き、錆びだらけの剣や槍を手に取る。
カラカラ……ギィ……ギシ……と骨の軋む音が辺りに響き渡る。
ミカは息を呑み、隣で身構えるパコと視線を交わした。
次の瞬間、スケルトンたちは一斉に足を踏み出し、襲いかかってきた。
「来るぞ、援護は頼んだっ」
「え、ちょっ……!」
パコはミカにそう一言だけ残すと、一目散にスケルトンの群れへ駆け出した。
あっという間に何体もの骸骨兵に囲まれてしまう。
そのうちの一体が、甲高い叫び声を上げながら錆びた剣を振りかぶった。
「パコ!」
後ろから、ミカの叫ぶ声がした。
だが、その心配はすぐに消え去る。
パコは臆することなく腰の短剣を抜くと、その一撃を鋭く弾き返し、スケルトンの頭と胴体を完全に断ち切ったのだ。
そこからは一瞬の出来事だった。
次から次へと迫り来るスケルトン達の凶撃を、パコは腰に吊るせる程度の短剣のみで完全に捌き切る。
カキィンカキィンッ!
「ちょっと〜!パコって弓術使いじゃなかったの!?」
「本職…はな。長生きしてれば、色んな事が勝手に身につく」
そのままバッタバタと、パコはスケルトン軍団を薙ぎ倒していき、あっという間にエントランスを制圧したのだった。
「す、凄すぎるわパコ!私なんて、ほぼ後ろで突っ立ってただけなのに」
ミカはパコの元へ駆け寄り、先の戦闘を労った。
「ハァハァ……そんな事はない。後方からの援護射撃には何度か助けられたぞっ」
「これなら楽勝ねっ!さぁ、どんどん先へいきましょ」
「うむ、二階エリアへゆくぞ」
カラ…カラカラ……
こうしてエントランスを突破した二人は、そのまま次のエリアへと踏み込んだ。
変わらず前衛と後衛の息の合ったフォーメーションで、襲いかかる骸骨兵たちを次々と打ち倒していくのだった。
「ふぅ〜コイツら、強くはないけど数がとにかく多いわね。無駄にMPの消費が激しいわ」
ミカは額から垂れる汗をぬぐいながら、少し息を整えた。
「うむ。外観から予想するに、このダンジョンは四階構成。未だ村人達の姿は見えんが、なるべくMPを温存するに越した事はないっ」
二階の敵を片付け、三階へ続く階段を上りながらそんなやり取りを交わしていると――不意にパコが立ち止まった。
「あれ…パコ?どうしたの」
「漂う気配が、さっきまでとは違う。恐らくここが……ボスエリアだ」
パコはいつもより少しだけ緊張を帯びた表情で、ミカにそう告げた。
「…分かったわ。でも、私たちのコンビネーションなら楽勝よ!」
ミカは力強く頷き、口元に自信の笑みを浮かべる。
「パコが前線で戦ってくれたおかげで、まだ私の最大魔法を使える分のMPは残ってる。行きましょう!」
ミカとパコは簡単に言葉を交わした後、準備を整え三階エリアの扉へ手をかける、そして……。
バタァンッ……!!
「コォラ〜!! カラカラ骸骨共〜、もう観念しなさいっ!」
ミカは自分を奮い立たせるように叫びながら、勢いよく扉を押し開けた。
だが、そこで目にした光景に思わず声が詰まる。
「って……アレ……?」
先ほどのような骸骨兵の群れは影も形もなく、そこにいたのは――ただ一体のスケルトンだった。
朽ちかけた王冠と豪奢な礼服を身にまとっており、玉座に腰かけ、空洞の眼窩でじっとこちらを見据えている。
「……な、なんか拍子抜けね。まぁいいわ、パパッとやっちゃいましょう」
ミカは小さくため息をつくと、杖を構えて詠唱を始める。
「ジリジリと灼かれなさい!……フレイマッ!」
その杖の先から放たれたのは、サッカーボール程の大きさの火球だった。
それはスケルトン目掛け物凄い速度で襲いかかる。
ボォンッ!
「よし直撃!……って、あれ?」
ミカの放った火球は、紛れもなく直撃した筈だった。
だが、そのスケルトンは一切微動だにせず、変わらず玉座に鎮座している。
「そんなはずは…フレイマッ!フレイマッ!」
続けて二度、三度。
繰り返し放たれる火球、だが、スケルトンを玉座から動かすことはなかった。
「おかしいわ……。こうなったら――"マグナ・フレイマ"ッ!」
ミカの杖先がまばゆい光を放った、その瞬間だった。
「危ないっ!」
グサッ!
「いきなりどうし……って、パコ、その傷!」
パコの左脚には、鋭い刃の様な氷柱が深々と突き刺さっていた。
「ぐぅ……だ、大丈夫……っ。これくらいなら、まだ動ける……」
痛みを抑えながら、あらためて前へ向き直ると、そのスケルトンはゆっくりと口を開いた。
「カラカラ…王の御前でその態度、しっかり教育する必要がありそうだな」
……そいつは、ただのスケルトンではない。
スケルトンキング――別名:骸の王。
分類:屍霊種/骸骨王
危険度:B-
それは、かつて一国を治めた王が、ある者の手によって骸骨の姿で蘇った存在。
全身は白骨化しているが、朽ちかけた王冠と豪奢な礼服を身にまとい、生前の威厳を漂わせている。
高い知性を残しており、配下のスケルトンを自在に操るほか、氷魔術や呪術を駆使し戦う。
ミカのMPは、もうほとんど残されていなかった。
パコも深い傷を負い、先ほどまでの俊敏な動きは望めない。
刻一刻と迫るスケルトンキングの影。
二人に、最大の危機が訪れようとしていた――。