第百五話『立派なアレ』
ダンジョンマスターの粋とも悪趣味とも言える計らいにより、
いくつかの深層をすっ飛ばし、俺は"第九十九深層エリア" へと向かう。
そこには何が待ち受けているのか。
負傷した右足を庇いながら、ゆっくりと扉の前に立った。
すると、ウィーン――という機械的な駆動音と共に、自動扉がゆっくりと開いていく。
「タノモーーーーーーーウッ!!」
俺は声を張り上げ、勢いそのままに中へと突入した。
扉の先に広がっていたのは、これまでと何ひとつ変わらない、無機質で味気のない真っ白な部屋。
瓦礫の欠片、ひしゃげた金属片。
そして地面には、所々に黒く焦げついた痕跡が点々と残されている。
(…………? おい、怪物は……?)
“九十九深層”ともなれば、そりゃあもう化け物じみた怪物の一匹や二匹はいるだろう――と、それなりに覚悟していた俺は、変わらぬいつもの退屈な景色に肩透かしを食らう。
(どういうことだ……? あのダンジョンマスター、まさか繋げる部屋を間違えたとか言わないよな……?)
そんな馬鹿げた考えが頭をよぎった、その矢先だった。
真っ白な空間に溶け込むように――向かい側の扉の前で“誰か”がポツンと立ち尽くしている。
「……あれは……まさか」
思わず漏れたその小さな声は、自分でも驚くほどかすれていた。
そのまま一歩、また一歩と。
彼女との距離は確かに縮まっていく。
気がつけば、その距離は四メートルほど。
手を伸ばせば届くようでまだ届かない、そんな絶妙な間合い。
「イデアル……だよな?」
「あなたこそ、"本物の勇者ステル" で間違いない?」
「何を言ってるんだ? どこをどうみたって正真正銘の本物だろ」
変なことを聞かれたもんだと首を傾げつつ、そう答えて一歩踏み出した――その瞬間。
「雷の環ッ!!」
バリバリバリバリッ――!!
空気が裂けるような轟音と共に、鮮烈な稲光が俺の視界に映る。
瞬間、足元の床に落雷が叩きつけられ、眩い光と衝撃が弾け飛ぶ。
「うおおおおッ!? ちょ、ちょっと待て!」
反射的に仰け反った俺は、そのまま尻もちをつく。
まともに食らっていたら、確実にあの世行きである。
「お、おい! なんのつもりだお前!!」
「ハァ……アナタこそ――無条件に人を信用しすぎよ。
ここに来るまで、幾度となく裏切られたでしょう?」
イデアルは、半ば呆れ顔で俺を見つめる。
(……そういえば)
脳裏に嫌でも蘇ってくる、先ほどの六十三層の記憶。
カバテロ――いや、“カバテロの姿をした何か”のことを。
このダンジョンは仲間の容姿を平然と擬態し、迷いなく襲いかかってくる。
信頼も、絆も、思い出すら利用する狡猾さを持っている。
イデアルの言葉は、まさにその核心を突いていた。
「ってことは、お前もカバテロのフリした奴に会ったのか?」
「彼だけじゃないわよ」
イデアルは肩をすくめ、小さくため息を落とした。
「私の周りの人間はほぼ全員、もう“登場済み”よ。
何十……何百……はぁ、途中で数を数えるのにも飽きて忘れたわ」
言葉の端々から滲む疲労と苛立ち。
それがこのダンジョンの悪意にどれだけ晒されてきたかを物語っていた。
「そして、あなたがやって来たのは、これで"八回目"よ」
その声音は皮肉でも冗談でもなく、ただの“事実”として告げられる。
「なんか……俺よりハードモードだな」
その一言に、イデアルの眉がピクッと上がった。
「当たり前じゃないッ!!」
珍しく声を荒げたイデアルは、そのまま堰を切ったようにまくし立てる。
「そもそも、あの性悪クソ餓鬼ダンマスが悪いのよっ!!」
イデアルの怒号が炸裂した。
「このダンジョン、今まで潜ってきた中でも最悪中の最悪だわ!
九十九深層エリアまで行ったと思ったら――次の瞬間、またリセットで第一深層からよ!!?」
バンッ、と床を指差す音がやけに鋭い。
怒りのボルテージは、そこからさらに跳ね上がる。
「しかも! 何よこのリソースの使い回し!!
制作コストケチるにもほどがあるでしょ!!
敵のバリエーションも背景の種類もまっったく増えないし、ギミックなんて丸コピ!!」
(あれ……イデアルってこういうキャラだっけか……?)
「四回目のアンタの偽物なんて、カタコトで何言ってるか分かんなかったし!
《オレ、ユウシャステル。ナカヨクシヨ》じゃないわよっ!
どういうバグよあれ!!もうメチャクチャだわ!!」
そしてイデアルは息継ぎをする間もなく、怒りの全てを込めて叫び散らした。
「ダンジョン運営なめてんじゃないわよアイツ!!」
俺は呆気に取られて、口をぱくぱくさせるしかなかった。
「ハァ、ハァ……コホンッ。
一先ずスッキリしたわ、取り乱してごめんなさい」
さっきまでの怒号が嘘のように、イデアルはすっと冷静さを取り戻し、上品に咳払いを一つ。
「……とにかく、散々騙され続けたせいで、今の私は完全に疑心暗鬼なの。
だから、アナタが本物の勇者ステルである証明をしてほしいの。なぁに簡単でしょ?
アナタの立派な"アレ"を見せてくれればいいだけだわ」
「なんだよ、それなら最初からそう言ってくれ。ほらよ」
俺は自らの下着に手をかけ、ズリッと勢いよく脱ぎ捨てた。
「どうだ、これで――」
「ちょっと待ちなさいッッ!!
誰がそんなの見せろって言ったのよバカァッ!!
なに!?証明しろって言われて即脱ぐ勇者なんて前代未聞よ!?アンタの思考回路どうなってんのよ変態ッ!!」
イデアルは俺に背を向けたまま、肩を震わせながら怒号を飛ばす。
耳まで真っ赤だ。
怒っているのか照れているのか、よく分からない。
「でも“立派なアレを見せろ”って」
「どんだけ都合よく解釈してんのよアンタは!!
断捨離スキル!アンタが勇者に選ばれたのはそれが理由でしょ!?」
「なんだそっちの方か」
「はぁ……久々に会ったと思ったらコレよ……。
いいから早く穿きなさい。落ち着いて、ほらそこの瓦礫でも断捨離してくれればいいのよ」
イデアルは両手で顔を覆い、深々とため息を吐いた。




