表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/137

第百四話『嘲け嗤う者』

まさに絶体絶命。

迫りくる暴風の竜を前にして、ステルは一度たりとも瞬きをせず、目の前の光景を真っ直ぐに見据えていた。


逃げようとする素振りも、もがく様子もない。

まるで“覚悟”すら通り越して、この結末を受け入れたかのように静かだった。

 

ゴォオオオォオオォオオ――ッ!!


(一か八か……やるしかない)

一呼吸置いたのち、ステルは高らかに声を大にして叫ぶ。


「"ユニークスキル:断捨離" ――発動!」

ステルの叫びと同時に、暴風の竜――嵐気竜(ウィンドラ)の巨体が、視界に出現したゴミ箱の中に、ヒュルヒュルと吸い込まれていく。

 

ステルにとって、まさに"奥の手中の奥の手"。

魔法攻撃を断捨離(むこうか)するのはこれが初めてではないが、決して気軽に使える手段ではない。

というのも――ステルは過去、断捨離スキルの“使いすぎ”で、

スキルそのものが一時的に使えなくなる…という致命的な経験を二度もしている。


そのため以前から「使用する時は十分に注意してください!特にレベルの低いうちは、基本魔力核(コア)化したものだけです!」と、念入りにモデスから釘を刺されていた。

魔法攻撃や物体"そのものの断捨離"は――負担(コスト)が桁違いに大きいらしい。

 

そして何より、ステルは断捨離スキルの本質を、まだ完全には理解していない。

扱い方次第では、意図せぬモノまで“まとめて断捨離してしまう”危険がある。


(……もし、カバテロごと断捨離してしまったら――)

それだけは絶対に避けなければならない。

だからこそ今回の使用は、文字通り一か八かの賭けに近い、限界ギリギリの選択だった。


「ウオオオオオォオォオオォオオオッ!!!!」

流れ込む魔力の奔流が、全身を突き抜ける。

ミシミシと軋むように音をたてる自らの体。

直撃はしていないにも関わらず、体にかかる負担は相当なものだった。


嵐気竜(ウィンドラ)

この魔法は、カバテロが四十年にも及ぶ研鑽の果てに、自ら編み出した風属性の上級(ウル級)魔法である。

その名の由来は、かつて世界に君臨したと伝えられる伝説の風竜、"翠竜・グランヴェルデ"の異名「風を纏う暴風竜(ウィンド・ドラグーン)にちなんだもの。

 

本来であればこれほどの大魔法だ。

容易に行使できる代物ではない。

だがカバテロは、日々欠かすことなく自らの魔力(マナ)を――少しずつ、少しずつ、大杖に蓄え続けていた。

その長年の蓄積を、今まさに一気に放出することでのみ発動可能な、数年に一度きりの大魔法。


それが、嵐気竜(ウィンドラ)である。


「ハアッ……ハアッ……ハァ……」

さっきまでの嵐は嘘のように静まり返り、部屋全体に静寂が訪れる。

安堵感から全身の力が抜け、ステルは磔状態から解放されると同時に、地面へ膝をついた。


「……ハァ……」

一拍置いて、ゆっくりと顔を上げる。

そして気がつく。

数メートル先の方に、大の字で倒れ込んだカバテロの姿が見える。

 

「カバテロッ!」

右足の腫れと痛みが容赦なく主張してくる。

いや、そんなもの今は構ってられない。

俺は弱音を噛み殺しながら、右足を押さえ引きずるようにしてカバテロへ駆け寄ると、そっと優しく声をかけた。

 

「う……うぅ……うう……」

カバテロは左胸を押さえ、地面に転がったまま苦悶の声を漏らしていた。

 

「大丈夫か! しっかりしろ!」

呼吸が乱れているのかと思い、俺はその巨体をゆっくりと起こそうと手を添える。

その時、カバテロの唇が震え、低く呟いた。

 

「ゆ……勇者、ステル……」


「そうだ!正気に戻ったのか!」


「……一つだけ、伝えたいことがある」


「なんだ言ってみろ?一つなんて言わずに何個でもいってみ――」

俺が言いかけたその刹那。


「ゲーム⭐︎セット」

間の抜けた、俺でもカバテロでもない男の声。

次の瞬間だった。

カバテロの体が、風船のように、ぷくりと不自然に膨れ上がる。


「なっ、」

俺の理解が追いつく前に。


パァンッ!!!

鋭い破裂音が空間に炸裂し、カバテロの巨体は次の瞬間――粉々に弾け飛んだ。


「なにが一体……どうなってる……」

普通なら飛び散るはずの何かが、そこには存在していなかった。

肉片も、血潮の一滴たりとも。

淡くきらめく魔力の残滓だけが、雪のように空中へ散って消えていった。

ついさっきまでの出来事が、全て淡い幻想だったかのように。


「ヘハヘハッ! 何度見ても笑えるなぁ、人間フーセン⭐︎」

(あざ)(わら)いながら、ふざけた芝居を打っているような男の声。

 

「誰だよ、お前……」

ステルは奥歯を噛みしめ、握りしめた拳を震わせながら、声の飛んできた天井の方へと鋭く睨み上げる。


「ボク? ボクのコト?

もしかしてぇ……興味あったりするワケ?

気になってるの? ねぇねぇ、気になっちゃってるのぉ? ヘハヘハヘハッ⭐︎」

室内のあちこちから、跳ね回るように甲高い声が反響する。

軽い調子の言葉遣いとは裏腹に、漂う気配は底知れず気味が悪い。

その声は一つの方向ではなく、壁・天井・地面に至るまで……まるで空間そのものが喋っているかのようだった。

 

「ま〜ぁ?キミも薄々気がついてると思うけどさぁ〜?

そうだよ、ボクがこのダンジョンを作った張本人――だよ⭐︎」

男はサラリとそう告げた。


「……そうか。となるとお前が、この国に魔物を送り込んでいる張本人――そう受け取っていいんだな」


「そのと〜〜ぉり⭐︎ あいつら退屈してそうだったからさぁ〜?

ボクの魔物達(オモチャ)と遊んでもらおうと思って、ね⭐︎」


「お前もどうせ、魔物の一種かなんかだろ。

自分だけ隠れて傍観なんて、卑怯で情けない奴だ」

吐き捨てるように言った瞬間、室内に反響していた男の笑い声が、ぴたりと止まった。


糞塵芥屑(ゴミクズ)共と同列にするな」

先ほどまでの軽薄な調子は跡形もない。

凍てついた刃のように鋭い声が響き渡る。

 

「キサマも――“舐め腐ったあの女”と同じ結末を辿らせるぞ」


「それは、イデアルの事を言ってるのか?」

一瞬の沈黙の後。


「はい、威圧タイムはお〜わり⭐︎」

別人のようにふざけきった声へと切り替わる。


「今は確か、六十三深層だよねぇ……?

うんうん、右足もボロボロみたいだし――キミには特別に、"スキップ権"を贈呈しよう⭐︎」


「……スキップ権だと?」


「次の階層はね――九十九深層。

ほら、特別扱いってヤツだよ、もっと喜んでいいんだよぉ?⭐︎」


(……コイツの考えている事が、全く読めない)


「それじゃあボクはずっと見てるから、せいぜい頑張ってくれたまえ。ヘハヘハヘハッ!!」


狂気じみた笑い声がまだ響いている最中、ブツッ――と雑音が混じり、音はそこで突然途切れた。

そして、幾度となく聞かされた、あのお馴染みの音声が流れ出す。


「第六十三深層エリアの殲滅を確認しました。

これよりダンジョンマスターの特権により、"第九十九深層エリア"へのスキップを実行――完了。ゲートを解錠します」


「……何が何だか分からんが、亡き人間を弄ぶような真似をするヤツは絶対に許さん。待ってろ、ヘラヘラ男」


右足はまだ痛む。

全身も重い。

だが、それでもステルの足取りは止まらない。

 

「行くぞ……第九十九深層」


物語は、着実に "真実の輪郭" へと迫っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ