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第百二話『マインドブレイク』

「ほぁあああああああぁああっ!!!」


見える――見えるぞ。

魔物(ヤツら)の動きが止まって見える。

かつてガロウルフと対峙した時には一度も感じなかった、異様なまでの“余裕”。

これが……ステータス上昇の恩恵ってやつか。


「ラストォオッ!!」

吠えるように叫び、俺は残った一匹へと容赦なく拳を叩き込む。

“ボギィ”という鈍い感触が左拳に伝わると同時に、ガロウルフの体は端から端へ一直線に吹き飛び、そのまま一瞬のうちに光の粒となって霧散した。


「ふぅ。とりあえず最初はこんなものか」

正直な所、"七彩の魔女"ですら苦戦するダンジョンと聞いて、ワクワクする気持ちの中に多少の不安があったのは事実。

だが、今のところ出てくる魔物共は驚くほど“普通”。

この程度の魔物であれば、何体来ようが肩慣らしにもならない。


俺は倒した魔物達からドロップした魔力核(コア)を一つ残らず丁寧に回収すると、断捨離スキルで即・経験値に変換する。


ゴミ箱へ魔力核(コア)をまとめて放り込み――

一括選択 → 全変換(オールドロップ)!!


高鳴る期待と共に、ステータス画面の経験値バーを確認すると――ほぼ微動だにしていなかった。


(おい、動けよ……せめて一ドットぐらい伸びろよ……)

肩慣らしのつもりが、まさかの“肩すかし”。

 

「くっ……やはり“Lv.52”ともなると簡単には上がらないな。

レベルの最大値がどこまであるのかは知らんが……このダンジョンを出る頃には、少しくらい伸びてるんだろうか」

 

一瞬、あまりの途方のなさにため息が漏れそうになる。

だが――すぐに思い出す。

俺の本来の目的は“レベル上げ”ではない。

こんなのは、いわば"チリも積もればなんとやら"だ。

レベルはあくまで副産物、目的を履き違えてはいけない。


そう自分に言い聞かせた矢先、またしてもロボットのような無機質な音声が響く。

 

「第一深層エリアの殲滅を確認しました。

よって――第二深層エリアへのゲートを、解錠します」


シュウィーーーーガシャンッ。

入口とは反対側の扉が、重々しい音を立てて開いた。


「……あっちに行け、ってことか」

俺は指示された通り、次の扉を開いた。

…扉の向こうには、棍棒、弓、短剣(ダガー)といった“人間の武器”を構えた魔物共が、こちらを待ち構えている。


「ギイャアォウッ!!」

俺の姿を視認するや否や、「立チ去レッ!」と言わんばかりに威嚇してくる。

その粗暴な気配に――俺は懐かしさすら覚えた。

 

「ゴブリン……ミカと最初に共闘したのも、確かコイツらだったな。あの頃はまだ転生したてで、右も左も分からなかった」

回想タイムに入ろうと、一瞬頭の上にホワワワ〜ンしかけたその時だった。

ゴブリン達はその隙を逃すまいと、ギャアギャア喚きながら一斉に四方から襲いかかってくる。

 


「おいおい、もう少し余韻に浸らせてくれよ」

振り下ろされる剣や鈍器の軌道を、一つひとつ見極める。

そこには焦りも恐怖もない。

脳で考え判断するのではなく、ただ、流れるように。


そうして無防備になったゴブリンの土手っ腹へ――ドドドドッ!!連撃が吸い込まれるように決まり、次々と床へ沈んでいく。


――気がつけば、俺は擦り傷ひとつ負う事なく、ゴブリン達をまとめて片づけていた。


「……こんな楽勝でいいものなのか?

さっきのガロウルフの方がまだ強敵だったぞ」

拍子抜けした気持ちを抱えつつ、まずは落ちた魔力核(コア)をいつも通り“断捨離”する。

そして部屋の中が真っさらになると、またあの声が響く。


「第二深層エリアの殲滅を確認――」

「はいはい、わかったわかった」

俺はその声が最後まで話終わる前に、次の扉を開いていった、

 


……それから数十時間後――。


「第六十二深層エリアの殲滅を確認しました。

よって――第六十三深層エリアへのゲートを、解錠します」


「……い、いつまで続くんだァーー!!!」

とうとう俺は、声を裏返しながら天井に向かって叫んでいた。

疲れたとか、そういうレベルじゃない。

もう脳みそがランナーズハイを通り越して無の境地に入りかけている。


一体これまでに何百匹の魔物を倒したんだ?

十?百?……いや、絶対千近くはいってる。

最初こそ勢いよく進んでいたのに、同じ景色、同じ無機質な声、同じ魔物の断捨離……その無限ループに、心がジワジワと着実に削られていく。


そもそもこの部屋の造り自体が悪い。

この真っ白で無機質な、精神を削るために存在しているとしか思えない部屋が、俺のメンタルをゴリゴリに蝕んでくる。


話し相手?そんな便利なものいるわけがない。

いるのは、俺の顔を見るなり即突撃してくる魔物共だけ。

癒しゼロ、刺激ゼロ、感情のキャッチボール?

そんな文化は一切存在しない。


しかもタチが悪いのは、その魔物共が……"絶妙に弱い"ということだ。

本来のダンジョンというものは、階層が深くなるごとに魔物の強さも跳ね上がるのが基本(セオリー)だ。

だが、この無限演算の回廊は――(ことごと)くその基本(セオリー)を無視している。


例えば“危険度C”のスケルトンライダーが十体出現して「ちょっとは歯応えがある」と思えば、次の階層では“危険度E”のゴブリンが五匹だけ……なんて肩透かし展開が普通に起こる。


もちろん、ラクといえばラクだ。

だが、勇者としては強敵とのバチバチの死闘でヒリつきたいという欲求が、ほんの少しはあるわけで。

けれど、このダンジョンは――その気持ちを察したように、絶妙に、絶妙にズラしてくる。


そんな事を延々と何時間も繰り返しているうちに、空腹と疲労がじわじわ積み重なり、「本当に終わるのか……?」という絶望が、気づけば俺の脳内を埋め尽くしかけていた。


「……駄目だ……もう力が出ない……」

ズシリと重たい足を引きずりながら、扉の前に立つ。

ここが第何深層だったか?

もうとっくに覚えていない。

どうせ開ければ、また同じ魔物共が「いらっしゃいませ」とばかりに襲ってくるのだ。


そんな空っぽの気持ちで、俺は扉を押し開いた。

 

だが――そこに立っていたのは、見慣れた背中。

見間違えるはずもない、あの巨大な杖。

そして、あの独特の気配。


「カ、カバテロ……!?

お前が……なんでここに!?!」


乾いた絶望が一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃(インパクト)が、俺を襲った。

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